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第3章
彗くんの素顔
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三池家でのお茶会の翌朝。
この日もいつものように、私は彗くんと一緒に登校。
「ちょっと、羽生さん!」
私が教室に行くと、いきなりクラスの女の子に声をかけられた。
彼女の名前は、伊集院さん。彗くんと同じく、大財閥のお嬢様だ。
明るい茶髪をふんわりと巻いていて、目鼻立ちの整った可愛い子。
いつもクラスの中心にいる伊集院さんとは、ほとんど話したことがないけど……何の用だろう?
「あなた、昨日三池財閥のお茶会に参加していたでしょう?」
突然そんなことを言われて、心臓がビクッと跳ねた。
「ねぇ、羽生さん。一体どういうこと?」
「どういうこと、というと?」
「あなた、三池財閥の御曹司の方とお付き合いされてるんでしょう?」
「えっ!?」
反射的に、小さく声をあげてしまう。
「昨日、あたしもママと一緒に三池家のお茶会に参加したんだけど。あなたが御曹司の方の彼女だって、紹介されているのを偶然見かけて」
うそ。昨日、伊集院さんがあの場にいたの!?
私は思わず息をのむ。
「羽生さんは確か、そこにいる宇山くんと付き合っているのよね?」
伊集院さんは、彗くんをビシッと指さす。
「それなのに、御曹司の方の彼女でもあるなんて、どういうことなのかしら?」
当然だけど伊集院さんは、私の隣に立っている彗くんが、三池財閥の御曹司だとは全く気づいていないみたい。
「羽生さん。あなたまさか……二股でもしているの?」
「ええっと」
もちろん、二股なんてしていないけど……。彗くんが三池財閥の御曹司だってことは、学校のみんなには秘密だから。
クラスメイトの宇山彗くんと、昨日の御曹司が同一人物だなんて、口が裂けても言えない。
「伊集院さんが昨日見たって人は、もしかして人違いじゃないかな? だって私、お嬢様じゃないし。きっと、他人の空似だよ」
「いいえ。あたしはあなたが彗さんのお母様に、『羽生菜乃花です』って自己紹介するところから、ちゃんと見てたんだもの」
「……っ」
どうしよう。ここまで言われちゃうと、さすがにこれ以上言い逃れはできないよ。
だけど、本当のことなんて言えないし。
「あたしは、彗さんの婚約者候補のひとりだったのに! どうして庶民のあなたが、あの方の彼女なの!?」
伊集院さんの怒りはヒートアップし、彼女の声がどんどん大きくなっていく。
「何だ何だ?」
「伊集院さんと羽生さん、ケンカしてるの?」
徐々にクラスメイトたちがこちらに注目し始め、教室がザワザワする。
ま、まずい。どうにかして、この場をおさめなくちゃ。
「あっ、あの。伊集院さん落ち着いて? これには深い訳があって」
その訳を、今ここでは話すことができないのがもどかしいけど……。
「そんなの、落ち着けるわけないでしょう!? 彗さんという方がいながら、宇山くんとも付き合っているなんて。羽生さん、ほんと最低!」
ダメだ。たぶん今の伊集院さんには、私が何を言ってもきっと火に油だ。
「羽生さんって、二股するような子だったの?」
「最低じゃん」
伊集院さんの怒鳴り声を聞いたクラスメイトたちが、好意的とは言えない視線を私に向けてくる。
自分が悪者みたいで、とにかく居心地が悪い。
どうしよう。こんなときって、一体どうすれば良いの?
自分ではもう、どうすることもできなくて。私の目に、じわりと涙が浮かんだそのとき。
「……伊集院さん」
それまでずっと黙っていた彗くんが、口を開いた。
「なっ、何よ?」
伊集院さんは腕を組み、鋭い目つきで彗くんを睨みつける。
「言っておくけど、菜乃花は二股なんてしてないよ?」
「えっ。何それ、どういうこと?」
意味が分からないというように、目を瞬かせる伊集院さん。
そんな彼女を見て、彗くんはフッと不敵な笑みを浮かべる。
ま、まさか彗くん……。
鼓動が速まり、何となく嫌な予感がするな……と思っていたら。
彗くんはそれまでずっと掛けていた黒縁メガネを静かに外すと、長い前髪をまるで舞台俳優のように思いきりかきあげた。
「……っ!」
その瞬間、伊集院さんは息をのんで言葉を失う。彼女の瞳が、驚きで大きく見開かれた。
「えっ!? う、うそ。あなたは……」
伊集院さんは、震える指先で彗くんを指さした。
「みっ、三池財閥の……彗さん!?」
「正解」
彗くんは、ニヤリと不敵に微笑む。その笑顔には、いつもの「宇山くん」にはない、底知れない魅力と威厳が宿っていた。
「ま、まさか。宇山くんが、三池財閥の御曹司だったの!?」
「そうだよ」
呆然とする伊集院さんに、彗くんがニコッと微笑む。
「えーーっ!?」
静かだった教室が、一気に騒がしくなる。
「宇山くん、やばい。めちゃくちゃかっこいいんだけど」
「イケメンすぎる~!」
あちこちで飛び交う、女子たちの声。
「そ、そんな……」
ふらふらとよろめいた伊集院さんを、近くにいた女の子が支えた。
「改めて言うけど……俺の本当の名前は、三池彗。だから、菜乃花は二股なんてしていない」
彗くんは私の肩に手をまわすと、私を自分のほうへと抱き寄せた。
「菜乃花は、俺のたったひとりの大切な彼女だ。今後、俺の彼女を傷つける人は、たとえ誰であろうと許さないから」
彗くん……。
「分かったかな? 伊集院さん」
「っ、はい……」
悔しそうな顔をしつつも、蚊の鳴くような声で返事をする伊集院さん。
そしてふいにこちらを向き、私をきつく睨みつける。
「たとえ羽生さんが彗さんの大切な彼女であっても、あたしはあなたが彗さんの彼女だってこと、絶対に認めないから」
叫ぶように言うと、伊集院さんは走って教室を出て行った。
***
昼休み。
「ごめんね、彗くん。私のせいで……」
私は今、彗くんとふたりで空き教室に来てお昼ご飯を食べている。
あのあと彗くんは、クラスメイト……特に女の子たちに取り囲まれちゃって大変だった。
「なんで菜乃花が謝るんだよ」
「だって……」
あのとき、私が伊集院さんに何とかして上手く説明できていれば、彗くんは自分が財閥の御曹司だって明かさずに済んだかもしれないのに。
「そもそも昨日のお茶会は、財閥関係者の集まりでもあったのに俺も迂闊だった。それに……正体を明かしたこと、俺は後悔してないよ」
「え?」
「自分を偽りながら学校生活を送ることに、最近は少し罪悪感を覚えていたし。何より、俺のせいで菜乃花が責められるのを、黙って見ていられなかったから」
彗くん……。
「だからもう、気にすんな」
彗くんが、私に微笑んでくれる。
「なぁ。今日も菜乃花の玉子焼き、ちょうだい?」
彗くんが、私のお弁当の玉子焼きを指さす。
もしかして、前に食べて気に入ってくれたのかな?
「うん。いいよ」
私はお箸に玉子焼きを挟むと、彗くんのお弁当のご飯の上にそっとのせた。
「違うよ。そうじゃなくて……」
「え?」
「菜乃花が、あーんって食べさせて?」
「ええっ!?」
た、食べさせてって……。
「俺も昨日のお茶会で、菜乃花にケーキを食べさせてあげたでしょ?」
「そっ、そうだけど……」
昨日、嬉しそうに私の口元にケーキを運ぶ彗くんを思いだして、急に照れくさくなる。
「いいだろ?」
私に顔を近づけ、口を開けておねだりしてくる彗くん。
ほんと、ずるいな。こういうの……。
「もう、しょうがないなぁ」
私はもう一度お箸に玉子焼きを挟むと、彼の口に運んだ。
「うん。美味い」
彗くんの優しい微笑みに、ついきゅんとしてしまう。
「そっか。良かった」
それから私と彗くんは、ふたりきりのランチタイムを楽しんだ。
この日もいつものように、私は彗くんと一緒に登校。
「ちょっと、羽生さん!」
私が教室に行くと、いきなりクラスの女の子に声をかけられた。
彼女の名前は、伊集院さん。彗くんと同じく、大財閥のお嬢様だ。
明るい茶髪をふんわりと巻いていて、目鼻立ちの整った可愛い子。
いつもクラスの中心にいる伊集院さんとは、ほとんど話したことがないけど……何の用だろう?
「あなた、昨日三池財閥のお茶会に参加していたでしょう?」
突然そんなことを言われて、心臓がビクッと跳ねた。
「ねぇ、羽生さん。一体どういうこと?」
「どういうこと、というと?」
「あなた、三池財閥の御曹司の方とお付き合いされてるんでしょう?」
「えっ!?」
反射的に、小さく声をあげてしまう。
「昨日、あたしもママと一緒に三池家のお茶会に参加したんだけど。あなたが御曹司の方の彼女だって、紹介されているのを偶然見かけて」
うそ。昨日、伊集院さんがあの場にいたの!?
私は思わず息をのむ。
「羽生さんは確か、そこにいる宇山くんと付き合っているのよね?」
伊集院さんは、彗くんをビシッと指さす。
「それなのに、御曹司の方の彼女でもあるなんて、どういうことなのかしら?」
当然だけど伊集院さんは、私の隣に立っている彗くんが、三池財閥の御曹司だとは全く気づいていないみたい。
「羽生さん。あなたまさか……二股でもしているの?」
「ええっと」
もちろん、二股なんてしていないけど……。彗くんが三池財閥の御曹司だってことは、学校のみんなには秘密だから。
クラスメイトの宇山彗くんと、昨日の御曹司が同一人物だなんて、口が裂けても言えない。
「伊集院さんが昨日見たって人は、もしかして人違いじゃないかな? だって私、お嬢様じゃないし。きっと、他人の空似だよ」
「いいえ。あたしはあなたが彗さんのお母様に、『羽生菜乃花です』って自己紹介するところから、ちゃんと見てたんだもの」
「……っ」
どうしよう。ここまで言われちゃうと、さすがにこれ以上言い逃れはできないよ。
だけど、本当のことなんて言えないし。
「あたしは、彗さんの婚約者候補のひとりだったのに! どうして庶民のあなたが、あの方の彼女なの!?」
伊集院さんの怒りはヒートアップし、彼女の声がどんどん大きくなっていく。
「何だ何だ?」
「伊集院さんと羽生さん、ケンカしてるの?」
徐々にクラスメイトたちがこちらに注目し始め、教室がザワザワする。
ま、まずい。どうにかして、この場をおさめなくちゃ。
「あっ、あの。伊集院さん落ち着いて? これには深い訳があって」
その訳を、今ここでは話すことができないのがもどかしいけど……。
「そんなの、落ち着けるわけないでしょう!? 彗さんという方がいながら、宇山くんとも付き合っているなんて。羽生さん、ほんと最低!」
ダメだ。たぶん今の伊集院さんには、私が何を言ってもきっと火に油だ。
「羽生さんって、二股するような子だったの?」
「最低じゃん」
伊集院さんの怒鳴り声を聞いたクラスメイトたちが、好意的とは言えない視線を私に向けてくる。
自分が悪者みたいで、とにかく居心地が悪い。
どうしよう。こんなときって、一体どうすれば良いの?
自分ではもう、どうすることもできなくて。私の目に、じわりと涙が浮かんだそのとき。
「……伊集院さん」
それまでずっと黙っていた彗くんが、口を開いた。
「なっ、何よ?」
伊集院さんは腕を組み、鋭い目つきで彗くんを睨みつける。
「言っておくけど、菜乃花は二股なんてしてないよ?」
「えっ。何それ、どういうこと?」
意味が分からないというように、目を瞬かせる伊集院さん。
そんな彼女を見て、彗くんはフッと不敵な笑みを浮かべる。
ま、まさか彗くん……。
鼓動が速まり、何となく嫌な予感がするな……と思っていたら。
彗くんはそれまでずっと掛けていた黒縁メガネを静かに外すと、長い前髪をまるで舞台俳優のように思いきりかきあげた。
「……っ!」
その瞬間、伊集院さんは息をのんで言葉を失う。彼女の瞳が、驚きで大きく見開かれた。
「えっ!? う、うそ。あなたは……」
伊集院さんは、震える指先で彗くんを指さした。
「みっ、三池財閥の……彗さん!?」
「正解」
彗くんは、ニヤリと不敵に微笑む。その笑顔には、いつもの「宇山くん」にはない、底知れない魅力と威厳が宿っていた。
「ま、まさか。宇山くんが、三池財閥の御曹司だったの!?」
「そうだよ」
呆然とする伊集院さんに、彗くんがニコッと微笑む。
「えーーっ!?」
静かだった教室が、一気に騒がしくなる。
「宇山くん、やばい。めちゃくちゃかっこいいんだけど」
「イケメンすぎる~!」
あちこちで飛び交う、女子たちの声。
「そ、そんな……」
ふらふらとよろめいた伊集院さんを、近くにいた女の子が支えた。
「改めて言うけど……俺の本当の名前は、三池彗。だから、菜乃花は二股なんてしていない」
彗くんは私の肩に手をまわすと、私を自分のほうへと抱き寄せた。
「菜乃花は、俺のたったひとりの大切な彼女だ。今後、俺の彼女を傷つける人は、たとえ誰であろうと許さないから」
彗くん……。
「分かったかな? 伊集院さん」
「っ、はい……」
悔しそうな顔をしつつも、蚊の鳴くような声で返事をする伊集院さん。
そしてふいにこちらを向き、私をきつく睨みつける。
「たとえ羽生さんが彗さんの大切な彼女であっても、あたしはあなたが彗さんの彼女だってこと、絶対に認めないから」
叫ぶように言うと、伊集院さんは走って教室を出て行った。
***
昼休み。
「ごめんね、彗くん。私のせいで……」
私は今、彗くんとふたりで空き教室に来てお昼ご飯を食べている。
あのあと彗くんは、クラスメイト……特に女の子たちに取り囲まれちゃって大変だった。
「なんで菜乃花が謝るんだよ」
「だって……」
あのとき、私が伊集院さんに何とかして上手く説明できていれば、彗くんは自分が財閥の御曹司だって明かさずに済んだかもしれないのに。
「そもそも昨日のお茶会は、財閥関係者の集まりでもあったのに俺も迂闊だった。それに……正体を明かしたこと、俺は後悔してないよ」
「え?」
「自分を偽りながら学校生活を送ることに、最近は少し罪悪感を覚えていたし。何より、俺のせいで菜乃花が責められるのを、黙って見ていられなかったから」
彗くん……。
「だからもう、気にすんな」
彗くんが、私に微笑んでくれる。
「なぁ。今日も菜乃花の玉子焼き、ちょうだい?」
彗くんが、私のお弁当の玉子焼きを指さす。
もしかして、前に食べて気に入ってくれたのかな?
「うん。いいよ」
私はお箸に玉子焼きを挟むと、彗くんのお弁当のご飯の上にそっとのせた。
「違うよ。そうじゃなくて……」
「え?」
「菜乃花が、あーんって食べさせて?」
「ええっ!?」
た、食べさせてって……。
「俺も昨日のお茶会で、菜乃花にケーキを食べさせてあげたでしょ?」
「そっ、そうだけど……」
昨日、嬉しそうに私の口元にケーキを運ぶ彗くんを思いだして、急に照れくさくなる。
「いいだろ?」
私に顔を近づけ、口を開けておねだりしてくる彗くん。
ほんと、ずるいな。こういうの……。
「もう、しょうがないなぁ」
私はもう一度お箸に玉子焼きを挟むと、彼の口に運んだ。
「うん。美味い」
彗くんの優しい微笑みに、ついきゅんとしてしまう。
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