戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

接近

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 江戸に着いた加藤親子は、江戸城に登城し、まずは家光の前で謝罪をした。

 そのうえで、加藤明成の死罪を許されたことについて感謝の意を述べた後、会津への移転を正式に言われることとなった。

「会津では蒲生家の家臣が反抗的な態度を取るかもしれないが、それについては上杉・伊達らと相談してうまくとりなしてくれるよう」

 井伊直孝の指示に二人とも平伏する。



 江戸城を出ると、加藤嘉明は大きな溜息をついた。

「これでお主の件は正式に解決したのう」

「はい。父上や多くの者に迷惑をかけました」

「うむ。今後研鑽を積んで、こういう時もあったと後々笑えるようになってくれい」

「ははっ」

「さて…」

 嘉明が加藤家の屋敷とは異なる方向に足を向けた。

「どちらへ行かれるのですか?」

「うむ。婿殿の屋敷に行ってくる」

 嘉明の長女は常陸小張城主松下重綱に嫁いでいた。

 松下重綱は関ヶ原で東軍についたことで遠江・久野城主とされていたが、その後、無断で城の石垣を築いたことを咎められ、小張へと移転させられていた。

「息子もあれだし、婿もあれと大変よ…」

 嘉明は笑いながら、歩いていった。しばらく慇懃に見送っていた明成であったが、姿が見えなくなると。

「チッ」

 明らかな舌打ちをして、自らの屋敷へと戻っていった。



「もし…」

 屋敷の前まで来たところで明成は不意に声をかけられた。服装を見ると武士であることは明らかであるが、服や所持品に家紋がない。不審極まりない男である。

「何じゃ、お主は」

「加藤明成様でございますな?」

「…人に聞く前に、まずは自分から名乗るのが筋であろう」

「ご安心を。私は敵ではございません。何なら武器を渡しても構いませぬ」

「いや、そういうことを言いたいのではなくてだな」

 何という厚かましい男だ。明成はそう思った。

「…今の状況を変えてみたいと思いませぬか?」

「…どういうことだ?」

 明成は険しい視線を男に向けたが、男は飄々とした様子で笑みを浮かべている。

「…屋敷に入れると、父に話が通る可能性がある。こっちへ来い」

 そう言って、男とともに繁華街へと向かっていった。



「私、奥村栄頼と申します」

 たまたま入った酒場で、相手の男が初めて名乗りをあげた。

「奥村? 知らんな」

「加賀の家老奥村永福の三子でございます」

「ほう。加賀の者か…」

 明成は改めて栄頼を一瞥する。

「そうであれば、おおっぴらには江戸を歩けんのう」

「ご安心を。私は前田家から追い出された身でございますので」

「ほう? とすると、何だ? 加藤家に仕官したいとでもいうのか?」

 明成は出されてきた酒をあおる。

「残念ながらそうではありません」

「では何を求めるのだ?」

「加藤家の改易」

 栄頼の言葉に明成の手が止まった。

「どういうことだ?」

「加藤様はこの後、会津60万石を蒲生家から引き継ぐ予定でございましょう」

「そうだ。そうそう簡単には潰せぬぞ」

 明成の言葉に、栄頼が笑う。

「それはまあ、嘉明様がいるうちはそうでしょうな。しかし、代替わりが進めばどうなると思います? 過去に一度徳川家に弓引いた者を、そのまま置いておくとお思いでしょうか?」

「……」

「会津には、幕府の措置に反感を抱く者が多くおります」

「父を始末して、会津で謀反を起こせというのか? しかし、うまく行くものかのう?」

 一年前とは大分状況が違う。あの時点では毛利家が快進撃を続けていて、一方徳川方は方針もなく個々の大名が戸惑うばかりであった。

 今は、九州、四国、江戸とそれぞれが機能しており、大名達が連携して動けている。

「それでは、将来的に改易されることを希望されますか? あるいは、そうならないように徳川家に対して誠心誠意尻尾を振るおつもりですか?」

「むぅ…」

 栄頼の言うことは事実と認めざるを得なかった。徳川家が評価しているのは自分ではなく父の嘉明であることは明白である。自分に対する評価としては、松平忠直に対する暗殺容疑があるだけである。そうした容疑を蒸し返されて改易となる可能性は低くない。

 それならば、やられる前に立ち上がった方がいい。



 明成が迷いだしたことは、栄頼にもはっきり分かる。

「会津で大きな叛乱を起こせば、必ずついてくる者がおります」

「前田が立つのか? しかし、前田はここまで慎重な動きに終始しているぞ」

「前田様だけではございませぬ。例えば、東国の切支丹でございます」

「東国の切支丹か…」

 九州の切支丹については松平忠直と信綱の主従がまとめたという話は聞いている。しかし、東国については明確な指針がない。個々の大名において判断がなされており、未だ禁教令の影響を受けている場所も多い。

 明成もそのことは知っているのであろう。口数が少なくなり、考える時間が長くなる。

「しかし、東国の切支丹は西国ほど人数がいないであろう」

「それでも、反乱が起きれば、東国の大名も簡単には鎮圧に動けないでしょう」

「その間、会津がもちこたえていれば、他の理由で徳川家に反感を持っているものも続く可能性があるということか」

「左様でございます」

「…しかし、会津はそもそも意見がまとまらないから今回の措置になったのであろう。今になって一枚岩になれるのか?」

「そこは明成様の目ではっきりと確認いただければ」

「…なるほど」

 明成は頷いた。

「旧会津の家臣どもが、一旦加藤家に入りたいと言ってくるのを、穏便に取り次げばいいのだな」

 明成の言葉に、栄頼は満足げに笑う。

「はい。何卒お願いいたします」

「分かった。ひとまずはそうしよう」



 三日後。

 加藤家の上屋敷に会津の蒲生忠郷からの手紙が届いた。

「ふむう…。家臣どもを引き取ってほしいと…」

 表情は冴えない。

「とはいえ、元々は家臣がまとまらないから、わしが会津に行くことになったわけだし、どうしたものかのう」

「とはいえ、全員追い払ってしまうと会津統治に支障を来す可能性もございます」

 明成が進言すると、嘉明も頷く。

「それもそうか…」

「徳川家から蒲生家の家臣の処分は出ておりません。そうである以上、当面は様子を見ておき、その間に調査をして必要とあれば徳川家に報告して、処分を求めるのが筋ではないかと思います」

「確かにそうだ」

 嘉明は納得したように頷いた。

「お主も大分分かるようになってきたのう」

「とんでもございません。短絡的にならぬよう、一つ一つ考えるようにしている次第です」

「そうか。今後もそうやってくれい。蒲生殿には承知したという書状を送ることにしよう」

 嘉明が上機嫌に手紙を書き始めたのを見て、明成も満足げに頭を下げ、部屋を出て行った
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