ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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79夢と幻の狭間で

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 決闘の場は、まるで地獄の一丁目。レオポルドは恐怖と焦りと、身に背負った重圧を感じていた。
 覚悟はできている。あとは力強い一歩を踏み出すだけだ。

 何度も気合いを入れ直してから、レオポルドは鉄剣を鞘から抜いた。
 分厚い兜の向こうからは、兄のマルクスが、険しい表情で試合前の身支度をこなしている。さっきまでのロイド王子との試合も、手抜かりなく、完封勝ちしていた。
 あふれ出る強者の覇気は、彼の肉体を超え、肉眼からでも見えるかのようだ。

「レオポルド。お前はなんのためにその剣を振るう?」

「一番近くにいてくれた人へ、恩返しをするため」

「自分のためではなかったのか」

「その先に自分の夢も待ってる。ずっと長い間、叶えたくて仕方がなかったよ」

 ルイが嬉しそうに笑ってくれるから、レオポルドはくり返し「最強の男」になるのだと言い続けた。
 はじめは決闘大会とか、剣の鍛錬とか追い求めるほど向上心があったわけではない。強い兄がいて、それに漠然と憧れを抱くのみだった。

 もしもルイがいなかったら、すべて違っていたのだろう。孤独で、無力で、弱々しい第三王子のままだったかもしれない。
 同じ道を寄り添ってくれる相手がいる。それだけで、どれだけ勇気と希望が湧いてくることか。レオポルドは痛いほどよくわかっている。

「俺は兄上に勝って強くなる。ルイが少しでも誇れる夫に俺は、なってみせる」

「ふっ幼稚だな……シオンの王子の発言とは思えん」

「でもこれが俺の本心だ」

 迷いはない。全身に血は行き届いている。気迫が声になって爆ぜる。やがて鳴り響く決闘の合図を、今か今かと待ちわびている。

「お前たちが妄想する夢とやらは、今日ここで消え失せるさ」

「いいや兄上。俺はあなたの背中を越えるよ」

 大鐘楼の鐘の音と、審判の号令が空気を震わす。とめどない歓声と雄叫びが、地の底を揺さぶるほど激しく音を立てた。

 レオポルドとマルクスは、ゆっくり互いの間合いへと歩み始めた。見ずともわかる、兄弟そろって殺意と闘志をむき出しにしている。
 
 まず最初に仕掛けたのはレオポルドだった。彼はルイ直伝の突き技で、相手の立ち位置をずらしにかかる。
 しかし狙いは外れ、兄の方はやや左に重心を傾けて、刃の先をひらりと避けていった。挨拶がわりにしては、力を込め過ぎたかとレオポルドは自嘲した。

「くっ」
 
「はっ!!やるな!!」
 
 横に振った剣筋も、相手は軽々と受け止めてくる。
 では次はもっと速攻前陣で、さばく暇も与えないほど敏速に攻撃を打ち込んでやる。

 マルクスが速さに対応できなければ、この試合は簡単に決着がつくはずだった。だが相手は屈強な肉体からは想像もつかないほど身軽に、かつ丁寧に弟からの技をかわしていく。
 
 瞬きするたび、レオポルドの視界から相手の姿は消えてしまう。鎧なんて着ていないような驚異の瞬発力で、徐々に追い詰められていく。
 そしていつの間にか、レオポルドの方が守勢に回っていた。どこで立場が逆転したのか気づく余地すらなかった。

「ぐぅっ!!」

 強烈な頭上からの一振りが、レオポルドの頭を殴打する。鉄兜を被っていても、すさまじい風圧に彼はよろめいた。

 油断などしていなかった。防御は完璧なはずだったのに。それでも相手は、針の穴を通すようなわずかな攻めの糸口を捉えてきたのだ。

 このまま姿勢を崩せば負ける。とにかく剣を構えて、攻め手の流れを止めなければ。

「お前はまだ!!自分の大きな過ちに気づいていない!!おめでたい夢など、くだらない理想など捨ててしまえ!!」

 右耳に刃がかすった。肩にも横腹にも、悶絶するほどの打撃が飛んでくる。逃れようと距離を稼いだところで、無駄だった。向こうはさらに一気呵成に攻めてくるだけだ。

 マルクスが手に持つ大剣は、彼の剛腕によって、まるで生き物のように自由自在に動きを変える。目で追って軌道を読もうとしても予測不能だった。

「いいか!?シオン家の人間ならば、まずなによりも一族のことを考えろ。己の感情など無価値と思え!!レオポルド!!」

 技を仕掛けながら、ペラペラとよく口が回るものだ。レオポルドは兄の怒号に呆れながらも、じっと相手に隙ができる機会を窺っていた。
 待っていれば勝機はある。必ず相手だって疲れた姿を露呈させるはずだ。

「エスペランサの王子がなんだ?あの男をかばう道理がどこにある?レオポルド、教えてくれ。ルイ・エスペランサをここに残していったい何の意味があるんだ?」

「はぁ……はぁ、そんなこと俺にだってわからない」

 話している場合ではないのに。着実に体力が削がれていることはわかっているのに。まずい兆候が迫っている。また兄の口ぶりに釣られて、気持ちが逆上しかけている。

「では、お前は意味もなく夢や理想を追いかけているわけか。あの男の色目に唆されてしまったばかりに。まぬけなやつだ!!」

「ちがう……ただ俺はルイがそばにいて欲しいだけさ」

 はじめは夢を叶えたかったわけじゃない。夢の先を見たかったわけじゃない。
 ルイと一緒に夢を追いかけたかった。笑われるほどおめでたい夢をふたりで語っていたら、それだけで幸せだったから。

「誰かに縋ることでしか生きた心地がしないのなら、お前はとんだ腰抜けだ。臆病者だよお前は」

「ふっ、そうかもな」

 たしかに。ここまでルイと依存しあって、共に喜びを分かち合ってきた。一人ではできないことも、彼が常にそっと手を貸してくれた。いついかなる時も彼の真心に救われてきた。もう彼なしの生活なんて、想像だにつかなかった。

「笑えてくるだろう?自分の不甲斐なさに」

「あぁ。でもこれが、俺たちの選んだ生き方だ」

 これでいい。この生き方がよかったんだ。
 今ある最大源の力をつま先に注いで、そのまま勢いよく前方へと飛びかかる。捨て身の体当たりは、罵詈雑言を連ねる兄の喉元もとまで届きそうな勢いだった。
 だけど相手の反応も相変わらずである。レオポルドが体術に持ちこもうと姿勢を低くしたのを見るや、すかさず兄の方も大剣を振りあげてきた。

 ぶつんと途切れる意識。痛みが腕の関節から首のあたりを通り、こめかみまで鈍痛は達した。電流のような衝撃が走るとそこからは何の感覚もしてこなくなる。レオポルドの目や、耳や鼻から伝わってくる五感は、ちっとも働きはしなかった。

 自分が立っているのか、倒れているのかも定かではない。まともに生きているのか死んでいるのかさえも。
 やっぱり強いな、兄上。俺は死んだのかもな。レオポルドはそうぽつりと苦虫を噛み潰したように虚空に言葉をこぼした。 

「まだやれるでしょう」

 耳はまともに機能していない。会場の音は聞こえやしない、なのにどうしてだろう。どこかから、懐かしい声が聞こえてくる。あの時の、いつだったか記憶の片隅に残る彼の面影を感じている。 
 レオポルドはルイの声を思い出していた。きっとこの闘技場の隅っこのほうで、泣きながら声援を送ってくれているのだろう。

 もう負けそうだよ。ずっと兄上の独壇場だった、まともに勝負しても敵う相手ではなかったんだ。壁はどこまでも分厚くて、高かった。自分の成長を過信して、相手の力を見誤っていたのかもしれない。

「なにを弱気になっているんですか。レオ様らしくありませんね」

 相手は本当に強いんだ。全力を出しても俺の剣は、兄上にはね返されてしまうんだ。俺たちの道のりでは、兄上の不屈の心には届かなかったのかも。
 俺は死ぬ気でやったよ。もう十分に、やり切ったと思う。そうさ。「最強の男」なんて飾りつきの称号のためだけに、よく頑張ったほうだ。
 
「ふふっ、まだこれからでしょう……」

 わかってる。でも、もうつらいんだ。立って歩くのも苦しいのに、鎧兜の重さなんて、まるで大きな岩を背負っているみたいだ。
 ルイ、格好悪い俺のままでも許してくれるだろうか。まだ大人になりきれていない、幼い夫を恥じるだろうか。

「どうか勝って」

 勝ちたい。勝ちたいよ。俺はここで勝って、ずっとルイの声を聞きながら、歌でも口ずさみながら生きていたいんだ。

 近くにいないはずの彼。遠くにいるであろうルイがつないでくれた人との出会い、夢、毎日。レオポルドの頭をめぐり、全身の細胞までを奮い立たせていく。
 じわじわと渇いた心がうるおいを取り戻し、すべきことを教えてくれる。戦え、もっと。勝つまで戦え。

「兄上。俺なら……まだやれる」

 倒れていたその巨体は、まるで誰かに支えられるように二本足で起き上がった。血だらけの顔には、獣じみた狂気が見え隠れしている。冴えわたるレオポルドの眼孔は、血を分けた兄を捉えていた。

「おいおいレオポルド、お前」

「やれる。次は殺す気で来てくれよ」

 闘技場の中心に立つ。
 レオポルドは深呼吸をして、剣を構えなおした。
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