【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
31 / 80

31

しおりを挟む
店に入ると、あの心地よい香りが漂ってきた。空気がほんのり暖かく、温もりが私を迎えてくれる。

「いらっしゃい、佐倉さん。今日もひとり?」

「はい、ひとりです」

女将さんの顔を見て、軽く頷く。今日は少し疲れているけれど、ここに来ると気分がほっと落ち着くから不思議だ。

カウンターに座り、バッグを置くと、目の前のメニューをちらりと確認する。今日は何を頼もうか、少し迷うけれど、やっぱりあれだな。

「フェニックスファイヤー・リキュールをください」

女将さんが驚いた顔をして、すぐに微笑む。

「ふふ、今日はそれを選んだのね。了解したわ」

私の好きな、あのちょっと辛味のある、でもまろやかな飲み心地のリキュール。炎のように赤い色が、美しいグラスの中で光を反射して、まさに“火の精霊”とでも呼びたくなるような一杯だ。

しばらく待っていると、グラスが目の前に運ばれてきた。あの鮮やかな赤色が、まるで小さな炎のように揺れている。

「いただきます」

リキュールを口に含むと、まず感じるのはその辛さ。すっと喉に駆け抜ける熱さが、体を温めてくれる。だが、すぐにその後に来るのは、まろやかな甘さ。少し焦げたキャラメルのような香りが鼻を抜ける。

「うん……これ、最高」

私の口の中で、あの炎が静かに消えていく。酔いが少しずつ回り、身体がほっと緩むのを感じる。

「フェニックスファイヤー・リキュール、ほんとにいい酒だよね」

女将さんがカウンターの向こうから見守るように言う。

「はい、毎回頼んでしまいます」

リキュールをもう一口。最初の一口の後、ゆっくりと味わう余裕ができた。今日はちょっとだけ、贅沢をしている気分。

「ここのお酒、どれも最高なんですよね。料理ももちろんだけど、何よりこのリキュールが好き」

「嬉しいわ、佐倉さんが気に入ってくれて。じゃあ、今日の料理はどうする?」

女将さんが、次のメニューを聞いてきた。普段なら、その時に答えるけれど、今日はリキュールを楽しみたい気分だから、少しだけ黙っていることにした。

「今日は、料理はパスで。リキュールだけ、じっくり味わいたい気分なんです」

女将さんは少し驚いたように笑ってから、軽く頷いた。

「わかるわ、たまにはそんな日もいいわよね」

私はその言葉に答えるように、もう一度リキュールを飲む。その余韻が、舌の上で広がっていくのを感じながら、少しだけ目を閉じて、リラックスした。

「さて、次はどうしようかな」

心地よい酔いが回ると、ふと次のことを考えてしまう。けれど、今はただ、このひとときを味わいたい。リキュールを楽しんで、気持ちよくなったら、また帰路につこう。

「うん、今日はこれで十分かな」

女将さんが近づいてきて、カウンター越しに顔を見合わせる。

「今日は、ゆっくり楽しんでいってね。いつでもリキュールをお持ちするから」

「ありがとうございます」

こうして、気楽に飲みながら、ただの一日を過ごす。この店があるから、私は何気ない日常を大切にできる。

そのうち、リキュールのグラスが空になった。私はそのまま、少しだけ目を閉じて、余韻に浸る。

「……もう少し飲んじゃおうかな」

グラスをもう一度頼む。女将さんが軽く笑って、もう一杯を用意してくれる。

その後も、リキュールの辛さと甘さが交互に私を包み込んでいく。普段の仕事の疲れも、少しずつ溶けていく気がした。

「ふふ、やっぱりいいな」

一人で飲むのも、誰かと過ごすのも、どちらも楽しい。でも、今日はこうして、ひとりでリラックスできる時間が何よりも大切だ。

「佐倉さん、今日も来てくれてよかったわ」

女将さんの声が耳に心地よく響く。

「こちらこそ、ありがとうございます」

また一口、リキュールを味わって、店内の穏やかな空気を感じる。普段は静かな時間を楽しみながら、次の一歩を考える。今、この時間が一番幸せだと思う。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。 家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!? 主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

いい加減な夜食

秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...