役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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窯の火は、村人たちが交代で三日三晩守り続けた。
トウマさんは、殆ど眠らずに火の色と煙の様子を見ていた。
彼の鋭い目は、炎の向こうにある器の声を聞いているようだった。

「薪をもっと入れてくれ、温度を上げるぞ。」

彼の指示が、夜の空気に響き渡った。
村人たちは、黙々と薪を運び窯に入れていった。
窯の温度は、千度を遥かに超えているという。

窯の周囲は、熱気で空気が揺らめいていた。
赤い炎が、まるで生き物のように窯の中で燃え盛っている。
その光景は、少し恐ろしくもあり神々しくも見えた。
私たちは、ただ祈るような気持ちで見守るしかなかった。

「トウマさん、少しは休んでください。」

私が声を掛けると、彼は炎から目を離さずに答えた。

「窯が、俺を呼ばなくなったら休むさ。」

彼の横顔は、汗で光っていた。
職人の強い執念というものを、私は初めて目の当たりにした。
そして、運命の三日目が過ぎた。
トウマさんは、薪を入れるのを止めるよう指示を出した。

窯の口は、固く粘土で塞がれた。
ここから、一週間掛けてゆっくりと窯を冷ましていくのだ。
急に冷やすと、中の器が全て割れてしまうらしい。
待つ時間というのは、これほど長く感じられるものなのか。

村人たちは、期待と不安で落ち着かない様子だった。
私も、毎日何度も窯の様子を見に行った。
熱い塊だった窯は、日毎にその温度を下げていった。
そして、遂に窯を開ける日がやってきた。

村人たちが、全員丘の上に集まっていた。
誰もが、息をのんでその時を待っていた。
トウマさんが、槌で入り口の粘土を注意深く壊していく。
カラカラという乾いた音が、やけに大きく響き渡った。

入り口が開くと、中からまだ少し温かい空気が流れ出してきた。
窯の中は、まだ薄暗くてよく見えなかった。

「さあ、俺たちの子供たちの顔を見に行こうぜ。」

トウマさんは、そう言うとゆっくりと窯の中へと入っていった。
私たちも、彼の後に続いて中へと足を踏み入れた。
目が慣れてくると、棚に並んだ器の姿が見えてきた。
その時、窯の中にいた全員が息をのんだ。

「……綺麗だ。」

誰かが、呆然と呟いた。
そこに並んでいたのは、私たちが入れる前の灰色の器ではなかった。
一つ一つが、まるで宝石のように輝いていたのだ。
釉薬を掛けた器は、深く綺麗な青色に変化していた。

それは、雨上がりの空の色にも深い湖の底の色にも見えた。
所々、釉薬が濃く掛かった部分は硝子のようにキラキラと光っていた。
白い粘土の素地と、青い釉薬の組み合わせが息をのむほど美しかった。

「凄い、これが本当に俺たちの村の土からできたのか。」

カイが、信じられないという様子で呟いた。

「ああそうだ、この土地の土と灰と石と炎が起こした奇跡だ。」

トウマさんは、一つ一つ器を手に取り愛おしそうに眺めている。
その顔は、生まれたばかりの我が子を見る父親のようだった。
私たちは、夢中で器を窯の外へと運び出した。
太陽の光を浴びると、器の青色は更に輝きを増した。

村人たちから、大きなどよめきが起こった。
誰もが、その美しさに心を奪われていた。
子供たちは、キラキラと輝く器の周りを嬉しそうに走り回っていた。

「この青は、長石にある僅かな鉄分が高温で焼かれて生まれた色だ。」
「この土地でしか出せない、特別な青だぜ。」

トウマさんが、少し得意げに説明してくれた。
偶然が生んだ、まさに奇跡の色だった。
それは、この村の宝物になるに違いなかった。
私は、一つの小さな茶碗をそっと手に取ってみた。

ひんやりと滑らかな感触が、とても心地よかった。
薄くて軽い器は、手にしっくりと馴染んだ。
こんな器でお茶を飲んだら、どんなに美味しいだろうか。

「トウマさん、ありがとうございます。」
「あなたは、この村に新しい命を吹き込んでくれました。」

私が心からの感謝を伝えると、彼は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「礼を言うのは、こっちの方さ。」
「俺に、最高の土と最高の窯を使わせてくれたんだからな。」
「おかげで、一生忘れられない仕事ができたぜ。」

彼の笑顔は、やり遂げた達成感に満ちていた。
その日の午後、私たちは完成したばかりの器を使ってささやかなお茶会を開いた。
アルフレッドが、薬草を混ぜて淹れてくれた特別なお茶を新しい茶碗に注いだ。
青い器の中で、お茶の綺麗な琥珀色が美しく映えた。

「美味しい……」

村の女性が、うっとりと溜息を漏らした。
いつものお茶のはずなのに、器が違うだけで味が格段に良くなったように感じられた。
良い器は、人の心を豊かにする力があるのだと知った。

「この器なら、町の連中もきっと驚くぜ。」
「蜂蜜以上の、値段が付くかもしれねえな。」

カイが、興奮したように言った。
彼の言う通り、この陶器は村の新しい強力な特産品になるだろう。
商人ギルドのギデオン殿も、きっとこの青色を見たら飛び上がって喜ぶはずだ。
村の未来は、更に明るくなっていく。

「この焼き物を、何と名付けましょうか。」

長老が、私に尋ねてきた。
村人たちの視線が、一斉に私に集まった。
私は少し考えてから、にっこりと微笑んだ。

「そうですね、『辺境の青』というのはどうでしょうか。」
「この土地で生まれた、奇跡の青色ですから。」

私の提案に、村人たちは「おお、それは良い」と賛成の声を上げた。
こうして、私たちの村の陶器に名前が与えられた。
それは、後に遠い国の王族の心まで惹きつけることになる伝説の始まりだった。

陶器作りが成功したことで、村には新しい仕事と活気が生まれた。
トウマさんは、正式にこの村に住むことを決めた。
そして、村の若者たちに陶器職人としての技術を教え始めたのだ。
カイも、興味深そうに轆轤の前に座っていた。

彼は、もともと器用なので簡単な器ならすぐに作れるようになっていた。
村は、農業と養蜂と陶器作りという三つの大きな柱を手に入れた。
食料は安定し、暮らしは豊かになり未来への希望に満ちている。
私がこの村に来てから、まだ季節は一つしか過ぎていない。

しかし、その間に起こった変化は奇跡と呼ぶに相応しいものだった。
そんなある日、私は辺境の青の壺を抱えて小屋の前に立っていた。
この壺に、村で採れた蜂蜜を詰めてギデオン殿への土産にしようと考えたのだ。
きっと、彼は驚くに違いない。

そんなことを考えていると、アルフレッドが慌てた様子で私の元へ駆け寄ってきた。
その顔には、今まで見たこともないような焦りの色があった。

「お嬢様、大変でございます。」
「村の入り口に、武器を持った兵士たちが……!」
「兵士、ですって。」

私は、思わず壺を落としそうになった。
なぜ、こんな平和な村に兵士が来るというのか。

「旗には、ヴァインベルク辺境伯家の印がありました。」
「恐らく、お父上様が送った追っ手に違いありません。」

アルフレッドの言葉に、私の血の気が引いていくのが分かった。
父上が、なぜ今になって私を。
追い出した娘のことなど、もう忘れているはずではなかったのか。

カイや村人たちも、異様な気配に気付いて広場に集まり始めていた。
彼らの手には、鍬や棍棒が握られていた。
村を守るためなら、相手が誰であろうと戦うつもりなのだろう。
その時、村の入り口から馬に乗った一人の騎士がゆっくりとこちらへやって来るのが見えた。

その騎士の顔には、見覚えがあった。
父である辺境伯に、長年仕えている騎士団の隊長だった。
彼は、私の姿を見ると馬から降りて無表情に近付いてきた。
そして、一枚の羊皮紙を私に突き付けた。

「リゼット様、辺境伯様からのご命令です。」
「直ちに、王都へお戻りいただきたい。」

彼の低い声が、静まり返った村の空気に響き渡った。
王都へ戻れという、あまりに突然の命令だった。
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