戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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四国を目指し

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 翌日の夕方。

 既に日高郡一帯への道沿いには、一揆軍の伏兵が潜んでいた。

「ふふ、いつ来ても、蜂の巣にするだけよ」

 屋敷の中で、湊惣左衛門は不敵に笑う。

 和歌山へと続く道一帯の農民には昼以降は出歩かないように伝えているため、道を歩くのは徳川方の者以外ありえない。誰が来るのかは分からないが、味方の同士討ちとかそのようなことは起こりえない。

 その時、遠くから砲声のようなものが聞こえた。

「おお、どうやら来たようだな…。真田幸村ほどの男が死ぬところなら、直接この目で見たかったが」

 しかし、砲声はその後も、断続的に続く。

「……随分と長いのう」

 首を傾げたところに、荒々しい足音が聞こえてきた。

「頭領、大変です! 浅野軍が道一帯を攻撃し、伏兵が!」

「……何だと!?」

 惣左衛門は愕然となる。その時になって初めて、あまりにもうまく話が進み過ぎていたことに気づいた。

「謀られた…」



 和歌山から出向いてきていた浅野軍は隠れている伏兵を削るようにして減らしていっていた。一揆軍も鉄砲を持つ者がいるので応戦はしているが、鉄砲の性能では浅野軍の方が遥かに上である。

「一揆軍の厄介なところは、相手の居場所が中々知れないことと、数の多さ。居場所を決めて、相手より多く揃えれば武士の相手にはならぬ」

 自分達が行くとなれば、しかも徳川方にいるということを一揆勢に教えれば、一揆勢は必ず街道沿いに伏兵を置いて仕留めようとするはずである。伏兵が街道沿いにいることが分かるなら、伏兵より多い兵を浅野方が用意して、街道の外れを前進すれば簡単に片が付く。

「さすがは真田殿……」

 久しぶりに甲冑をつけている松平忠直と松平信綱、豊臣秀頼は少し離れたところから浅野軍が伏兵を蹴散らしている様子を目の当たりにして感心することしきりである。

「正則と盛親はどうしておる?」

 秀頼の疑問。

「福島殿と長宗我部殿は浅野軍の中に入って援護をしております」

「本当はわしも行きたかったのだが…」

 松平忠直が少し落胆したように肩を落とす。

 前日、作戦があらかた決まった後、浅野軍に入ろうとしたところで、「越前様に万一のことがあればまずいですし、松平殿と秀頼様もおりますことゆえ、お二人とともにご観戦ください」と幸村に説得され、遠目に眺め見ているのである。

「これで一揆を一網打尽……とまでは行かないでしょうが、少なくともかなりの武力は削げるのではないかと思います。後は大坂が大和の寺社衆に釘を刺せば、浅野殿ならば鎮圧できるでしょう」

「うむうむ。あれ、そういえば大野殿はどうしたのだ?」

「修理殿は、四国行の船を調達しに湊に出向いています」

「なるほど。先の先まで見通しておるのだのう。信綱、しかと勉強せいよ」

 忠直が信綱の肩を叩く。信綱は少し不満そうに。

「私だけでなく、越前様も勉強すべきでは?」

「わしができるようになっては、信綱がいらぬようになるではないか。わしは配下の者達のことも考えて、あえて知らぬようにしておるのよ」

「真でございますか?」

 信綱は明らかに信用していない。

「とにかく、お主はもっと上に行きたいのであれば、しかと真田殿の戦術を覚えておかなければならん」

「……まぁ、それはそうでございますが」

「しかし……」

「まだ何かありますか?」

「いや、この戦い自体はもう終わったも同然であるが、秀頼公に官位がないのがちとやりにくくてな」

「はあ……」

 通常、目上の相手を呼ぶ際には、官位名で呼ぶことが多い。それがない場合であれば、通称で呼び、相手が明らかな格下であれば諱で呼ぶこともある。

 豊臣秀頼は忠直にとって、同格かやや上である。いかに下に「公」をつけているとはいえ、あまり望ましいことではない。しかし、秀頼は数年前に官職を辞して以来、無官である。

「越前様、私もまだ官位がありませぬ」

 信綱が言う。

「お主はそもそも我らの中で一番下なのだから、官位名などあろうがなかろうがどうでもよかろう? 皆で信綱と言えばいいだけのことだ」

「そ、それは酷い話ではないですか?」

 信綱は不満げに顔を膨らませた。

「なら伊豆守でも名乗っておれ。何か言われれば忠直がそう言っておったと申しても構わんぞ」

「いや、越前様から言われたので自分は伊豆守ですなんて言っていたら、自称よりもおかしいと思われますよ」

「……どういう意味じゃ?」

「いえ、たいした意味はございません」

 信綱は白を切る。

 松平忠直はかなり変わった人間だという評判が立っている。そんな変わった人間からの官位を称しているとなると、その人間も変わった奴だという話になる。

 それならば自分で勝手に自称している方がまだましである。



 一刻もしないうちに、日高郡への道にいた伏兵は一掃された。浅野軍の兵はそのまま日高郡の方まで進んでいく。

「これで大分楽になります。真田殿、感謝いたす」

 浅野長晟が頭を下げる。幸村は苦笑した。

「まあ、そもそも事の発端は我らにもあるわけですし…」

「そういえば、色々な事が起こったので先延ばしになるかもしれぬが、老中連の間で浅野家の領地が変わるかもしれぬという話を以前しておったらしい。長晟は聞いておるか?」

「直接は聞いておりませんが、ここは大坂からも近いゆえ、大坂方との折衝で場合によっては信濃や越後に代わるかもしれないという話は聞いております」

「そうか。それなら良いのであるが……」

「毛利がものすごい勢いで勢力拡張をしましたので、移転先があるのかどうかは不安ではございますが、浅野家としては今更徳川家以外に乗り換えるわけにもまいりませんし、越前様や秀頼公を信じるのみでございます」

「そうか。早く落ち着いて、忠昌のところに行ければいいがのう…。あっ」

「どうかされましたか?」

「せっかくだから、弟の嫁にも会っておけばよかった」

「今からでもお会いになりますか?」

「いや、大野殿が船の準備をしているということなので、福島殿と長宗我部殿が戻ってきたら、和歌山で一泊し、明朝には紀伊湊に向かいたいと思う」

「左様でございますか。この度は大変ありがとうございました」

「何、こちらも行きがけの駄賃であったゆえ、気にするな」

「それでは、それがしは日高の方に向かいますゆえ」

 長晟は向かっていった軍を追いかけるように馬を走らせていった。

 程なく、盛親と正則の二人が戻ってくる。

「いやあ、久しぶりに甲冑をまとうと気が引き締まるものですなあ」

「とんでもありません、福島殿の戦いぶり、およそ五〇半ばとは思えぬものでした」

 二人はどうやら意気投合したらしい。お互い笑いながら楽しそうに話をしている。

「よし、一旦和歌山に戻ろう」



 和歌山城に戻ると、既に大野治長も戻っていた。

「船の手配の方は完了いたしました。明朝、すぐに発てると思います」

「うむ、かたじけない」

「あと、松平殿の書状の方も、あらかじめ別の船乗りに渡しておきましたぞ」

「書状?」

 忠直がけげんな顔をする。信綱は得意げに答えた。

「土佐の山内殿に、先に行くことを伝えておかないと、上陸していきなり攻撃でもされたら大変ですからな」

「なるほど……。気が利くではないか、さすが伊豆守」

 忠直の言葉に信綱がムッとなる。

「伊豆守をもらった覚えはありませぬ」

「良いではないか。お主が活躍すれば、後から貰えるだろうしのう」

「他のところがいいです」

 今度は忠直がムッとなった。

「何? わしの提案が気に入らないと申すか?」

「はい。そんな簡単に官職名を決められても困りますゆえ」

 信綱の言葉に忠直以外の一行が笑う。

 この一年後、松平信綱は朝廷から正式に伊豆守の官職をもらうことになるが、今の松平信綱には知る由はなかった。
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