15 / 23
15 噛み合わない歯車
しおりを挟む
私が西園寺さんが乗った馬車を見送っていると、背後に人の気配を感じた。
「──っ?!」
もしかしてまた怜央が私に何か言いに来たのかと思い、警戒しながら振り返ると、そこには意外な人物がいて。
「──西園寺様と一体何をお話していたのかしら?」
「お義母様……っ」
改めて見る義母は、やっぱり美しい人だなって思う。いつまでも若々しくて、双子の子の母にはとても見えない。だからお父様はそんな彼女に夢中なのだろうけれど。
「あんな狭い場所で未婚の女が男と二人っきりだなんて、どんな噂が立つか……まったく、西園寺様を誑し込むなんてふしだらな女ね。母親似かしら」
「なっ?! お母様を侮辱しないでくださいっ! それに誑し込むだなんて、疚しいことは何も有りません!」
義母が呆れたような、蔑む目で私を見てくるけれど、そんなことよりもお母様を侮辱されたことにすごく腹が立った私は、思わず言い返してしまう。
「お黙りっ!! 疚しいことはないって証明できるのかい?! 遺産のことで有利に立ったつもりのようだけど、あんたは一生この家に縛られるんだ! たった一人で何が出来るってのさっ?! あんたの味方なんて何処にもいやしないよ!!」
「う……っ」
憎しみが籠もった形相で、激しい言葉で私をなじる義母の剣幕に足が竦んでしまう。義母が怖ろしく思えて、さっきまで奮い立っていた心がだんだん萎んでいく。
私は義母の言う通り、自分の周りには誰もいないことに気が付いた。この屋敷から離れて暮らしても、友人や知人がいない私は深い孤独に苛まれる日々を送るのではないか──そんな不安が、胸の奥から一気に溢れ出す。
「琴葉! 大丈夫か?!」
自分で思った以上に、義母の言葉に傷ついた私のもとに、怜央が慌てて駆けつけて、今にも泣きそうな私をしっかりと抱きしめた。
その瞬間、得も言われぬ安心感が、私の身体を包みこんだ。
「れ、怜央様……」
「あの西園寺という奴に何かされたのか?! 使用人に教えられて様子を見に来たんだ、琴葉が心配だから……っ」
怜央の顔は真剣で、走ってきたのだろう、息がかすかに乱れていた。
そんな怜央なら、私を心配して駆けつけてくれた怜央なら、この孤独を癒やしてくれると、思わずしがみつきそうになって──気が付いた。
──違う、この人じゃない、と。
「こ、琴葉……?」
何も言わず、両手で押して身体を離した私に、怜央の戸惑った声が届く。
「……ご心配いただき有難うございます、私は大丈夫です。西園寺様とは少しお話しただけですから、どうぞご安心下さい」
怜央が心配してくれて、本当に有り難いと思う。それに形はどうあれ、怜央は私に好意を持ってくれている。
だからもし私が怜央の想いを受け入れれば、今の状況よりはマシになるんじゃないかな、なんて考えが私の頭によぎる。
そうしてしまえば楽なのに、それでも心の何処か奥深くで、それは駄目だと叫ぶ私もいて。
「では、私は失礼しますね」
感情の整理がつかないまま、私は逃げるようにその場を後にした。
それから自分に充てがわれた部屋に戻ると、蹲りながら今日の出来事を振り返る。
お母様が残してくれた遺産と、お母様の不審死。そしていつの間にかいなくなっていた権博士たち。
まるでお母様の死がきっかけで、何かが狂い始めている──そんな気がしてならない。
「お母様……」
私は元気だった頃のお母様の姿を思い出す。
記憶の中でもお母様はとても綺麗で、いつも微笑みを絶やさなかった。
時には厳しくても、それが愛情だとわかっていたし、優しいお母様が私は大好きでたまらなかった。
だからお母様が亡くなった時はみんながショックを受けていたし、屋敷中の灯火が全て消えてしまったかのように暗かった。
(そう言えば、葬儀に来てくれた人っていたっけ……? 村の人たちが手伝ってくれたのは何となく覚えてるけど……)
お母様の葬儀はとても慎ましく執り行われていた。親戚や分家の人たちすらいなかったと思う。
もしかすると密葬だったのかな、とか考えている内に、私は空腹なのも忘れ、いつの間にか眠っていた。
いつもは夕餉の支度に起こされていたけれど、お母様の遺言のことがあったからか、誰にも起こされることなく、久しぶりに……本当に久しぶりに、私はぐっすりと眠ることが出来たのだった。
「──っ?!」
もしかしてまた怜央が私に何か言いに来たのかと思い、警戒しながら振り返ると、そこには意外な人物がいて。
「──西園寺様と一体何をお話していたのかしら?」
「お義母様……っ」
改めて見る義母は、やっぱり美しい人だなって思う。いつまでも若々しくて、双子の子の母にはとても見えない。だからお父様はそんな彼女に夢中なのだろうけれど。
「あんな狭い場所で未婚の女が男と二人っきりだなんて、どんな噂が立つか……まったく、西園寺様を誑し込むなんてふしだらな女ね。母親似かしら」
「なっ?! お母様を侮辱しないでくださいっ! それに誑し込むだなんて、疚しいことは何も有りません!」
義母が呆れたような、蔑む目で私を見てくるけれど、そんなことよりもお母様を侮辱されたことにすごく腹が立った私は、思わず言い返してしまう。
「お黙りっ!! 疚しいことはないって証明できるのかい?! 遺産のことで有利に立ったつもりのようだけど、あんたは一生この家に縛られるんだ! たった一人で何が出来るってのさっ?! あんたの味方なんて何処にもいやしないよ!!」
「う……っ」
憎しみが籠もった形相で、激しい言葉で私をなじる義母の剣幕に足が竦んでしまう。義母が怖ろしく思えて、さっきまで奮い立っていた心がだんだん萎んでいく。
私は義母の言う通り、自分の周りには誰もいないことに気が付いた。この屋敷から離れて暮らしても、友人や知人がいない私は深い孤独に苛まれる日々を送るのではないか──そんな不安が、胸の奥から一気に溢れ出す。
「琴葉! 大丈夫か?!」
自分で思った以上に、義母の言葉に傷ついた私のもとに、怜央が慌てて駆けつけて、今にも泣きそうな私をしっかりと抱きしめた。
その瞬間、得も言われぬ安心感が、私の身体を包みこんだ。
「れ、怜央様……」
「あの西園寺という奴に何かされたのか?! 使用人に教えられて様子を見に来たんだ、琴葉が心配だから……っ」
怜央の顔は真剣で、走ってきたのだろう、息がかすかに乱れていた。
そんな怜央なら、私を心配して駆けつけてくれた怜央なら、この孤独を癒やしてくれると、思わずしがみつきそうになって──気が付いた。
──違う、この人じゃない、と。
「こ、琴葉……?」
何も言わず、両手で押して身体を離した私に、怜央の戸惑った声が届く。
「……ご心配いただき有難うございます、私は大丈夫です。西園寺様とは少しお話しただけですから、どうぞご安心下さい」
怜央が心配してくれて、本当に有り難いと思う。それに形はどうあれ、怜央は私に好意を持ってくれている。
だからもし私が怜央の想いを受け入れれば、今の状況よりはマシになるんじゃないかな、なんて考えが私の頭によぎる。
そうしてしまえば楽なのに、それでも心の何処か奥深くで、それは駄目だと叫ぶ私もいて。
「では、私は失礼しますね」
感情の整理がつかないまま、私は逃げるようにその場を後にした。
それから自分に充てがわれた部屋に戻ると、蹲りながら今日の出来事を振り返る。
お母様が残してくれた遺産と、お母様の不審死。そしていつの間にかいなくなっていた権博士たち。
まるでお母様の死がきっかけで、何かが狂い始めている──そんな気がしてならない。
「お母様……」
私は元気だった頃のお母様の姿を思い出す。
記憶の中でもお母様はとても綺麗で、いつも微笑みを絶やさなかった。
時には厳しくても、それが愛情だとわかっていたし、優しいお母様が私は大好きでたまらなかった。
だからお母様が亡くなった時はみんながショックを受けていたし、屋敷中の灯火が全て消えてしまったかのように暗かった。
(そう言えば、葬儀に来てくれた人っていたっけ……? 村の人たちが手伝ってくれたのは何となく覚えてるけど……)
お母様の葬儀はとても慎ましく執り行われていた。親戚や分家の人たちすらいなかったと思う。
もしかすると密葬だったのかな、とか考えている内に、私は空腹なのも忘れ、いつの間にか眠っていた。
いつもは夕餉の支度に起こされていたけれど、お母様の遺言のことがあったからか、誰にも起こされることなく、久しぶりに……本当に久しぶりに、私はぐっすりと眠ることが出来たのだった。
11
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる