役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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「女王蜂様のおなりだぞー」

村の入り口で、誰かがそんなふざけた声を上げた。
その声に、広場で待っていた村人たちがわっと私たちのもとへ駆け寄ってくる。
彼らの顔は、知りたい気持ちと期待でキラキラとかがやいていた。

「リゼット様、本当に捕まえられたのですか」
「女王蜂って、どんな姿なんですか」

質問の嵐に、私はほほえみながら答えた。

「ええ、この中にいるわ。とても美しい女王様よ。でも今は少し驚いているから、おとなしくしてあげてね」

私は服の中から、女王蜂が入った小さな捕獲器を取り出して見せた。
箱の小さなのぞき窓から、村人たちがこわごわと中をのぞきこむ。

「おお、本当に他の蜂より大きい」
「なんだか、どこか偉そうだなあ」

村人たちの感心した声を聞きながら、私はカイと一緒に巣箱の前へと進んだ。
いよいよ、お引越しの最後の段階だ。

「いい、これから女王様をこの巣箱の中にお移しするわ。そうすれば、女王様を好きな働き蜂たちがこの巣箱を新しい我が家だと認めてくれるはずよ」

私は、巣箱の一番下の段のふたを開けた。
そして中に置かれた巣枠を一枚、そっと取り出す。
その巣枠の上に、捕獲器のふたを開けた女王蜂を優しく放った。
女王蜂は、一瞬戸惑ったようにその場を動かなかった。
やがてゆっくりと歩き出し、巣枠の表面を確かめるように動き始める。
その様子は、まるで新しい家の部屋を見ているかのようだ。

「よし、気に入ってくれるといいんだけど」

私は、女王蜂が落ち着いたのを確かめる。
それから巣枠をそっと巣箱の中に戻し、ふたを閉めた。
これで、ひとまずは終わりだ。

「リゼット様、本当にこれだけでいいのかい」

カイが、少し不安そうな顔でたずねてきた。

「ええ、あとは働き蜂たちが女王様のにおいをたどってね。この巣箱にたどり着いてくれるのを待つだけよ。もしかしたら、もう来ているかもしれないわ」

私がそう言って空を見上げると、村人たちもつられて空を見た。
すると、村の上空を数匹の蜂がブンブンと飛び回っているのが見える。
それは、私たちが崖から戻ってくる時に後を追ってきた働き蜂たちだ。
彼らは、女王蜂が出す特別なにおいをたどってここまでやってきた。
やがて、そのうちの一匹が巣箱の入り口を見つけた。
その蜂は、入り口の周りを少し飛び回った後。
意を決したように、巣箱の中へと入っていく。

そして、すぐに出てきたかと思うと仲間たちに向かっておどるような動きを見せ始めた。
それは、とてもふくざつな動きだった。

「見て、あの子が仲間に場所を教えているわ」

私は、思わず声を上げた。
それは、昔に本で読んだ蜂の特別な伝え方だった。
太陽の場所と、巣箱の場所を体の動きで正確に仲間に伝えているのだ。
そのおどりを見た他の蜂たちも、次々と巣箱の入り口へとすいこまれていく。
そしてその数は、時間がたつにつれてどんどん増えていった。
どこからともなく集まってきた蜂たちが、巣箱の周りに小さな群れを作り始めている。

「すごい、本当に集まってきた」
「まるで、魔法みたいだ」

村人たちは、目の前で起きている不思議な生き物の決まりにただただ息をのんでいた。
私も、知識としては知っていた。
けれどこうして実際に目の当たりにすると、感動でじーんときた。

「カイ、若者たちに伝えて。崖に残してきた、空の巣箱を持ってきてもらえるかしら。あそこに残っている働き蜂たちも、きっと新しいお家を探しているはずだから」

「おう、分かった」

カイは、すぐに若者たちを連れて再び崖へと向かってくれた。
きっと、崖に残された蜂たちも女王を失ってこんらんしているだろう。
そこに空の巣箱を置いておけば、彼らも自分たちから入ってくれるかもしれない。

その日の午後、村の巣箱の周りはかなりの数の蜂でにぎわっていた。
彼らは、巣箱を出たり入ったりしながらせっせと何かを運びこんでいる。
よく見ると、足に黄色い花粉のだんごをつけている蜂もいた。
彼らはもう、この巣箱を自分たちの家と認めて新しい生活を始めているのだ。

「やったわ、大成功ね」

私は、思わず両手を上げて喜んだ。
これで、この村で蜂を飼い始めるための第一歩がふみ出されたのだ。
夕方、カイたちが残り二つの巣箱を村へ持って帰ってきた。
彼らの話によると、崖の巣の近くに置いてきた巣箱には案の定たくさんの働き蜂が入っていたらしい。
女王を失った群れの一部が、新しいすみかとしてそこを選んでくれたのだ。

「すごいじゃない、それじゃあ三つの家族を。一度に村に迎えることができたのね」

私は、大喜びでカイたちを出迎えた。
残りの二つの巣箱も、最初の巣箱から少しはなれた場所に丁寧に置かれた。
これで、村には三つの蜂の群れが誕生したことになる。

その夜、私たちは成功を祝って小さな祝いの席を開いた。
もちろん、食卓にはたっぷりの蜂蜜がならんでいる。

「リゼ-ット様、乾杯だ」

カイが、木のさかずきを高くかかげた。
その顔は、泥と汗と少しの蜂蜜で汚れていた。
けれど、やりとげた気持ちに満ちた最高の笑顔だった。

「ええ、乾杯。私たちの新しい家族と、この村の甘い未来に」

私もさかずきをかかげ、村人たちと喜びを分かち合った。
ろうそくの優しい光が、みんなの笑顔を照らしている。
これから、この蜂たちがこの村にどれだけのめぐみをもたらしてくれるだろう。
甘い蜂蜜はもちろんのこと、彼らが花から花へと花粉を運ぶおかげで畑の作物も豊かに実るはずだ。
私は、蜂蜜をたっぷりかけた木の実のお菓子を食べながらそんな未来を想像した。

ふと、長老が私のそばにやってきてまじめな顔で口を開いた。

「リゼット様、あなた様がこの村に来られてから。我々の暮らしは、まるで夢のように変わりました。かれた泉は生き返り、何も育たなかった土地は実り、石ころは食べ物になりました。ついには、あのどうもうな蜂まで手なずけてしまわれた」

彼は、そこで一度言葉を切った。
そして深く、深く私に頭を下げる。

「あなた様は、やはり神々が我々に遣わされた『神託の巫女』様にちがいありませぬ」

「み、巫女」

私は、思わずおかしな声を上げてしまった。
聖女様だの、神の使いだのと言われるのには少し慣れてきていた。
まさか、巫女とまで呼ばれることになるとは思わなかった。

「や、やめてください長老。私はただの、」

「いいえ、リゼット様。もう、誰もあなた様をただの人間だなどと思ってはおりません。我々は、あなた様を巫女様として一生お仕えするつもりでございます」

長老の言葉に、周りにいた村人たちも皆が力強くうなずいている。
彼らの目は、まっすぐな光をうかべていた。
私に対する、心から信じている気持ちでかがやいていた。

(これは、本格的にまずいことになってきたかも)

私は、甘いお菓子をのどにつまらせそうになりながら心の中で頭をかかえた。
私が望んでいるのは、神様あつかいされることじゃない。
ただ、みんなで美味しいものを食べて平和に暮らしたいだけなのに。
村人たちの、熱のこもった目を感じながら私は冷や汗をかいた。
この大きなかんちがいは、いつか解かなければならない。
でも今は、彼らのこの純粋な気持ちをむげにはできなかった。

「ありがとう、みんな。でも、私は特別な力なんて持っていないわ。これからも、みんなで力を合わせてこの村を良くしていきましょうね」

私がなんとかそう言うと、村人たちは「はい、巫女様」と満面の笑みで答えた。
もう、まちがいを直す気力も残っていない。
私は、甘くて少しだけ苦いような気持ちで夜空を見上げた。
空には、満月が明るくかがやいている。
私のこの辺境での生活は、私の想像をはるかにこえた方へと進み始めていた。

宴が終わった後も、私はしばらく広場に残っていた。
アルフレッドが、温かい飲み物を持ってきてくれる。

「お嬢様、お疲れではございませんか」

「ありがとう、アルフレッド。大丈夫よ。ただ、少しだけ考え事をしていたの」

私は、新しく置かれた巣箱の方をながめながら言った。
三つの巣箱は、月の光をあびてそこに置かれている。
中では、新しい住人たちが明日からの活動にそなえておとなしく眠っているのだろう。
巫女、という呼び名。
なんだか、すごいことになってしまった。
でも彼らがそう信じることで、村に活気が生まれて皆が前向きになれるのなら。
しばらくは、この役を演じるのも悪くないのかもしれない。
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