外れスキル【畑耕し】で辺境追放された俺、チート能力だったと判明し、スローライフを送っていたら、いつの間にか最強国家の食糧事情を掌握していた件

☆ほしい

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瘴気に満ちた神殿の内部は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

ひんやりとした石の通路はどこまでも続き、壁には俺たちの時代のものとは思えない古代の文字や、禍々しい怪物の浮き彫りがびっしりと刻まれている。

その浮き彫りを注意深く見ていくと、俺はあることに気づいた。初期の壁画に描かれているのは怪物ではなく、豊かな自然やそれを慈しむ人々の姿だったのだ。

「……クロ。この神殿、もしかしたら元々は自然を崇める聖なる場所だったのかもしれないな」

俺の言葉にクロも同意するように小さく鼻を鳴らした。おそらく何者かがこの神聖な場所を乗っ取り、邪悪な儀式でも行って大地を汚染する拠点へと変えてしまったのだろう。

許しがたいことだ。

俺たちは警戒を怠らずに神殿の最深部へと進んでいく。

やがて通路が開け、目の前に円天井の巨大な空間が広がった。その空間の中央には黒曜石を削り出したかのような巨大な祭壇が鎮座している。

そしてその祭壇の上に、この神殿の主、全ての瘴気の元凶が静かに佇んでいた。

それは人の形をしていた。だがその体はまるで黒い瘴気の靄が寄り集まってできたかのように実体があやふやで、輪郭が常に揺らめいている。

その顔があるべき場所には、ただ憎悪と絶望の色をたたえた二つの赤い光だけが不気味に輝いていた。

『……来たか、星の寵児よ』

声ではない、直接脳内に響いてくるような冷たい思念だった。

『我は忘れられし神、アポピス。かつてはこの大地に豊穣をもたらし人々から信仰を集めた存在。だが人々はいつしか我を忘れ、その恩恵を当たり前のものとして感謝すらしなくなった。我は裏切られたのだ。ならば我もまたこの星に絶望を与えよう。我はこの星の全ての生命を喰らい、全てを静寂と無に還す者。お前のその忌々しい生命の力、ここで喰らい尽くしてくれるわ!』

邪神アポピスと名乗った存在はそう宣言すると祭壇からふわりと浮き上がり、俺たちに向かってその瘴気でできた腕を振り上げた。

次の瞬間、神殿全体を揺るがすほどの強力な瘴気の奔流が、俺たちを飲み込もうと襲いかかってきた。空間そのものを腐食させ、生命あるもの全てを朽ち果てさせる純粋な破壊の力だ。

「無駄だと言っているだろう!」

俺は一歩も引かずに能力【畑耕し】を発動させた。

「【浄化の白蓮】、咲き誇れ!」

俺たちの足元から瞬時に、巨大な白い蓮の花が何輪も咲き誇る。その花びらから放たれる清浄な光が強力な浄化の結界を形成し、アポピスの放った瘴気の奔流を完全に防ぎきった。

『なっ……!? 我が瘴気を、無力化するだと……!?』

アポピスが驚愕の思念を放つ。

「クロ、今だ!」

「グルルルァァァッ!」

俺の合図でクロが息を吐くように、黄金色の浄化の炎をアポピスの瘴気の体へと直撃させた。

『グゥオオオオオッ!? こ、この炎は……! 我が体を内側から浄化しようと……!? 忌々しい! 忌々しい小僧どもめ!』

アポピスは苦悶の叫びを上げた。だが邪神はそれしきで滅びるほど甘い相手ではなかった。

『ならば、その精神から腐らせてくれるわ!』

アポピスはさらに強力な瘴気を放ち、今度は俺たちの精神に直接干渉してきた。

目の前の光景がぐにゃりと歪み、俺の脳裏に忘れたはずの過去の記憶が鮮明に蘇る。

『アルス、お前は今日限りであの一行から追放だ』

『お前の能力【畑耕し】は、何一つ役に立たない。足手まといなんだよ』

勇者ライオスの、魔法使いセシルの、女神官オリヴィアの嘲笑う声。俺を見下し、侮蔑するあの時の瞳。

追放され、一人荒れ地で途方に暮れていたあの時の絶望感と孤独感が、俺の心を蝕もうとする。

「くっ……!」

一瞬俺の心が揺らぎ、浄化の結界がわずかに乱れた。だが俺はすぐに歯を食いしばり、その幻影を振り払った。

「……うるさい!」

俺は叫んだ。

「過去の俺はもういない! 今の俺にはリリアーナがいる! クロがいる! テルメ村のみんながいる! 俺を信じ、支えてくれるたくさんの仲間たちがいるんだ! お前のような過去の憎しみに囚われただけの存在に、俺たちの絆が、俺たちの未来が壊されてたまるか!」

俺の魂からの叫びに呼応するかのように、足元の白蓮がさらに眩い光を放った。その光は俺の心の中の迷いを完全に断ち切り、アポピスが見せた幻影を綺麗さっぱりとかき消してしまった。

『馬鹿な……!? 人間の精神など脆く、弱いものではなかったのか……!?』

動揺するアポピスを見て俺は勝利を確信する。こいつは大地に寄生し、その力を汚染することでしか存在を維持できない哀れな存在なのだ。

ならば、やるべきことはただ一つ。

「この神殿ごと、この大地を完全に浄化してやる!」

俺は懐から「浄化の白蓮」の特別な種子を取り出した。それは俺の、この星を愛する全ての思いを込めて作り出した究極の一粒だ。

「クロ、手伝ってくれ! 俺たちの全ての力をこの一粒に込めるぞ!」

「きゅいいいいいんっ!」

俺はその種子をアポピスが鎮座する祭壇の真下へと力強く植え付けた。そしてクロが渾身の力を込めてその黄金色の浄化の炎を種子へと注ぎ込む。

同時に俺もまた能力【畑耕し】を最大出力で発動させ、この星の核から生命の力そのものを直接種子へと送り込んだ。

創造の力と浄化の力。二つの究極の力が一つの種子の中で融合し、爆発的な力となって解放される。

ドクンッ!

神殿全体がまるで巨大な心臓のように一度だけ大きく脈打った。

そして祭壇の真下から、巨大な、巨大な「浄化の白蓮」が神殿の天井を突き破り、天へと向かって咲き誇ったのだ。

その花から放たれる絶対的なまでの純白の光は、神殿内の全ての瘴気を一瞬にして浄化し、アポピスの体を構成していた黒い靄を跡形もなく消し去っていく。

『グ……ア……アア……。我が憎しみが……我が絶望が……ただの生命の光に……溶けていく……。だが忘れるな、星の子よ……。光ある限り、闇は……必ずまた生まれる……』

邪神アポピスはそんな最後の呪いのような言葉を残して、完全に消滅した。

邪神が消え去ったことで霧深い森を覆っていた分厚い瘴気の雲は完全に晴れ渡った。代わりに温かく優しい太陽の光が生まれ変わった森へとさんさんと降り注いでくる。

汚染されていた黒い大地にはみるみるうちに緑が蘇り、ねじくれていた木々も元の美しい姿を取り戻していく。

それはまさしく、世界の再生の瞬間だった。

俺とクロは神殿を突き破って咲き誇る巨大な白蓮の花の上で、その奇跡的な光景を静かに見下ろしていた。

「……終わったな、クロ」

「きゅい!」

クロが俺の頬に嬉しそうにすり寄ってくる。

邪神の最後の言葉が少しだけ俺の心に引っかかっていた。「光ある限り、闇は生まれる」。

俺たちの戦いは本当にこれで終わりなのだろうか。

いや、違う。この世界から悲しみや憎しみが完全になくならない限り、俺の仕事は決して終わらないのだ。

「さあ帰ろう、クロ。リリアーナたちがきっと心配して待ってる」

俺はクロの背中に再び跨ると、仲間たちが待つ愛すべき我が家へと翼を向けた。
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