223 / 243
第18章 おじさんとじいさん
第224話
しおりを挟む
祭の朝、焙煎を終えて店の前に立っていた俺の耳に、鍋をかき回す音と、野菜を刻む包丁の軽快な音が届いてきた。
村の広場ではすでに大鍋が並び、女たちが忙しなく動いていた。
季節祭の仕込みだ。とはいえ、気負った雰囲気ではなく、笑い声の混ざるごく普通の風景。
そこに、いつの間にかじいさんが混じっていた。
ローブの袖を軽く捲り、頭にはいつものつば広の帽子。腰を据えた鍋のそばで、にんじんを前にして首をかしげている。
「どうした?」
と声をかけると、じいさんは包丁を持った手を上下にひょいと動かして見せた。
「いや、包丁というのは苦手でのう。手の力加減がよう分からん。硬いものも柔らかいものも、同じように力が入ってしまう」
「じゃあ、何で手伝ってる」
「呼ばれたからじゃ。断る理由もなかったしの」
「それで野菜は?」
「こうする」
言うが早いか、じいさんは杖を軽く振った。
鍋の脇に置かれていたにんじん、じゃがいも、大根、玉ねぎが、ふわりと空に浮かび上がる。
目の前に広がるは、小さな食材の群舞。野菜たちがくるくると回転しながら整列し、まるで見えない刃が走るように、表面から滑らかに切り落とされていく。
切断面はまっすぐで、厚みはぴたりと揃っている。
手を一切動かすことなく、均一な厚さの輪切りが空中で整列していった。
「ほう……」
隣で見ていた村の女性が思わず声を漏らす。
「……お見事。まるで尺に合わせたかのよう」
「ふむ。五分厚に揃えてみた。味噌汁にはこのくらいがよかろう」
くるくると舞う野菜たちは、次々と鍋の脇の木桶へ吸い込まれていく。
「……その包丁、要らないじゃない」
と誰かが呟くと、じいさんはけらけら笑った。
「見た目だけは、料理人らしくせんとな」
「どこがじゃい」
と別の女が突っ込むと、周囲に笑いが広がった。
にんじんは輪切り、じゃがいもは半月、大根は短冊。玉ねぎは繊維に沿って薄切り。いずれも手本のような切り口で、香りまで変わったように思える。
「じいさん、その魔法……名前あるの?」
と、近くの男の子が尋ねる。
じいさんはちょっと考えてから答えた。
「“食彩円舞曲”じゃ」
「なんか強そう!」
「強いぞ。野菜が泣き出すくらい繊細に切れる」
「野菜泣くの!?」
「嘘じゃ」
そう言ってまた笑う。
鍋がどんどん仕上がっていくなか、じいさんの周りには人が集まり、誰もがその所作を見つめていた。
道具を使わず、手を汚さず、それでいて精緻な作業。
それが決して偉ぶった様子ではなく、どこまでも飄々としている。
魔法というより、呼吸のようだった。
「じゃあ、あとは任せるぞ」
と誰かが言って、その場を離れたのを皮切りに、徐々に周囲の人間が他の作業に戻っていく。
じいさんはというと、浮かせた野菜を一切乱すことなく刻み続けていた。
まるで踊るように切り分けられる具材。
その切り口のすべてに、無駄がなかった。
遠巻きに見ていた俺が煙草に火をつけると、じいさんはふとこちらを見て、にやりと笑った。
「魔法ってのはな、手間を減らすものじゃなく、手間の質を変えるものなんじゃよ」
「なるほどな」
「時間を削って急ぐより、精度を上げて穏やかに進める。それが一番疲れん」
「贅沢な使い方だ」
「歳を取ると、贅沢じゃないことなんて、何も面白くなくなる」
鍋の湯気が立ち上る。
切り揃えられた野菜たちは、完璧なバランスで鍋の中に沈んでいった。火に煮えはじめた香りが、辺りに広がる。
「良い出汁が出るぞ」
「腕も舌も、まだまだ衰えてないな」
「目は悪くなったがの。味は覚えておる」
その日の味噌汁は、村の誰もが「妙にうまい」と言った。
誰が作ったと聞かれれば、皆が口を揃えて「魔法のじいさんだよ」と答えた。
村の広場ではすでに大鍋が並び、女たちが忙しなく動いていた。
季節祭の仕込みだ。とはいえ、気負った雰囲気ではなく、笑い声の混ざるごく普通の風景。
そこに、いつの間にかじいさんが混じっていた。
ローブの袖を軽く捲り、頭にはいつものつば広の帽子。腰を据えた鍋のそばで、にんじんを前にして首をかしげている。
「どうした?」
と声をかけると、じいさんは包丁を持った手を上下にひょいと動かして見せた。
「いや、包丁というのは苦手でのう。手の力加減がよう分からん。硬いものも柔らかいものも、同じように力が入ってしまう」
「じゃあ、何で手伝ってる」
「呼ばれたからじゃ。断る理由もなかったしの」
「それで野菜は?」
「こうする」
言うが早いか、じいさんは杖を軽く振った。
鍋の脇に置かれていたにんじん、じゃがいも、大根、玉ねぎが、ふわりと空に浮かび上がる。
目の前に広がるは、小さな食材の群舞。野菜たちがくるくると回転しながら整列し、まるで見えない刃が走るように、表面から滑らかに切り落とされていく。
切断面はまっすぐで、厚みはぴたりと揃っている。
手を一切動かすことなく、均一な厚さの輪切りが空中で整列していった。
「ほう……」
隣で見ていた村の女性が思わず声を漏らす。
「……お見事。まるで尺に合わせたかのよう」
「ふむ。五分厚に揃えてみた。味噌汁にはこのくらいがよかろう」
くるくると舞う野菜たちは、次々と鍋の脇の木桶へ吸い込まれていく。
「……その包丁、要らないじゃない」
と誰かが呟くと、じいさんはけらけら笑った。
「見た目だけは、料理人らしくせんとな」
「どこがじゃい」
と別の女が突っ込むと、周囲に笑いが広がった。
にんじんは輪切り、じゃがいもは半月、大根は短冊。玉ねぎは繊維に沿って薄切り。いずれも手本のような切り口で、香りまで変わったように思える。
「じいさん、その魔法……名前あるの?」
と、近くの男の子が尋ねる。
じいさんはちょっと考えてから答えた。
「“食彩円舞曲”じゃ」
「なんか強そう!」
「強いぞ。野菜が泣き出すくらい繊細に切れる」
「野菜泣くの!?」
「嘘じゃ」
そう言ってまた笑う。
鍋がどんどん仕上がっていくなか、じいさんの周りには人が集まり、誰もがその所作を見つめていた。
道具を使わず、手を汚さず、それでいて精緻な作業。
それが決して偉ぶった様子ではなく、どこまでも飄々としている。
魔法というより、呼吸のようだった。
「じゃあ、あとは任せるぞ」
と誰かが言って、その場を離れたのを皮切りに、徐々に周囲の人間が他の作業に戻っていく。
じいさんはというと、浮かせた野菜を一切乱すことなく刻み続けていた。
まるで踊るように切り分けられる具材。
その切り口のすべてに、無駄がなかった。
遠巻きに見ていた俺が煙草に火をつけると、じいさんはふとこちらを見て、にやりと笑った。
「魔法ってのはな、手間を減らすものじゃなく、手間の質を変えるものなんじゃよ」
「なるほどな」
「時間を削って急ぐより、精度を上げて穏やかに進める。それが一番疲れん」
「贅沢な使い方だ」
「歳を取ると、贅沢じゃないことなんて、何も面白くなくなる」
鍋の湯気が立ち上る。
切り揃えられた野菜たちは、完璧なバランスで鍋の中に沈んでいった。火に煮えはじめた香りが、辺りに広がる。
「良い出汁が出るぞ」
「腕も舌も、まだまだ衰えてないな」
「目は悪くなったがの。味は覚えておる」
その日の味噌汁は、村の誰もが「妙にうまい」と言った。
誰が作ったと聞かれれば、皆が口を揃えて「魔法のじいさんだよ」と答えた。
3
あなたにおすすめの小説
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜
難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」
高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。
だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや——
「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」
「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」
剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める!
魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」
魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」
神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」
次々と編み出される新技術に、世界は驚愕!
やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め——
「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」
最強の頭脳戦が今、幕を開ける——!
これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語!
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる