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白鷺と鶴と
決起
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会津・鶴ヶ城主の天守から城下町を見下ろす母子がいた。
母の振は37歳。息子の忠郷は15歳。共にその表情は浮かない。
特に息子の方はこの世の終わりではないかというような顔をしていた。
明日、二人はこの慣れ親しんだ会津を出ることになっている。しかし、二人の行き先は異なっていた。母は紀伊の浅野家に、息子は出羽の鮭延に派遣される予定であった。
会津を出なければいけないということ自体は受け入れていた。確かにここ数年、というよりも忠郷が生まれる遥か前から会津は混乱を極めている。徳川家康の娘という立場をもってしても家臣達が言うことを聞かないのであるから、処置なしと言うべき状況であった。60万石から10万石に縮小されるのもやむを得ない。
しかし、言うことを聞かない家臣が、小身となった時にどうなるか。更に反抗的な態度をとるのではないかという不安が拭えなかった。にもかかわらず、親子は離別することになる。
(いっそのこと、領地そのものを誰かに預けてしまった方がいいのでは…)
と、振は思った。叶うのならば、忠郷も紀伊に連れていく、もし許されるようであれば紀伊の領地を少しだけ分けてもらい、別に家でも建ててやり直せばいいとすら思っている。
「ご母堂…、町野様が来られております」
取次が入り、振は溜息をついた。とはいえ、会うのを拒むわけにもいかない。
程なく町野幸和が入って来た。
「実は…、多くの者と相談をしたのですが、我々はまず会津に残るという方向性で考えたいと思います」
平伏して言うその言葉に、振は「えっ」と声をあげる。
「会津に残ると…?」
「はい。ただ、我々が望むだけでは無理でして、加藤家の承諾と、江戸の承諾が必要になりますが…」
そのうえで、振に徳川家光に手紙を書いてもらえないかと頼んできた。
「分かりました。全員が残るのですか?」
「はい。一旦残ったうえで、加藤家からの許可を貰えない者が鮭延に行くことになると思います」
「…いいでしょう」
務めて冷静に答えたが、振は嬉しくて仕方がなかった。本当ならその場で踊りたいくらいである。
当然、すぐに手紙を書いて、使いの者に渡す。更に忠郷には加藤嘉明に手紙を書かせた。
「万一のことがあってはなりません。三通書いて、三人行かせましょう」
となるくらいの、念の入れようであった。それだけ、この家臣団に手を焼いていたのである。
振からの三通の同じ手紙は幸いにして三人ともたどりついた。しつこいくらいの要望に、お江与も義妹がどうしても家臣団と手を切りたいという旨を知る。
早速、お江与は井伊直孝を呼んで、状況を伝えることにした。
「…ということで、家臣団を加藤家にそのまま渡したいということなのですが、何とかならないでしょうか」
「ただ、加藤家にも家臣団がおりますし…」
「同じ書状が三通も、しかも、別々に来たのです」
お江与の言葉に、直孝も苦笑した。
「どうしても引き取ってもらいたいわけですね…。分かりました、加藤殿に伝えてみましょう」
江戸からの書状も程なく加藤嘉明に届いた。
「ふむう、江戸からも要請が来るとは…」
既に明成との言葉で、引き取る方向で考えていたが、江戸からの要請まで来たとなると断ることはできない。すぐに蒲生忠郷、井伊直孝宛てに了承した旨の書状を送ることとなった。
八月四日。
加藤嘉明らは会津・鶴ヶ城に入り、早速会津での政務にとりかかった。
すぐに問題が山積みであるということに気づく。対立ばかりしていて城内の政治をかまけていることが浮き彫りとなっていた。
「これは色々見て回らなければならないのう」
「父上、ここは松下重綱も呼び寄せてはいかがでしょうか?」
資料を見て途方に暮れていると、明成が不意に現れ提案してきた。
「松下を?」
「はい。猪苗代か二本松を任せれば、少しは負担が軽くなるのではないかと」
「確かにそうじゃのう。よし、江戸に要請してみよう」
かくして、猪苗代から磐梯山近辺を任せる算段をつけて、井伊直孝宛てに送ることとなった。その上で、猪苗代城から二本松城の状況を確認するため近臣とともに視察することとなった。
六日ほどかけて猪苗代と二本松を回り、会津へと戻ってきた時、嘉明は異変に気付いた。
「何じゃ、これは?」
会津の城下町に多くの兵士が闊歩しており、戦準備でもしているかのようである。
「まさか、明成の奴…」
とつぶやいたところで、首筋に冷たいものを感じた。
「うっ!?」
兵士達の槍が首筋に向けられていた。嘉明はその時、自分の周囲に松山からついてきたものがおらず、全員が会津の者であったことに気づいた。
「貴様ら…、明成に唆されたのか?」
近侍の一人が答えた。
「いいえ、町野様の指示にございます」
「町野の? 何故恩を仇で返すような真似をする?」
そのままであれば鮭延に移って、録を縮小されるか、浪人するしかなかったところを加藤家が拾ったはずである。それなのに叛乱を起こすというのは理解しがたい。
「お考え下さい。我々会津の家臣は徳川家に再三目をつけられております。仮に鮭延に移れば排斥されることでしょう。会津に残っても、いずれは排斥されるでしょう」
「何故だ?」
「いずれ明成様が当主となられるからです」
「あっ…」
嘉明はその時初めて気づいた。自分は、徳川家に許されたという思いでいたが、明成も、会津の家臣もそう考えていなかったことに。
「五年か十年後、わしが死ねば改易になる…。そう言いたいわけか?」
嘉明の言葉に近侍が頷く。嘉明は観念して空を見た。
「そういうことか…。だが、本気で徳川家に立ち向かうつもりなのか?」
「左様でございます」
「勝てると思っているのか?」
「それは分かりません。ただ、立ち上がるとすれば今以外にないでしょう」
それは嘉明にもよく分かることであった。今がうまく行くかは別にして、待てば待つほどうまくいく可能性は低くなる。
「…わしはどうなる?」
「鶴ヶ城で隠居いただくか、あるいは出ていくか。ご判断にお任せいたします」
「息子に追い出されたなど、とてもではないが言っていられんわ。まあ良い。ここまで来たら、どこまでできるか見てやろう…」
鶴ヶ城の天守で、明成は首尾よく行ったことを伝えられた。
「十成、お主はどうする?」
佃十成に尋ねた。彼も不意を突かれて取り押さえられており、その身を縄で縛られている。
「…このようなことをして、うまくいくと思っているのですか?」
「思ってはおらん」
明成の返事は十成には意外なものだったらしい。唖然と口を開く。
「ならば、何故?」
「わしが天下を取るは無理じゃ。そんなことくらいは分かっている。しかし、わしはのう、この日ノ本に加藤明成という人間がいたということを示したいのじゃ」
明成は大きく手を広げる。
「このままであれば、わしは単なる負け犬として終わるだろう。父が死ねば、徳川はわしを許すことはないからな。そうなる前に、仮に大悪人としてでも何かをしてのけた痕跡を残したい。それだけじゃ」
「そのために、会津や加藤家の配下も巻き添えにしようというのですか?」
「そうじゃ。わしは大悪人として名を遺す。そんなことなど気にしておられんわい」
「そこまでして残す何かがあるのですか?」
十成の言葉に、明成は「ふむ」と虚空を見上げた。
「ないのう。確かにない。だがの、十成。人は、何もないからこそ、何かを残したいと考えるのではないだろうか? 仏の教えは何かを残すのか? わしが思うにはない。切支丹は死んだ後のことがあるという。それなら今、生きていることは何なのだ?」
「…詭弁のようにしか」
「そうかもしれんのう。いや、確かにそうだ。だが、人生そのものが詭弁のようなものだ。わしは、少なくとも自分まで偽って生きたくはない。この一年、死と隣り合わせの状況にあってそう思うようになった。狂ったのかもしれん、元々そうだったのかもしれん。ただ、一つだけ言えることはわしはこの機会を待ち望んでいたし、悔いはないということじゃ」
「…しばらく、様子を見させてくだされ」
「相分かった。当面自由な活動はさせぬが、始まった後は好きなようにするといい」
明成はそういうと、天守閣の跡地を眺めた。
「天守のない城というのは、今のわしそのもののようじゃ。ここから、どこまでできるか。さてはて、楽しみじゃのう」
まるで他人のことのように言い、笑い声を立てた。
母の振は37歳。息子の忠郷は15歳。共にその表情は浮かない。
特に息子の方はこの世の終わりではないかというような顔をしていた。
明日、二人はこの慣れ親しんだ会津を出ることになっている。しかし、二人の行き先は異なっていた。母は紀伊の浅野家に、息子は出羽の鮭延に派遣される予定であった。
会津を出なければいけないということ自体は受け入れていた。確かにここ数年、というよりも忠郷が生まれる遥か前から会津は混乱を極めている。徳川家康の娘という立場をもってしても家臣達が言うことを聞かないのであるから、処置なしと言うべき状況であった。60万石から10万石に縮小されるのもやむを得ない。
しかし、言うことを聞かない家臣が、小身となった時にどうなるか。更に反抗的な態度をとるのではないかという不安が拭えなかった。にもかかわらず、親子は離別することになる。
(いっそのこと、領地そのものを誰かに預けてしまった方がいいのでは…)
と、振は思った。叶うのならば、忠郷も紀伊に連れていく、もし許されるようであれば紀伊の領地を少しだけ分けてもらい、別に家でも建ててやり直せばいいとすら思っている。
「ご母堂…、町野様が来られております」
取次が入り、振は溜息をついた。とはいえ、会うのを拒むわけにもいかない。
程なく町野幸和が入って来た。
「実は…、多くの者と相談をしたのですが、我々はまず会津に残るという方向性で考えたいと思います」
平伏して言うその言葉に、振は「えっ」と声をあげる。
「会津に残ると…?」
「はい。ただ、我々が望むだけでは無理でして、加藤家の承諾と、江戸の承諾が必要になりますが…」
そのうえで、振に徳川家光に手紙を書いてもらえないかと頼んできた。
「分かりました。全員が残るのですか?」
「はい。一旦残ったうえで、加藤家からの許可を貰えない者が鮭延に行くことになると思います」
「…いいでしょう」
務めて冷静に答えたが、振は嬉しくて仕方がなかった。本当ならその場で踊りたいくらいである。
当然、すぐに手紙を書いて、使いの者に渡す。更に忠郷には加藤嘉明に手紙を書かせた。
「万一のことがあってはなりません。三通書いて、三人行かせましょう」
となるくらいの、念の入れようであった。それだけ、この家臣団に手を焼いていたのである。
振からの三通の同じ手紙は幸いにして三人ともたどりついた。しつこいくらいの要望に、お江与も義妹がどうしても家臣団と手を切りたいという旨を知る。
早速、お江与は井伊直孝を呼んで、状況を伝えることにした。
「…ということで、家臣団を加藤家にそのまま渡したいということなのですが、何とかならないでしょうか」
「ただ、加藤家にも家臣団がおりますし…」
「同じ書状が三通も、しかも、別々に来たのです」
お江与の言葉に、直孝も苦笑した。
「どうしても引き取ってもらいたいわけですね…。分かりました、加藤殿に伝えてみましょう」
江戸からの書状も程なく加藤嘉明に届いた。
「ふむう、江戸からも要請が来るとは…」
既に明成との言葉で、引き取る方向で考えていたが、江戸からの要請まで来たとなると断ることはできない。すぐに蒲生忠郷、井伊直孝宛てに了承した旨の書状を送ることとなった。
八月四日。
加藤嘉明らは会津・鶴ヶ城に入り、早速会津での政務にとりかかった。
すぐに問題が山積みであるということに気づく。対立ばかりしていて城内の政治をかまけていることが浮き彫りとなっていた。
「これは色々見て回らなければならないのう」
「父上、ここは松下重綱も呼び寄せてはいかがでしょうか?」
資料を見て途方に暮れていると、明成が不意に現れ提案してきた。
「松下を?」
「はい。猪苗代か二本松を任せれば、少しは負担が軽くなるのではないかと」
「確かにそうじゃのう。よし、江戸に要請してみよう」
かくして、猪苗代から磐梯山近辺を任せる算段をつけて、井伊直孝宛てに送ることとなった。その上で、猪苗代城から二本松城の状況を確認するため近臣とともに視察することとなった。
六日ほどかけて猪苗代と二本松を回り、会津へと戻ってきた時、嘉明は異変に気付いた。
「何じゃ、これは?」
会津の城下町に多くの兵士が闊歩しており、戦準備でもしているかのようである。
「まさか、明成の奴…」
とつぶやいたところで、首筋に冷たいものを感じた。
「うっ!?」
兵士達の槍が首筋に向けられていた。嘉明はその時、自分の周囲に松山からついてきたものがおらず、全員が会津の者であったことに気づいた。
「貴様ら…、明成に唆されたのか?」
近侍の一人が答えた。
「いいえ、町野様の指示にございます」
「町野の? 何故恩を仇で返すような真似をする?」
そのままであれば鮭延に移って、録を縮小されるか、浪人するしかなかったところを加藤家が拾ったはずである。それなのに叛乱を起こすというのは理解しがたい。
「お考え下さい。我々会津の家臣は徳川家に再三目をつけられております。仮に鮭延に移れば排斥されることでしょう。会津に残っても、いずれは排斥されるでしょう」
「何故だ?」
「いずれ明成様が当主となられるからです」
「あっ…」
嘉明はその時初めて気づいた。自分は、徳川家に許されたという思いでいたが、明成も、会津の家臣もそう考えていなかったことに。
「五年か十年後、わしが死ねば改易になる…。そう言いたいわけか?」
嘉明の言葉に近侍が頷く。嘉明は観念して空を見た。
「そういうことか…。だが、本気で徳川家に立ち向かうつもりなのか?」
「左様でございます」
「勝てると思っているのか?」
「それは分かりません。ただ、立ち上がるとすれば今以外にないでしょう」
それは嘉明にもよく分かることであった。今がうまく行くかは別にして、待てば待つほどうまくいく可能性は低くなる。
「…わしはどうなる?」
「鶴ヶ城で隠居いただくか、あるいは出ていくか。ご判断にお任せいたします」
「息子に追い出されたなど、とてもではないが言っていられんわ。まあ良い。ここまで来たら、どこまでできるか見てやろう…」
鶴ヶ城の天守で、明成は首尾よく行ったことを伝えられた。
「十成、お主はどうする?」
佃十成に尋ねた。彼も不意を突かれて取り押さえられており、その身を縄で縛られている。
「…このようなことをして、うまくいくと思っているのですか?」
「思ってはおらん」
明成の返事は十成には意外なものだったらしい。唖然と口を開く。
「ならば、何故?」
「わしが天下を取るは無理じゃ。そんなことくらいは分かっている。しかし、わしはのう、この日ノ本に加藤明成という人間がいたということを示したいのじゃ」
明成は大きく手を広げる。
「このままであれば、わしは単なる負け犬として終わるだろう。父が死ねば、徳川はわしを許すことはないからな。そうなる前に、仮に大悪人としてでも何かをしてのけた痕跡を残したい。それだけじゃ」
「そのために、会津や加藤家の配下も巻き添えにしようというのですか?」
「そうじゃ。わしは大悪人として名を遺す。そんなことなど気にしておられんわい」
「そこまでして残す何かがあるのですか?」
十成の言葉に、明成は「ふむ」と虚空を見上げた。
「ないのう。確かにない。だがの、十成。人は、何もないからこそ、何かを残したいと考えるのではないだろうか? 仏の教えは何かを残すのか? わしが思うにはない。切支丹は死んだ後のことがあるという。それなら今、生きていることは何なのだ?」
「…詭弁のようにしか」
「そうかもしれんのう。いや、確かにそうだ。だが、人生そのものが詭弁のようなものだ。わしは、少なくとも自分まで偽って生きたくはない。この一年、死と隣り合わせの状況にあってそう思うようになった。狂ったのかもしれん、元々そうだったのかもしれん。ただ、一つだけ言えることはわしはこの機会を待ち望んでいたし、悔いはないということじゃ」
「…しばらく、様子を見させてくだされ」
「相分かった。当面自由な活動はさせぬが、始まった後は好きなようにするといい」
明成はそういうと、天守閣の跡地を眺めた。
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