戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
125 / 155
白鷺と鶴と

決起②

しおりを挟む
 二、三日もすると、米沢にも会津の異変は伝えられた。

 すぐに山形にいる上杉景勝の下に伝えられる。

「兼続、会津で何かあったらしい」

 景勝の物言いが唐突すぎたのであろう、さすがの直江兼続も何のことか分からず目を瞬かせていた。

「何か、と申しますと?」

「まだ分からぬが、兵士を動員しているという情報が入ってきた」

「兵士を…?」

「加藤嘉明がそんなことをするとは思えんが、蒲生家の家臣も多く残ったというから」

「主君押込ですか…」

 兼続にも展開は読めたが、それでも腑に落ちないところはある。

「しかし、元々蒲生の家臣が相争っていたから加藤嘉明がやってきたのに、そうなると団結して加藤嘉明を押し込んだということなのでしょうか?」

「そこまでは分からん。いずれにしても、会津から攻めやすいのはこの米沢だ。しっかりと準備しておかねばなるまい」

「江戸にも伝えなければなりませんな」

「うむ…」

 その日のうちに、江戸へと使いが派遣された。



 使いを派遣すると、改めて景勝が兼続に話しかける。

「蒲生の残党は何を考えているのだと思う?」

「…活路があるとすれば、前田か上総介の援助を期待しているのではないかと。特に上総介は越後ですから、連絡を取りやすいということはありますし…」

「今まで自ら動くことのなかった前田や松平が、今回の会津には同調すると?」

「例えば、山野辺義忠が庄内などを暴発させれば…」

 兼続の発言に、「そうか」と景勝が相槌を打つ。

「確かに、最上領内も不穏ともなれば越後も含めれば広範囲を巻き込むことになるのう。これが前田の勝負手ということであろうか…」

「いきなり動くことはないでしょう。おそらく当面は様子見をするでしょうが、会津を鎮圧するのにてこずるようであれば動く可能性はあります」

「…早めに会津を押さえる必要があるということだな」

「左様でございます。そうでなければ、庄内や越後から我が領土に攻め込んでこられることも想定しなければなりません」

 兼続の言葉に、景勝が頷いて、ややあって尋ねる。

「兼続」

「何でしょう?」

「あの時以来だな…」

「…左様でございますな」

 あの時、というのが関ケ原と並行して行われた慶長出羽合戦や、それに続く上杉家改易の危機にあることは言うまでもない。

「…不思議なものだ。当時はあんなことは二度とあってほしくないと願ったにも関わらず」

 景勝は笑った。景勝が笑うことがないことを知っている兼続が「おっ」と声をあげる。

「今は何やら楽しみも湧いてきておる」

「…確かにそうですな」

 兼続も思わず笑った。



 景勝の派遣した使いは、陸奥の太平洋岸を通過して、四日ほどで江戸に到着した。

 知らせを受けた井伊直孝、伊達政宗は仰天する。

「本当だとすれば、加藤嘉明も存外情けない…」

「とはいえ、あの者達を引き受けるよう頼んだのは我々でございますし」

 実際、振の要請を受けて、加藤嘉明に押し付けるような形で預けた家臣である。その者が反乱したことについて、加藤嘉明に責めを問う訳にもいかない。

「蒲生が治めている間は仲たがいばかりしていて、加藤が来るなり団結して謀反をするとはどういう了見なのじゃ」

「文句を言っても仕方ありません。措置を講ぜぬことには…」

 井伊直孝の言葉に、政宗も溜息交じりに頷く。

「会津攻めは実績から言っても上杉景勝に任せるしかありません。また、上総殿が不穏ゆえ、沼田の真田信之に牽制をするよう取り諮るというのでどうでしょうか?」

「いや、上杉だけに任せるのは適当ではない。もちろん、蒲生の残党は早めに抑える必要があるが、上杉家をあまりにも強くしてしまうのも問題だ」

「しかし、周辺の小大名を従わせられるのは上杉くらいしか…」

「馬鹿を申されては困る。奥州にはもう一家、周辺を従わせられる者がおる。伊達政宗という者がな」

「えっ!?」

 直孝が仰天した。

「何を驚いておられる? わしでは役不足だとでも?」

「あ、いや、そういうことではなく、伊達殿が江戸を離れられたら、江戸の諸事を全てそれがしが行うことになってしまうのですが…」

 二人でもてんやわんやの状態なのに、一人になったらどうなるのか。

 その想像をするだけでも、吐き気を催す。

「二か月以内には抑え込むゆえ、それまでは井伊殿が取り計らってくれい」

「いや、そんな簡単に言われましても…」

「上総には途中で強く言っておく。奴も我々がきちんと動いているうちはどうすることもできんはずだ」

 政宗には直孝の意見を聞くつもりは全くないらしい。既に仙台に向かうつもりで話をしている。

 結局、二刻のうちに、政宗は家光らにも告げて江戸城を退出してしまった。



 上野・沼田。

 井伊直孝の書状が真田信之の下に届き、信之も頭を抱える。

「随分と唐突に大役を仰せつかったものです」

「ハハハ、真田殿ならば大丈夫でございましょう」

 傍らで笑っているのは宇喜多秀家である。豪とともに金沢から江戸に向かっていた途中、沼田に立ち寄っていたところ、一日くらい立ち寄られてはどうかと真田信之から誘われ、屋敷にいたのである。

「全く。客人のいる時に限って、こういうものが来るのですからのう…」

 信之は手紙をしまうと、北の方を向いた。

「…しかし、会津は怪しいとは思っていましたが、こうも露骨に動くというのは」

「おそらく、今回の蜂起は金沢や高田とは関係のないことでありましょう」

「…ほう? どうしてそう思われるのです?」

「それがしは、金沢と高田を通って、ここまで来ましたが、そのような準備をしている形跡は全くありませんでした」

「それは宇喜多殿に気づかれぬようにしていたのでは?」

「それはありません。会津が蜂起をする以上、必ず東国の切支丹に声をかけるはずです。それがしはここに来るまで豪とともに切支丹の施設に寄ってきましたが、そのような気配はまるでありませんでした。その様子が何もないということは、追い込まれて自暴自棄で起こしたものと考えるのが妥当ではないかと思います。金沢も高田も、今頃どうしたものか苦慮しているに違いありません」

 秀家の言葉に、信之は腕組みをした。

「そうですか。それならば私としても安心できます」

 と答えると、秀家の表情は浮かないものになる。信之は苦笑した。

「まだ何かありそうですな」

「ある、とはっきり断言できるわけではないのですが…」

「私も心当たりはあります。そうなった場合には非常に困ったことになりそうということが」

「はい。おそらく今、私と真田殿が考えていることは同じだろうと思います。ただ、この期に及んで、そうすることに利を見いだせるかどうか、そこは私にも分かりません」

「伊達政宗が会津側についた場合、前田・上総介も間違いなく呼応するでしょう。十分に利はあるのではないかと思いますが」

「はい。ただ…」

「もちろん、私もそうでないことを願いたいのですが」

 信之は北を向いた。

「…私も宇喜多殿とともに江戸に行って、源二郎を沼田に連れてきていいか頼むとしますかな…。こういう状況だ、兄弟の情くらいは信じたいものです」

「いいかもしれませんな」

 秀家は笑って応じた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...