役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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川岸に流れ着いた小舟には、見知らぬ男がぐったりと倒れていた。
その知らせは、すぐに村中に広まった。
畑仕事をしていた村人たちが、何事かと川岸に集まってくる。
彼らは、遠くから舟を眺めながら不安そうな声でひそひそと話し合っていた。

「どこの者だ、あの男は。」
「病気を持っているのかもしれないぞ、近づかない方がいい。」

村人たちの警戒心は、無理もないことだった。
平和な村に、初めて訪れたよく分からない存在なのだ。
疫病や争いを持ち込まれることを、彼らが恐れるのは当然のことである。
カイも、知らせを聞いてすぐに駆けつけてきた。
その手には、もしもの時に備えて頑丈な木の棍棒が握られている。

「リゼット様は危ないから下がっていてください、俺が様子を見てきます。」

彼は、私をかばうように前に立った。
その背中は、この村を守ろうとする強い意志に満ちている。
私は、そんな彼の肩にそっと手を置いた。

「大丈夫ですよカイ、まずはあの人がどんな状態なのかを確かめましょう。」

私は、村人たちの心配を振り切って小舟へと近づいていった。
アルフレッドも、心配そうな顔で私の後に続く。
舟の中に横たわっていたのは、まだ若い男だった。
年の頃は、カイと同じくらいに見える。
旅の汚れで顔はよく見えないが、整った顔立ちをしていた。
しかしその顔色は土気色で、浅く速い呼吸を苦しそうに繰り返す。
額に手を当ててみると、焼けるように熱かった。

「ひどい熱ですわ、それにこの腕の傷を見てください。」

私は、男が着ている服の袖が赤黒く染まっているのに気づいた。
そっと袖をまくってみると、腕に深そうな切り傷があり赤く腫れ上がっている。
どうやら、この傷から菌が入って熱を出しているようだった。

「このままでは命が危ないかもしれません、早く手当てをしないと。」

私がそう言うと、後ろで見ていた村人たちから反対の声が上がった。

「いけません巫女様、得体の知れない人間を村に入れるわけにはいきません。」
「そうだ、もし悪い病気だったらどうするんだ。」

村人たちの声は、とても真剣だった。
彼らの気持ちも、私には痛いほどよく分かる。
しかし、目の前で弱っている人を見捨てることは私にはできなかった。
それは、民俗学者としてではなく一人の人間としての私の強い思いだった。

「皆さん聞いてください、この人を見殺しにできません。」
私は、村人たちの方を振り向いてはっきりと告げた。
「もし病気なら私たちの薬草で治せるでしょうし、悪人かは後で話を聞けばいいのです。」

私の真剣な眼差しに、村人たちは言葉を失った。
彼らは、私の決意が固いことを悟ったようだった。

「それに私たちはもう無力な村人ではありません、病気を防ぐ知恵も村を守る力も持っています。」

私の言葉に、カイがはっとしたような顔をした。
彼は、手に持っていた棍棒をそっと下ろす。

「リゼ-ット様の言う通りです、俺たちはもうただ怯えているだけじゃありません。」

カイは、そう言うと村の若者たちに指示を飛ばした。

「おいお前たち、この人を運ぶのを手伝え。学校の空いている部屋に寝かせるんだ。」

カイのその一言が、村の場の空気を変えた。
彼の指導力に、若者たちがすぐさま応じる。
他の村人たちも、戸惑いながらも道を開けた。
私の決断を、村が受け入れてくれた瞬間であった。

若者たちは、男を注意深く舟から抱え上げた。
そして、学校の校舎へと運んでいく。
私は、すぐにアルフレッドに指示を出した。

「アルフレッド、熱を下げる薬草と傷の消毒に使う薬草を持ってきてください。」
「それから、清潔な布と綺麗なお湯もお願いします。」

アルフレッドは、素早い動きで準備に向かってくれた。
学校の医務室代わりに使っている小部屋に、男は寝かされた。
私は、まず傷の手当てから始めることにする。
お湯で傷口の汚れを丁寧に洗い流し、消毒作用のある薬草の煮汁で清めた。
傷は思ったよりも深かったが、幸い骨には届いていないようだった。
最後に、菌を抑える軟膏をたっぷりと塗り清潔な布で腕を巻いていく。
その間、男は苦しそうなうめき声を上げるだけで意識は戻らない。

次に、高い熱を下げるための薬を飲ませなければならない。
私は、解熱作用のある薬草を煎じて冷ましたものを匙で少しずつ男の口に流し込んだ。
意識のない人に薬を飲ませるのは、とても難しい作業であった。
しかし、アルフレッドの助けもあってなんとか半分ほどを飲ませることに成功する。

「あとはこの人の生命力次第ですね、今夜が大変な時になるかもしれません。」

私は、額の汗を拭いながらつぶやいた。
村の女性たちが、交代で男の体を拭いたり濡らした布を額に乗せたりして懸命に看病してくれた。
あれだけ反対していたのが、嘘のようである。
彼らの心の中にある優しさが、恐怖に打ち勝ったのだ。

その夜、私は男のそばを離れずに付き添った。
時折、男は悪い夢を見ているのか苦しそうな声を上げる。
そのたびに、私は新しい濡れ布に替えて彼の小さな手を握りしめた。
夜が明ける頃、男の呼吸が少しだけ穏やかになっていることに気づく。
額に触れてみると、あれほど高かった熱が少しだけ引いていた。

「よかった、大変な時は過ぎたようですね。」

私は、ほっとして大きく息をついた。
窓から差し込む朝の光が、男の穏やかな寝顔を照らしている。
その時、男のまぶたがかすかに震えた。
そして、ゆっくりと目が開かれる。
その目は、長い間さまよっていた魂がようやく体に戻ってきたかのようにぼんやりとしていた。

「……ここは。」
男が、かすれた声でそう言った。
「気がつきましたか、ここは西の辺境の村であなたは川岸に倒れていたのですよ。」

私がそう言うと、男はゆっくりと体を起こそうとした。
しかし、まだ力が入らないのかすぐにベッドへと倒れ込む。

「無理をしてはいけません、まだ熱があるのですから。」

私は、彼を優しく止めた。
男は、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。
やがて、自分が置かれている状況を少しずつ理解し始めたようだった。

「……あんたたちが、俺を助けてくれたのか。」
「ええ当たり前のことをしたまでです、さあ栄養のあるスープを飲んでください。」

私は、村の女性が作ってくれた温かいスープを彼に差し出した。
男は、私の助けを借りながらゆっくりとスープを口に運ぶ。
温かいスープが、彼の冷え切った体に染み渡っていくようだった。
スープを飲み終えると、男の顔に少しだけ血の気が戻ってきた。
彼は、改めて私と部屋の中を見渡す。
そして、深々と頭を下げた。

「ありがとう命を救われたようです、俺はトウマというしがない陶工です。」

トウマと名乗った男は、自分の身の上を少しずつ語り始めた。
彼は、王都で有名な陶器工房の職人だったらしい。
しかし、親方と喧嘩をして工房を飛び出し新しい土を求めて旅をしていたという。
その旅の途中で山賊に襲われ、荷物と金を全て奪われた上に腕に傷を負わされたのだ。

「もうダメかと思いましたが、なんとか小舟で川に逃げ込みました。」
「あとは、もう覚えていません。」

彼の話は、彼の不運を物語っていた。
しかし、その目には職人としての強い光が宿っている。

「陶工、ですって。」
私は、その言葉に興味を引かれた。
「ああ、粘土をこねて器を作るのが俺の仕事だ。」

その時、私は一つの可能性を思いついた。
この村には、家や瓦を作った良質な粘土がたくさんある。
その粘土を使えば、もしかしたら何かできるかもしれない。

「トウマさん、もしよかったらこの村の土を見てはくれませんか。」
「もしかしたら、あなたの探している土がここにあるかもしれません。」

私の提案に、トウマは驚いたような顔をした。
しかし、すぐにその目に好奇心の色が浮かぶ。

「辺境の土ですか、面白い。元気になったらぜひ見せてもらうとしましょう。」

数日後、トウマは驚くほどの速さで回復していった。
村の栄養のある食事と、薬草の効果だろう。
彼は、カイや村の若者たちともすぐに打ち解けていた。
そして、約束通り村の粘土を掘っている場所へと足を運ぶ。
彼は、粘土を手に取るとその感触を確かめるように指でこね始めた。
その目は、もはやただの旅人ではない。
土と話をする、真剣な職人の目だった。
彼は粘土の匂いを嗅ぎ、少しだけ口に含んで味まで確かめている。
村人たちは、その不思議な行動を興味深そうに眺めていた。
しばらくして、トウマは興奮したように顔を上げた。

「すごいなんだこの土は、粘り気といいきめの細かさといい最高級の陶土じゃないか。」

その言葉に、私たちは顔を見合わせた。
私たちがただの泥だと思っていたものが、専門家から見れば宝の山だったのだ。

「この土なら、王都で使われているどんな土よりも良い器が焼けるぞ。」
「なああんたたち、俺にこの土を使わせてはくれねえか。」
トウマは、私たちに向かって真剣な顔で言った。
「その代わり、俺の技術をこの村に教えます。この村を、この国で一番の陶器の産地にしてみせるぜ。」

彼の突然の、そしてあまりにも壮大な提案に私たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
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