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80わたしを離さないで、愛しい人よ
しおりを挟む駆け引きも、小細工もいらなかった。情熱を込めて、思念を絶やすことなく相手に挑んだ。あとは無我夢中で相手の鎧に武器を叩きつけるだけだった。
レオポルドは夢を、マルクスは家の伝統を。互いの意地がぶつかり合って、どちらも躍起になっている。騎士の矜持というものは場内では露ほども感じられない。
どちらかが倒れ、二度と起き上がれなくなるまで。闘いは終わらない。ここに至ったからには、終われる状況にないことは、死闘を演じる本人たちがよくわかっていた。
「がは!!」
空気を裂くほどの一撃が、マルクスの横腹に命中した。
レオポルドは兄の苦悶の表情も意に介さなかった。首から足の腱にかけて急所となる部分に狙いを絞って、何度もすさまじい猛攻を加えた。
「たおれろよ……兄上!!」
「お前こそ!!大人しく負けを認めろ!!」
致命傷となり得る強打を、さも当たり前のように何発も。レオポルドは意識が朦朧とするなか、まるで鬼神のような立ち回りで兄を圧倒していった。
「死に損ないが!!」
マルクスの咆哮が響く。
相手も溢れんばかりの血潮を絶やすことなく、反撃の技を隙あらば食らわせてくる。
当たればひとたまりもないだろう。だがそれに臆せば男として情けなく負けるだけ。弱腰になって勝てる相手ではない。
「レオポルド!!その程度か、お前の覚悟は!!もっと見せてみろ。俺を超えたいのだろう?最強になるのだろう?」
「ぐっ!!くそ!!」
肉体が悲鳴をあげようとも、問題ではなかった。心は燃え続けている。この日を迎えるために生まれてきたのだと、魂が歓喜している。心臓の音よりも速く、強く動いて、当代最強の男に食らいつく。
「負けないで!!レオ様!!」
途切れかけた意識はまた、霧が晴れるように覚めていく。兄弟どうしの戦いに観衆はしんと静まり返り、固唾をのんで見守っていた。そのなかでルイの声だけがただ唯一、レオポルドの耳を打った。
レオポルドは笑みを浮かべ、小さな涙の粒をまぶたに浮かべた。
ぐっと姿勢を低くして、突進してくる兄を迎え撃つ。
風が歪んだその拍子で、レオポルドは軸足を中心に身を翻し、剣ごと弧を描きながら反転していく。兄の攻撃はかろうじて避けられて、敵に背中を向けた状態となった。
「なっ!?」
「見てるか、ルイ」
振り向きざま、「ここだ」とレオポルドは足を踏みこんだ。閃光に輝く白刃の放物線が、彼の腕に引っ張られてぐんぐん真横へと伸びていき、相手の胴体にぶち当たった。
猛烈な打撃だった。マルクスの防具はミシミシと音を鳴らしながら、彼の胴体をなんとか守りきったが。レオポルドの剛腕による衝撃まで受け止めるようにはできていない。
ぐらりと後ろによろめいた相手に詰め寄っていく。とどめを刺すために、すかさずレオポルドは腕を回す。相手側も考えていることは同じで、双方はまるで命知らずのように、ひたすら武器による連打の応酬をくり返した。鉄と鉄のすき間から火花が生じるほど苛烈に、何度も、ぶつかり合う。
相手より先に倒れるわけにはいかない、もはや意地の勝負だった。レオポルドもマルクスも、力の尽きる瀬戸際まで抗った。
この競り合いで勝敗が決するだろう。人々は予感していた。
砂ぼこりがたくさん舞っている。どちらが決闘の場を制して、最後まで立っているのか。観客たちの目からは判断がつけられないほどだった。
最初に見えたのは黄金色の髪の色。兜を颯爽と脱ぎ捨てて、さらさらと髪が風になびいている。
その光景を目に焼き付けた人々は、大きなどよめきと歓声をあげた。
レオポルド王子だ。彼が兄を打ち倒した。その風体は、血の一滴も残っていないというようなやつれた姿であった。
倒された長男の方は、場の端の端まで追いやられている。倒れる直前まで、彼の闘う意志が折れなかったことを示すように、右手には剣が握られたままだ。
レオポルドはぐったり倒れている兄を見つめていた。全身が傷だらけで、防具など意味を成していないようだった。
「約束どおりだ。兄上、俺たちの望みを叶えてもらうぞ」
「好きにしろ。はぁ……はぁ、俺はこのざまだ。もはや一歩も動けん。面目も……丸潰れさ」
これで思い残すことはないはずだった。決闘を勝ち残り、兄に阻まれた未来を再び取り戻すことができた。ルイとの生活も、またいつものように送れる。
「どうしたんだ、笑えよ。お前が勝ったんだぞ」
「ああ。兄上」
「どうして泣くことがある。これでもう、すべてお前の思い通りじゃないか」
「ああ……わかってるよ」
時間はかかったが、ルイとレオポルドは改めて王家公認の夫妻として認められるだろう。
今日の闘いで世間の傾きも変わっていく。王族のなかでずば抜けて求心力を集めていたマルクスは、レオポルドの台頭によって、その勢いを弱めていくに違いなかった。
「強くなったな。レオポルド」
「そうかな……」
「あんなに小さかったお前に、見下ろされる日が来るとはな。夢にも思わなかった」
ルイ、彼がつないでくれた人の輪が、自分を育ててくれた。日常のある一部分でも欠けていたら、この結末にはならなかった。
どこかで膝をつき、勝てないと諦めていたかもしれない。そもそも、決闘に望みをかけることさえしなかったかもしれない。
「ぜんぶ……誰かのおかげだったんだ。俺一人の力だけじゃ、兄上にはぜったい勝てなかった」
「だろうな」
マルクスは目を閉じて、染み入るように言葉に相槌をした。彼の救護を命じられた役人が、横からたくさん入ってきている。
兄弟はそれに構わずに、これまでの対立のぶん、交わせていなかった他愛ない話をしていた。
「あの男が……、いや。ルイさんがレオポルドをここまで強くしたんだな」
「うん……うん」
レオポルドはもっと言葉を続けたかったが、胸がいっぱいで、さらに涙が口もとを邪魔して話すことができなかった。諦めなくてよかった。何も手放さくてよかった。
兄がルイのことを認めてくれた気がして、自分たちのこれまでの日々も報われた気がして、堪らなく嬉しかった。
「じゃあな……レオポルド。俺は先に王宮に戻らせてもらうよ」
「そうか。またな、兄上」
「今までのこと、すまなかったな。今日はありがとう。いろいろとお前たちから気づかされた」
「いいよ。兄弟なんだから、べつに喧嘩ぐらいするだろ?でもルイには後で謝っといてくれ」
「ふっ。その言葉に救われたよ」
担架によって運ばれていくマルクスが去り際に、「俺も、変わっていかないとだな」とぽつりと言葉を残していった。あの頭でっかちの彼がである。まさかあの兄がそんな気持ちになっているのかとレオポルドはひどく驚かされた。
大きな鐘の音とともに、祭典の閉幕が告げられていった。勝者はレオポルド・シオン。新たな決闘の王者の誕生に、敵味方を問わず、誰もが感情をときめかせた。
ぞろぞろと群衆が会場の真ん中に引き寄せられ、レオポルドの前に集っていく。群衆のなかには母のミランダの姿も、学友のアランが手を振る姿もあった。
みんなが笑っていた、わけではない。マルクス王子を支持する人々は、この結果に満たされない思いが募っていただろう。それでも何かが劇的に変わる気配を、レオポルドは感じていた。
兄のロイドがまさしく言っていたことだ。より強固に人がまとまる。何の根拠も、確かな証もないのだけど、なぜだかそう思えた。この場で見守ってくれた人々と、もっとより良く、親しい関係になれる気がした。もちろんルイと共に。
「レオ様っ!!」
人ごみのなか、お付きに守られながら彼がレオポルドの前に飛び出してきた。
きつく、固く抱擁して、ふたりは離れないようする。もう離れない、離さない。お互いに命を分け合うみたいに、心を寄り添わせて、何度も頬ずりした。
「私の声は……届いていましたか?」
「うるさいぐらい、聞こえてたよ」
「おめでとう。レオ様」
「ありがとう、愛してる。ルイ。死ぬほど愛している」
二人して声をあげて泣いた。歓喜のせいか安心に緩んだせいか、夢に手が届いた達成感のせいか、夢がここで消えた喪失感のせいか。湧き上がるこの感情に名前をつけることはできなかった。我慢ができなかった。もう抑えつけることができなかった。
ルイとレオポルドの熱愛ぶりを見せられてか、民衆のなかの誰かが、唐突にとある歌を唱え始めた。「わたしを離さないで 愛しい人よ」、聞き慣れた最初の歌詞が決闘場を包みこんだ。皆がつられるようにその合唱に加わっていった。
レオポルドは夕日の空を見上げながら、記憶を掘り返していた。どこかで聞いたことがある、すごく昔に歌っていた記憶すらある。ルイは彼の考えこむ顔をまじまじと眺めて、まぶしいぐらい輝く涙をこぼしながら笑うのだった。
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