役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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私のとんでもない提案に、カイはしばらくぽかんと口を開けていた。
やがて何かを理解したように、彼の目に面白いものを見るような光がやどる。

「あんたが言うなら、きっとできるんだろうな。それで、どうやって蜂を捕まえるんだ?」

その返事を聞いて、私は満足してうなずいた。
この村の人々はもう、できないとは考えない。
どうすればできるのかを、一緒に考えてくれる仲間になったのだ。

「もちろん、あの崖の巣を丸ごと持ってくるわけじゃないわ。蜂さんたちに、お引越しをしてもらうのよ」

「お引越し?」

カイが、不思議そうに聞き返した。

「ええ、蜂の群れにはね。一匹だけ特別な女王蜂がいるの。その女王蜂と何匹かの働き蜂を、私たちが作った新しいお家に移すのよ」

そうすれば蜂たちは、そこを自分たちの巣だと考える。
そして数を増やして、蜜を集め始めてくれるはずだ。
私の説明に、宴の席で聞き耳を立てていた村人たちも感心した声を上げた。
「なるほどな」「女王蜂か」と、みんながうなずいている。
彼らの頭の中では、蜂蜜のある豊かな生活が当たり前のものとして描かれ始めていた。

「そのためにはまず、蜂さんたちが気持ちよく過ごせる。そんな素敵なお家を作らないとね」

次の日、私はさっそく村人たちに巣箱の設計図を広げて見せた。
ちゃんとした紙に書いたものではない。
広場の乾いた地面に、木の枝で描いただけの簡単な図だ。

「これが蜂のお家、巣箱の設計図よ。木の板を組み合わせて、こんな形の箱を作るの」

私が描いたのは、四角い箱を何段か重ねられる構造の新しい巣箱だった。
これなら蜜がいっぱいになった段だけを、取り出して蜜をしぼれる。
蜂の数を管理するのも、ずっと簡単になるのだ。

「ただの箱にしか、見えないけどな」

カイが、不思議そうに首をかしげる。

「ふふ、ただの箱に見えるでしょう?でもこの中には、蜂さんたちが快適に暮らすための工夫がたくさんあるのよ」

私は、巣箱の内部の作りについて説明を始めた。
箱の中には、蜂が巣を作るための巣枠という木のフレームを入れること。
巣枠と巣枠の間には、蜂がちょうど一匹通れるくらいの正確なすき間が必要なこと。
そのすき間が広すぎると、蜂はむだな巣を作ってしまう。
逆にせますぎると、ろうでふさいでしまうのだ。

「蜂さんたちは、とってもきれい好きできちんとしているの。だから私たちがそのルールに合わせて、お家を用意してあげればいいのよ」

それは昔に本で読んだ、蜂の習性を利用した科学的な知恵だった。
もちろんこの世界の誰も、そんなことは知らない。
村人たちは、私の説明に真剣な顔で聞き入っていた。
彼らにとっては、これも新しいリゼット様のおまじないの法則なのだろう。

「分かった、理屈はよく分からねえ。でもリゼット様の言う通りに作ればいいんだな」

カイが力強くうなずくと、村の大工仕事が得意な男たちが「任せておけ」と胸をたたいた。
幸い、家づくりで使った木材の残りがまだたくさんあった。
男たちは、私が指定した大きさ通りに慣れた手つきで木材を切り出していく。
とても細かい正確さが求められる作業だったが、彼らはすごい集中力で完璧な部品を作り上げていった。
新しい家に、新しい道具。
村人たちの生活は、日に日に豊かになっていく。
その実感と喜びが、彼らの仕事ぶりにも表れていた。

巣箱作りが進む中で、私はカイともう一つの大事な準備を始めていた。
女王蜂を見つけ出して、安全に捕まえるための作戦会議だ。

「女王蜂はね、他の働き蜂よりもほんの少しだけ体が大きくてお腹が長いの。そしていつもたくさんの働き蜂に、囲まれて守られているわ」

私は、地面に蜂の絵を描きながら女王蜂の特徴をカイに教えた。

「その女王様を見つけ出して、この小さな木の箱にそっと入ってもらうの。働き蜂たちが女王様を傷つけないように、注意深くやらないとね」

私が示したのは、片手で持てるくらいの小さな木製の捕獲器だった。
これも、村の男たちに作ってもらった特別な品だ。

「女王様さえお引越ししてくれれば、残りの働き蜂たちはね。女王様を好きだから、自然と後からついてきてくれるはずよ」

「なるほどな、群れの親分を捕まえれば。子分はついてくるってことか」

カイは、妙に納得したようにうなずいている。
少し違う気もするけれど、分かりやすくていいだろう。

「問題は、どうやってあの崖の巣からその女王様を見つけ出すかだわ」

前回は、いぶすための道具の煙で蜂を眠らせて外側から蜜をもらった。
しかし女王蜂は、巣の中心あたりにいることが多い。
巣を壊さずに女王蜂だけを捕まえるのは、とても難しいことだ。

「巣を、少しだけ崩させてもらうしかないかもしれないわね」

私がそうつぶやくと、カイは真剣な顔で言った。

「その役、俺にやらせてくれ。リゼット様は、女王蜂を見つけることに集中してほしい。周りの蜂は、俺たちがなんとかする」

彼の目には、強い決意と私への絶対の信頼がやどっていた。
彼なら、きっと任せられる。

「ありがとう、カイ。頼りにしているわ」

数日後、見事な作りの巣箱が三つ完成した。
内側はなめらかにみがきあげられ、巣枠もぴったりとおさまっている。
村人たちの技術の高さには、本当に驚かされる。
私たちは、再び体を守る服に身を包んだ。
完成したばかりの巣箱と、女王蜂を捕まえるための道具を持って南の崖へと向かった。
メンバーは、前回と同じ私とカイ、そして三人の若者たちだ。
二度目ということもあり、彼らの顔に前回のようなおびえた様子はない。
むしろ冒険にでも行くかのような、わくわくした気持ちが浮かんでいた。

崖に着くと、蜂の巣は前回と変わらずそこにあった。
巨大で、少しこわいくらいだ。
ブンブンという羽音が、私たちを出迎える。

「よし、作戦開始よ。前回と同じように、まずは煙で蜂さんたちを落ち着かせるわ」

いぶす道具から出る白い煙が、再び蜂の巣を包みこんだ。
蜂たちの動きがにぶくなったのを見て、私たちは慎重に崖を登り始める。

「カイ、お願い。巣の下の方を少しだけよ。女王様が逃げる道を作らないように、そっとね」

「おう、任せとけ」

カイは、特別に用意した長い柄のついたヘラを使った。
そして巣の下の部分を、少しずつ慎重に崩し始める。
蜜ろうでできた巣は、思ったよりもろくボロボロと崩れ落ちていく。
中から、蜜で満たされた巣の断面や幼虫が育てられている部屋が見えてきた。

蜂たちが、わずかにざわめき始める。
煙の効果がなければ、今ごろ私たちは集中して攻撃されていただろう。
私は、崩れた巣の断面に目をこらした。
たくさんの働き蜂が、うごめいている。
この中から、たった一匹の女王を探し出さなければならない。

(どこ、どこにいるの)

働き蜂は、どれも同じに見えた。
私が焦り始めた、その時だった。

「リゼット様、あそこです」

若者の一人が、巣の中心あたりを指差した。
その先をよく見ると、たしかに周りの蜂よりも一回り体が大きい蜂がいる。
お腹の長い蜂が一匹、ゆっくりと動いているのが見えた。
そしてその周りには、まるで女王を守る兵隊のように何匹もの働き蜂が輪を作っている。

「いたわ、あの子が女王蜂よ」

私は、心臓がどきどきするのを感じながらそっと捕獲器をかまえた。
問題は、どうやってあの兵隊たちの壁を通りぬけて女王蜂だけを捕まえるかだ。
私が一瞬ためらった、その時。
カイが、動いた。
彼は、ヘラをうまく使い女王蜂がいる場所のすぐ上の部分をトンと軽くたたいたのだ。
そのゆれに驚いたのか、女王蜂を守っていた働き蜂たちが一瞬だけサッと道を開けた。

「今だ、リゼット様」

カイの叫び声と同時に、私は捕獲器を伸ばした。
兵隊たちにできた、ほんの一瞬のすき間。
そのすき間から、女王蜂をそっと優しく捕獲器の中へとすべりこませる。
カチリ、という小さな音がして捕獲器のふたが閉まった。
成功だ。
女王蜂が、私たちの手の中にいる。

「やった」

私は、ほっとしてため息をついた。
捕獲器の中では、女王蜂が何が起きたのか分からず少し戸惑っているように見えた。
女王蜂が捕まったことに気づいたのか、周りの働き蜂たちが急にさわがしくなり始める。
いぶす道具の煙も、そろそろ効果が切れるころだ。

「よし、戻るわよ。女王様は、私たちが新しいお家にちゃんとお連れするわ」

私は捕獲器を服の中にしまい、カイたちに合図を送った。
私たちは、いそいで崖を下り村へと続く道を急ぐ。
私たちの後ろから、何匹かの働き蜂が女王を追ってついてきているのが見えた。
作戦は、今のところ完璧に進んでいる。
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