元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

☆ほしい

文字の大きさ
32 / 80

32

しおりを挟む
店に入ると、あの懐かしい匂いが広がる。料理とお酒が交じり合った、この場所の匂いだ。少し汗をかいた体が、すっと落ち着く感じがする。

「おかえり、佐倉さん。カウンター、空いてるわよ」

女将さんがにっこりと笑いかけてくれる。毎回、顔を合わせるたびにその笑顔に安心する自分がいる。

「ありがとう、今日はあまり時間がないから、さっさと食べて帰ろうかな」

カウンターに座ると、温かい光が包み込んでくれる。ほっと一息つきながら、メニューをちらりと見て、すぐに決めた。

「ケンタウロスの牛乳のクリームシチューをお願いします」

女将さんが軽くうなずく。

「はい、少しお待ちください」

その言葉に応えて、私は席に座り直し、ゆっくりと目を閉じる。ここの雰囲気が、毎回私をリセットしてくれる。日々の喧騒や疲れを忘れる瞬間。

しばらくして、女将さんが温かなシチューを持ってきてくれる。シチューの湯気がふわりと上がり、濃厚な香りが立ち込める。

「お待たせしました、どうぞ」

「ありがとうございます」

スプーンを手に取り、一口。熱々のシチューが口の中で広がる。まろやかな牛乳とクリームのコクが、濃厚で、ほんのり甘い。それでいて、牛肉の旨みがしっかりと感じられる。

「うん、やっぱりこれだな」

その一口で、心も体も温まる。外の寒さを完全に忘れて、ただ美味しさに浸る。

「今日は、何も考えずにゆっくりしたいな」

そんなことを思いながら、もう一口。シチューの中に入っている野菜が程よく柔らかく、肉もスプーンで簡単にほぐれるほど柔らかい。

それに、牛乳のクリーミーさが、私の口の中で広がっていく。どこか懐かしさも感じるような、ほっとする味。

「ふぅ~、幸せだな」

ビールを一口飲み、シチューの味を引き立てる。少し辛味の効いたビールが、まろやかなクリームシチューの味と絶妙に合う。ああ、これだよ、こういう食事が一番。

女将さんが私を見守りながら、言った。

「佐倉さん、今日はゆっくりしていってね。いつも忙しそうだもんね」

「うん、今日は思いっきりリラックスしたいから、ありがたいよ」

ふと、女将さんが微笑む。そんな気持ちを察してくれる彼女に、感謝の気持ちが溢れてくる。

「今日はもう少し、ゆっくりしようかな」

シチューをひと口、またひと口。時間がゆっくり流れている気がして、なんだか心が落ち着く。こんなに美味しい料理を食べて、誰にも急かされることなく、静かに過ごす時間。幸せだなと思う。

「よし、次はどうしようかな」

シチューをほとんど食べ終えたころ、女将さんがふとこちらに目を向けてきた。

「何か、飲み足りない?」

「あ、もう少しビールを頼んでもいいですか?」

「もちろん。すぐに持ってくるわ」

女将さんが笑顔で立ち上がり、キッチンに向かう。その後ろ姿を見送りながら、私はもう少し、この時間に浸りたくなった。

ビールが運ばれてきて、私はそれを受け取る。

「ありがとう」

ビールの冷たさが、また喉を通っていく。ほんの少し酔いが回った感じが心地よく、またゆっくりと、リラックスした時間が流れる。

この店に来ると、普段の忙しさをすっかり忘れられる。食事とお酒を楽しんで、心も体も解きほぐす。それが、私の最高のひとときだ。

「さて、そろそろ帰らないと」

今日も楽しい時間を過ごして、帰る準備をする。女将さんにお礼を言って、席を立つ。

「ありがとう、また来るね」

「気をつけて帰ってね、またお待ちしてるわ」

店を出ると、外の冷たい風が体に当たる。だけど、心は温かい。今日もここで、幸せな時間を過ごせたから。

街灯に照らされた道を歩きながら、ふと今日のシチューのことを思い返す。

「明日も、また食べに来ようかな」

静かな夜道を歩きながら、そう思った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件【書籍化決定!】

木ノ花
ファンタジー
【第13回ネット小説大賞、小説部門・入賞!】 マッグガーデン様より、書籍化決定です! 異世界との貿易で資金を稼ぎつつ、孤児の獣耳幼女たちをお世話して幸せに! 非日常ほのぼのライフの開幕! パワハラに耐えかねて会社を辞め、独り身の気楽な無職生活を満喫していた伊海朔太郎。 だが、凪のような日常は驚きとともに終わりを告げた。 ある日、買い物から帰宅すると――頭に猫耳を生やした幼女が、リビングにぽつんと佇んでいた。 その後、猫耳幼女の小さな手に引かれるまま、朔太郎は自宅に現れた謎の地下通路へと足を踏み入れる。そして通路を抜けた先に待ち受けていたのは、古い時代の西洋を彷彿させる『異世界』の光景だった。 さらに、たどり着いた場所にも獣耳を生やした別の二人の幼女がいて、誰かの助けを必要としていた。朔太郎は迷わず、大人としての責任を果たすと決意する――それをキッカケに、日本と異世界を行き来する不思議な生活がスタートする。 最初に出会った三人の獣耳幼女たちとのお世話生活を中心に、異世界貿易を足掛かりに富を築く。様々な出会いと経験を重ねた朔太郎たちは、いつしか両世界で一目置かれる存在へと成り上がっていくのだった。 ※まったり進行です。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...