役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

文字の大きさ
25 / 30

25

しおりを挟む
トウマさんの凄い提案に、私たちはただ呆然と立ち尽くした。
この村を、国で一番の陶器の産地にするというのだ。

「本気で、言っているのかい。」

カイが、やっと絞り出した声で尋ねた。

「ああ本気だぜ、こんな良い土を眠らせておくなんて勿体ないだろう。」

トウマさんは、興奮した目で土を握りしめながら言った。
彼の目は、もうただの旅人のものではなかった。土に心を奪われた、本物の職人の目だった。

村人たちも、何が何だか分からないという顔でお互いを見ている。
自分たちが毎日踏んでいた泥が、宝の山だと言われたのだ。
その価値を、すぐには理解できなかった。

「しかしあんた、急に現れて何を言い出すんだ。」

村の若者の一人が、疑いの気持ちを隠さずに言った。

「俺たちを、騙そうとしてるんじゃないのか。」

その言葉に、他の村人たちも不安そうに頷く。
彼の言うことも、無理はないことだった。

「素晴らしい提案ですわ、ぜひ力を貸してください。」

静かな場を破ったのは、私の声だった。
私の言葉に、村人たちが驚いてこちらを振り向いた。カイも、信じられないという顔で私を見ていた。

「リゼット様、しかしですな。」
「大丈夫よカイ、私はトウマさんの目を信じます。」

私は、トウマさんに向き直って言った。

「この村の土が、あなたの探していたものなら。」
「私たちは、みんなで協力しますわ。」

私の言葉に、トウマさんの顔がぱっと明るくなった。

「本当か、あんたは話が分かる人だな。」
「ええその代わり、あなたの技術を私たちに教えてください。」
「この村の新しい産業として、陶器作りを始めたいのです。」

これは、村の未来にとってまたとない好機だった。
蜂蜜や燻製に続く、新しい特産品が生まれるかもしれない。
それも、商人ギルドも認めるような凄い品になるだろう。

私の決断に、村人たちの間の戸惑いが少しずつ消えていく。
彼らはもう、私が村の未来を考えていることを知っているのだ。

長老が、ゆっくりと一歩前に出た。

「巫女様がそう言うなら、我々に反対はありません。」
「トウマ殿、どうかその力をお貸しくだされ。」

長老の言葉に、他の村人たちも次々に頷いた。
こうして、私たちの村に新しい風が吹くことが決まった。
陶器作りという、未知への挑戦が始まるのだ。

「よし話がまとまったなら、さっそく始めよう。」
「まずは、最高の器を焼くための窯を作るぞ。」

トウマさんは、まるで子供のように目を輝かせて言った。

「窯なら、瓦を焼いたものがありますわ。」

私がそう言うと、トウマさんは首を横に振った。

「いやあれでは駄目だ、瓦と器では火の温度が全く違う。」
「もっと高温に耐えられて、温度を細かく変えられる特別な窯が必要なんだ。」

彼は、地面に木の枝で窯の設計図を描き始めた。
それは、私たちが作った登り窯よりもずっと複雑な構造をしていた。
燃える部屋がいくつにも分かれており、熱が上手く回る仕組みになっている。

「この窯なら、土の良さを一番引き出せる。」
「白く滑らかな肌を持つ、宝石のような焼き物が生まれるはずだ。」

トウマさんの言葉には、絶対的な自信が満ちていた。
私たちは、彼の熱意に引かれるように窯作りを手伝い始めた。
場所は、粘土が採れる場所から程近い丘の中腹に決まった。
窯に使うレンガも、ただの日干しレンガでは駄目らしい。
火に強い特別な粘土を使い、高温で焼き固めた耐火レンガが必要だという。

幸いにも、この村の粘土はまさにその条件に合うものだった。
私たちは、家づくりの経験を活かして次々と耐火レンガを作っていく。
トウマさんは、その作業の速さと正確さに目を丸くしていた。

「なんだいあんたたち、ただの村人じゃねえな。」
「まるで、手慣れた職人たちじゃないか。」

彼の褒め言葉に、村人たちは少し照れくさそうに笑った。
レンガの準備が揃うと、いよいよ窯の建設が始まった。
トウマさんの指示は、とても明確で分かりやすかった。
私たちは、彼の言う通りに少しのズレもなくレンガを積み上げていった。

村のチームワークは、もはや見事なものだった。
カイが現場をまとめ、若者たちが力仕事をした。女性たちは、レンガを運んだり粘土をこねたりして作業を支えた。
村全体が、一つの巨大な生き物のように動いていた。

数週間後、丘の中腹にまるで砦のような立派な窯が完成した。
それは、この村の新しい象徴になるだろう。

「凄い、本当に図面通りの窯ができた。」
「これなら、間違いなく最高の器が焼けるぞ。」

トウマさんは、完成した窯を満足そうに眺めていた。
窯が完成すると、次は粘土の準備だった。
掘り出した粘土から、小石や草の根などを取り除いていく。
そして、大きな水槽に入れて水と混ぜて不要なものを沈殿させる。

この水簸という作業を、何度も何度も繰り返した。
大変な作業だが、これをすることで粘土がとても綺麗になるのだ。
綺麗になった粘土は、素焼きの鉢の上で水分を抜いていく。そして、人の手で丁寧に練り上げられた。

「土練り三年という言葉があるくらい、この作業は大事なんだ。」
「土の中の空気を完全に抜いて、均一な硬さにしないといけない。」

トウマさんは、手本を見せながら私たちに説明した。
その手つきは、まるで粘土と対話しているかのようだった。
村人たちも、真似をしながら土練りを始めた。
最初は不格好だった粘土の塊も、練習するうちに菊の花のような美しい模様を描くようになった。

全ての準備が揃うと、トウマさんがいよいよ轆轤の前に座った。
轆轤は、足で蹴って回す簡素な作りのものだった。
これも、村の大工たちが彼の指示通りに作り上げたものだった。
カイや村人たちが、息をのんでその様子を見守っていた。

トウマさんは、深く息を吸い込むと粘土の塊を轆轤の中央に置いた。
そして、ゆっくりと足で轆轤を蹴り始めた。
回る粘土に、彼の手がそっと添えられた。
すると、まるで魔法のように粘土が形を変えていった。

ただの塊だったものが、すっと上に伸びていく。
そして、彼の指先が粘土を導くように動き壺の形が生まれた。
その動きには、無駄なところが一切なかった。
流れるような一連の動きは、まるで舞のようにも見えた。

「凄い……」

誰かが、呆然と呟いた。
あっという間に、滑らかで美しい形の壺が一つ完成していた。
トウマさんは、汗を拭うこともなく次の粘土を轆轤に乗せた。
今度は、小さな茶碗が生まれていった。
次は、平らな皿がまるで花が開くように形作られた。

彼の両手から、次々と命を吹き込まれた器たちが生まれてくる。
村人たちは、その神業のような技術に言葉を失っていた。
自分たちが泥遊びのようにこねていた粘土が、芸術品に変わっていく。
その光景は、あまりにも衝撃的だった。

その日一日で、窯を一杯にするほどの器が作られた。
それらは、乾かすために棚にずらりと並べられた。
その光景は、実に壮観だった。

「さて、次は釉薬の準備だ。」
「器に色と輝きを与える、大事な化粧になる。」

トウマさんは、休む間もなく次の作業に取り掛かろうとした。

「釉薬というのは、何から作るのですか。」

私が尋ねると、彼はにやりと笑った。

「木の灰と、特別な石の粉さ。」
「この辺りで、白くてもろい石を見たことはないかい。」

彼の言葉に、私ははっとした。
村の近くの沢に、そんな石がごろごろ転がっている場所があった。
私たちは、それをただの石ころだと思っていた。

「案内しますわ、こちらです。」

私は、すぐにトウマさんをその沢へと連れて行った。
石を見た彼は、再び興奮したように声を上げた。

「これだこれだよ、これは長石という陶器作りに欠かせない石だ。」
「こんなに沢山、ごろごろ転がっているなんて信じられん。」

彼は、まるで宝石でも見つけたかのように石を拾い集めた。
村に戻ると、私たちはその石を粉々に砕いていった。そして、木の灰と混ぜて水で溶いた。
どろりとした、灰色の液体が出来上がった。

これが、器を美しく飾る釉薬の素になるのだ。

「面白いだろう、ただの灰と石ころが混ざるとこんなものができる。」
「焼き物ってのは、自然の力を借りる魔法なのさ。」

トウマさんは、本当に楽しそうに言った。
乾かした器に、私たちは一つ一つ丁寧に釉薬をかけていった。
灰色の液体が、素焼きの器にすっと染み込んでいった。
この時点では、まだ完成した姿は想像もつかなかった。

全ては、窯の炎に委ねられているのだ。
全ての準備が終わり、いよいよ火入れの日がやってきた。
窯に、釉薬をかけた器を注意深く並べていく。
器同士が触れ合わないように、間隔をあけて置くのがコツだった。

「よし、扉を閉めてくれ。」

トウマさんの声に、若者たちが粘土で窯の入り口を塞いでいく。
残されたのは、薪を入れるための小さな口だけだった。

「これから三日三晩、火を絶やさずに燃やし続ける。」
「最初は弱い火で、だんだん温度を上げていくんだ。」

彼の顔は、今までにないほど真剣だった。
陶器作りで、一番大事な工程が始まろうとしていた。
最初の火は、私が巫女として入れることになった。
村人たちが見守る中、私は松明の火をそっと窯の口へと入れた。

乾いた薪が、パチパチと音を立てて燃え始めた。
橙色の炎が、窯の奥をぼんやりと照らし出した。
その光景は、まるで新しい命の誕生を祝う儀式のようだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。 「ヨシュア……てめえはクビだ」 ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。 「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。 危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。 一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。 彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

『捨てられシスターと傷ついた獣の修繕日誌』~「修理が遅い」と追放されたけど、DIY知識チートで壊れた家も心も直して、幸せな家庭を築きます

エリモコピコット
ファンタジー
【12/6 日間ランキング17位!】 「魔法で直せば一瞬だ。お前の手作業は時間の無駄なんだよ」 そう言われて勇者パーティを追放されたシスター、エリス。 彼女の魔法は弱く、派手な活躍はできない。 けれど彼女には、物の声を聞く『構造把握』の力と、前世から受け継いだ『DIY(日曜大工)』の知識があった。 傷心のまま辺境の村「ココン」に流れ着いた彼女は、一軒のボロ家と出会う。 隙間風だらけの壁、腐りかけた床。けれど、エリスは目を輝かせた。 「直せる。ここを、世界で一番温かい『帰る場所』にしよう!」 釘を使わない頑丈な家具、水汲み不要の自動ポンプ、冬でもポカポカの床暖房。 魔法文明が見落としていた「手間暇かけた技術」は、不便な辺境生活を快適な楽園へと変えていく。 やがてその温かい家には、 傷ついた銀髪の狼少女や、 素直になれないツンデレ黒猫、 人見知りな犬耳の鍛冶師が集まってきて――。 「エリス姉、あったか~い……」「……悔しいけど、この家から出られないわね」 これは、不器用なシスターが、壊れた家と、傷ついた心を修繕していく物語。 優しくて温かい、手作りのスローライフ・ファンタジー! (※一方その頃、メンテナンス係を失った勇者パーティの装備はボロボロになり、冷たい野営で後悔の日々を送るのですが……それはまた別のお話)

処理中です...