戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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四国を目指し

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 大坂から四国へと行く場合、堺から淡路・洲本へと渡り、讃岐を目指す道が最も早い。

 しかし、洲本を治めるのは池田家である。既に毛利に降っている可能性があったため、一行は紀州和歌山まで向かい、室戸岬を経由して土佐へと向かうこととした。

 一行は和泉を南に行き、紀伊へと入るが、少し歩いているうちに不穏な気配に気づくようになる。

「ふむ…。何者かにつけられているようですな」

 真田幸村の言葉。

「何者じゃろうか?」

「おそらくは、紀州の地侍かと」

「そういえば、前の戦の時、祖父や秀忠が紀州の動向が気になるというようなことを言っていたのう。なるほど……」

 忠直は一回頷いて、ややあって、けげんな顔を大坂方一行に向ける。

「ということは、真田殿らがけしかけた者達が、我々をつけているということか。それなら何とかならぬか?」

「なりませぬでしょう。元来、紀州は独立心の強い地域でございます。我々はその独立心の強さを利用して、徳川方に一矢報いようとしたのですが、今は我々も……」

「徳川方である、と。ということはだ、このまま攻撃されると厄介じゃのう。まあ、鉄砲を持っていないだろうということが幸いであるが」

 紀州はかつて、一向一揆に与して織田信長や豊臣秀吉と戦っていたことがある。雑賀孫一と呼ばれる伝説の大将に率いられた鉄砲衆は権力者にとっての悩みの種であったが、秀吉や家康の刀狩りを経て、現在はそこまでの武装勢力はいない。

「とはいえ、和歌山に行くまでは油断できんのう」

「和歌山についても油断できないかもしれませんね」

 最年少の信綱の言葉に、疑いをもつ者はいなかった。



 翌日、一行は紀州和歌山城へとたどりついた。

「松平三河守忠直じゃ、入れてくれい」

 と門番に伝えると、すぐに城主浅野長晟の元に通される。

 和歌山城主浅野長晟(ながあきら)はこの年30歳。豊臣家五奉行の浅野長政を父にもち、二年前に死んだ兄幸長の後家督を継いだ。豊臣家の五奉行ではあったが、徳川家にも接近しており、幸長の娘春は徳川義直に嫁いでいる。また、同じく娘の花は、忠直の弟忠昌に嫁ぐことが決まっており、忠直にとっても親戚の間柄になる。

「まさか越前様がお越しいただけるとは……」

 縁組上、松平忠直は浅野長晟にとって直接の主筋であるため、下にも置かぬもてなしで出迎えられる。

「長晟、随分と不穏な様子じゃの」

「はい。4月にそれがしが一度叩きのめしたのでございますが、その後、大坂の戦いがあのようになったことで一揆勢が勢いを取り戻し、現在非常に広い勢力で活動しておりまして。東部まで広がっております」

「東部までか……」

「放置しておくと、伊勢まで及ぶかもしれず、必死に対処してはいるのですが…」

 長晟はそういう部分で手を抜く男でないことは、忠直もよく知っている。

「実は、わしは九州、ここにいる秀頼公が四国…」

 とまで言った途端、長晟が茶を吹き出した。

「ひ、秀頼……? 公、でございますか? ああ、そういえば…、確かに秀頼公でおわしますな」

「うむ。わしとそなたが親戚であるように、わしと秀頼公も親戚である。上総介が行けぬと申したらしいゆえ、秀頼公に頼むことにした。まあ、それはよいとして、四国に渡るために紀伊湊を使おうと思っていたのだが、まずは一揆をどうにかするのを手伝った方がいいか」

「そうしていただけますと非常に助かります」

「では、長晟。現在の状況を教えてくれい」

「ははっ」

 長晟はすぐに配下を呼び、地図をもってこさせた。

「現在、我々浅野家が確実に死守しているのは、堺から和歌山までの街道とその周囲くらい。その他の地域では断続的に一揆軍が活動しております」

「ふむ……。堺からの街道もそれほど安心とは感じなかったが…」

 忠直は真田幸村を見た。

「真田殿、どうすればいいと思う?」

「去る4月に、浅野殿は一揆軍をほぼ壊滅したのであろう?」

「はい」

「確か、大野殿も手ひどくやられたのでありましたな?」

 傍らの大野治長を見やった。

 幸村の言う通り、紀州一揆は大坂勢が援助して起こしたものであり、これを助けるべく大野治房が紀伊に向かったが、途中浅野長晟に撃退されている。

「にもかかわらず、それだけ多くの活動ができるというのは解せぬ。おそらく、大和の寺社勢力が関与しているのではないだろうか?」

 大和の寺社勢力も、徳川の支配を一旦は受け入れていたが、根来など紀州と同じような独立心の強い勢力も多い。

「実はそれがしもそう思ってはいるのですが、大和には手が出せませぬ」

「修理殿、大和の者は大坂に申して、毛利殿や弟殿に任せた方がいいのではないかと」

「うむ、分かった」

「いや、真田殿。大坂を留守にしてもよいのだろうか? 万一姫路から毛利軍が攻めてきた場合はどうなさる?」

 忠直の疑問に対して、幸村は余裕の様子を見せる。

「大丈夫です。毛利は当面は摂津に攻め寄せるより、出雲と美作を確保して全中国を統一する方向で動くでしょう。仮に東に攻める場合、美作や出雲で兵を起こされるのをもっとも嫌うはずですからな」

「なるほど…」

「東部については、我々も役目がありますので手伝いはできませぬ。しかし、この周辺の者については10日ほどいただければ何とかすることはできましょう」

「どうするのだ?」

「ここに来るまでにつけられておりましたことは覚えておりますね」

「うむ」

「ということは、一揆勢も我々がここに来たことは知っているはずです。ただ、我々が誰であるかを正確に知らないだろうとは思います。ですので、教えてやりましょう」

 幸村はそのまま自分の策を披露する。聞いている全員の表情が次第に納得したものへと変わっていく。

「なるほど。さすがは真田殿だ。その策で行ってみよう」

 全員が幸村の案に賛同するのであった。



 二、三日のうちに一揆勢の根拠地の一つ・日高郡にある情報がもたらされた。

「真田幸村と大野治長が我々に会いに来るらしい」

 情報を受けたのは湊惣左衛門。4月に日高郡の一揆衆を率いた者である。その際には敗北したが、どうにか新宮まで逃げおおせ、今回、再度の一揆に際して再び指導者として舞い戻ってきたのである。

「何をしにだ?」

「これが、どうも徳川の罠ということらしい」

「罠?」

「うむ。徳川と豊臣は半年間の休戦協定を結んでおる。我らがそのことを知らぬと見て、再度決起するように促し、決起したところを一網打尽にしようとしているらしい」

「……何と」

 惣左衛門の目つきが険しくなる。

「我々も舐められたものよ」

「そこで、だ。我々としては、それを利用したい」

「利用する?」

「奴らが会いに来るのであれば、そこを取り囲んで、奴らの首級をあげてしまい、それを和歌山城に放り投げてやれば、戦意も喪失するだろうと睨んでおる」

「なるほど……」

 惣左衛門は頷くが、しかし。

「しかし、真田幸村はあの家康を討ち取ったほどの者だぞ。そんな簡単な手で討ち取れるものかな?」

「心配無用。奴も油断しているはずゆえ」

「そうそう。わしらの残された鉄砲を集中して使えば、不可能ではない」

「通り道に伏勢を仕掛けて、一斉に鉄砲を撃ってしまえばいいのじゃ」

「……なるほど。確かにそうであるな」

 惣左衛門も最終的には承諾し、一揆の衆の配置を考え始めた。



 そこから三刻ほどした頃、一揆衆の男が惣左衛門の屋敷に現れる。

「惣左衛門殿、真田と大野という人が、これを届けてくれと」

「ふむ…」

 惣左衛門は書状を開いた。そこには、今後の一揆と豊臣家のことについて相談したいゆえ、訪れたいと書かれてある。返事は和歌山のはずれにある屋敷にしてほしいともあった。

「良かろう。明日の夕刻、日高郡に来るように返事をしておいてくれ」

「分かりました」

「ふふ、真田め、わしらを豊臣の同盟勢力と勝手に決めつけおって。わしらは、豊臣にも徳川にも従うつもりなどないわ」

 惣左衛門はそう言って、不敵に笑った。
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