戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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直江山城、西へ行く

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 江戸では、伊達政宗が依然として病を理由に全ての行動を辞退している松平忠輝に業を煮やしていた。

「まだ難しいようですか?」

 書状を読んでいる政宗に、井伊直孝が尋ねる。

「うむ。五郎八の方にも手紙を書いたが、脚気のような症状で体調が優れぬということらしい」

「それは参りましたな」

「全くだ。舅として何とも情けない。城主がこんな状態では前田利常が動き出した時、どうなることやら…」

「確かに半年間の停戦も、もう半分過ぎております。そろそろ停戦明けの準備もしなければなりませんな…」

「うむ。高田には成実を送るつもりではおるが」

「おお、伊達安房殿なら歴戦の猛者ですし、頼りになると思います。もっとも、前田という点ではそれがしの彦根も最前線になりますからなあ」

「間諜の報告によると、前田の方では大きな動きはないという」

「それがしの方でも似たような報告です。そういえば、飛騨はいかがなさいますか?」

「うむ……」

 金森家の後継問題を巡る飛騨のもめごとについても、この頃ようやく江戸に届いていた。

「これが奥州などであれば放置しておいても構わぬが、飛騨は最前線だからのう…。お家騒動を起こしている間に前田が丸のみしてしまう可能性はある。とはいえ…」

「配置換えなどをしていたら、ますます前田にとって有難いことになりますからなぁ。しばらく監督する者を送ることにしましょうか?」

「これはという者はあるか?」

「例えば……」

 直孝が政宗に耳打ちする。聞いているうちに政宗も頷く。

「なるほど。それは中々の案でござるな」



 政宗との会議が終わり、直孝は家光とお江与に顛末を報告しようと廊下を歩いていた。

「殿」

 そこに余吾源七郎の使いの者が現れる。

「おお、四国の方はどうなっておる?」

「はっ。越前様は、大坂に立ち寄りまして、豊臣秀頼ら数人を大坂から連れ出して四国に向かっております」

「豊臣秀頼?」

「はい。越前様は、四国については豊臣秀頼を上総介様の代わりにしたいという意向をお持ちのようで」

「何じゃと!?」

 直孝の顔が一瞬にして赤くなった。しばらくすると一転して青くなり、思わず足下がふらつく。

「殿!」、「井伊様、大丈夫ですか!?」

 使いと近くにいた者に助けられて気を取り直した後、頭を抱えた。

(あ、あ、あの人は……何ということを……)

 最近、時折優れた見識を示すことがしばしばあったので、忘れていた。

(越前様は、やはり越前様だったのだ……)

 ということを。

(こんなこと、どのように他の者に伝えればいいのだ……)

 とは思うが、考えてみれば忠直を勧めたのは自分だけではない。政宗も宗茂も、忠直こそが適任と勧めたのであるから、自分一人の責任になるわけではない。

(いざとなれば開き直ればいいか……)

 とはいえ、これを家光とお江与に伝えるとなると気が重くなる。いっそ誰かに任せてしまいたいとも思ったが、さすがにそういうわけにもいかない。

 重い溜息をつきながら廊下を歩いていると、前から酒井忠勝が現れた。家光の相続時から連絡役を果たしてくれているが、今は政宗、直孝の二人が江戸にいるため、本来の家光側近としての役割を優先している。何かの書類を運んでいるようだった。

「忠勝ではないか」

「これは井伊様」

「聞いてくれ。実は越前様が……」

 直孝は忠勝に、四国の状況について説明をした。

「ほう。豊臣秀頼を……」

「そうなのだ。上総介が病となった時に代わりがいると言っていたので、安心していたが、まさか豊臣を連れだすとは思いもしておらなんだ……。あのお方は我々が全く想像しないようなことをしでかすから恐ろしい」

「左様でございますな。とんでもないお方です」

「うむ。とんでもないお方じゃ……、うん?」

 “とんでもない”という言葉を二人とも使ったが、忠勝の使い方には自分の使い方と若干の違いがあるように思えた。

「忠勝、おぬし、腹立たしくないのか?」

「何故でございます?」

「越前様は豊臣秀頼に四国を与えんばかりの行動をとったのだぞ」

「それが事実なら素晴らしいことではありませんか」

「何が素晴らしい?」

 直孝の問いかけに、忠勝が「えっ?」と声をあげる。

「井伊様、お分かりにならないのですか?」

「だから、どういうことなのだ?」

「亡き大御所様は、豊臣秀頼が大坂から出れば、豊臣家を残すつもりだったのですぞ」

「うむ。そうだったな」

「今、豊臣秀頼が大坂を出て四国に行っているのですぞ」

「あっ」

 直孝にはようやく忠勝の言わんとすることが分かった。

「もちろん、豊臣秀頼に大坂を捨てるつもりはないでしょう。しかし、大坂を出て、四国と関係をもったということは、将来的に交渉材料となりますし、何より、越前様が豊臣秀頼を動かすことができるという事実は非常に大きいものです」

「うむぅ……」

 直孝は唸った。

「まさか、そこまで読まれていたのだろうか……」

「そこまでは分かりませぬが、とにかく、豊臣秀頼が四国にいるとなりますと同盟も延長ということになりましょう。今、現時点では豊臣と争うのは望ましくないことも含めて、良かったのではないかと思っております」

「……忠勝、すまぬが、おぬし、このことを家光様と御台所様に伝えてもらえぬか? わしはおぬしほどしっかりと意義を理解しておらぬようで、いらぬ誤解を招くかもしれぬ」

「承知いたしました」

「代わりにお主の書類はわしが運んでおこう」

「とんでもありません。この程度のことに井伊様のお手を煩わせるわけには。では、家光様に申し上げに参りますので、失礼いたします」

 忠勝は来た道を反対に戻り、家光の部屋へと向かっていった。

 直孝は安心して、これまた廊下を反対側に戻っていく。途中溜息をついた。

「ふう。わしは、まだまだじゃのう……」



 二日後。出羽・米沢。

 城主上杉景勝の下に、伊達政宗と井伊直孝の連名の署名が入った書状が届けられていた。

「ふむ……」

 一通り目を通した景勝は、これまでもそうであったように家老の直江兼続を呼び出す。

「江戸の伊達・井伊両名からこのようなものが届いた」

「…失礼いたします」

 兼続は景勝から書状を受け取り、流し読みして目を見開く。

「それがしに、飛騨に乗り込んで金森殿を輔弼せよ、と?」

「井伊殿の署名も入っている以上、徳川家としての要請ということになるな」

「ふむう」

「飛騨の金森殿は、本家筋に家督を戻したいということらしいが、実子がそれを拒んで揉めておるらしい」

「それは拙者も存じておりますが……」

 そして、筋目を重んじるということにかけては、上杉家は日ノ本一の定評がある。伊達と井伊の両人がそうしたことを期待していることは明らかであった。

 とはいえ、直江兼続は飛騨に足を踏み入れたこともない。全く未知の場所で執政を執れるのかという不安は拭えない。

 拭えないのではあるが……。

「首尾よくいった場合には、最上家の家内問題について没収した土地を上杉家に差し上げる準備もあり、と言われますと断るわけにはいきますまいな」

 上杉家は関ケ原で120万石から30万石まで所領を削減されており、そのために家臣の俸禄もことごとく削減されていた。

 移転から15年、ようやく領内が安定してきてはいるが、それでももう少し家臣の知行地を増やしてやりたいという思いはある。
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