122 / 155
白鷺と鶴と
会津の状況
しおりを挟む
米沢の上杉景勝は、今年春に改易された最上家の領土のうち、山形城等東半分を得て、一躍大大名となっていた。
収穫はまだであるが、既に山形の城下町などの商業銭は入ってきており、財政は確実に改善されていた。
直江兼続の表情もこれまで以上に晴れやかになり、日々が明るくなっていた。
そんな上杉・直江主従の下に、江戸からの噂が伝わってくる。
「蒲生家が庄内地方に移動することになるらしい」
ある日の夕方、その日の政務が終わったところで景勝が口を開いた。
「蒲生家が、ですか?」
「うむ。会津には加藤嘉明が移ってくるらしい」
「松山から?」
「そういうことらしい。蒲生家にいる振殿はかねてからの話通りに浅野家に嫁ぐということだ」
「なるほど…」
兼続は合点がいった。
「振様が浅野家に行く以上、蒲生家を特別扱いする必要性は低くなる。蒲生家ではお家騒動すれすれの騒動も起きているので、できれば会津には置きたくない。ただ、会津は大身なので滅多な大名にも任せられないということで加藤家ということですな」
「近くに急に伸長した外様もおるでのう」
景勝の言葉に兼続は苦笑した。
「確かに、50万石を超えた上杉に対する警戒心もありましょうな」
「ただ、問題は蒲生家の連中が素直に従うのかということはあるのう」
「…そうですな」
「山形の時がそうであったように、蒲生家にも前田の者が入り込んでいる可能性は高い。山野辺義忠のような者がおらんとも限らんし、今回は国替えだから山形の時よりも配下の者が憤る可能性が高い」
「暴発する可能性もあるということですか」
「うむ。せっかく山形を得たのだが、新たに軍費が必要になるかもしれぬのう」
「…全くですな」
二人は溜息をついた。
上杉主従の認識しているところは、当然江戸も認識していた。
それでも、徳川家光としてはこの国替えを実施したいという思いがあった。というのも、今であればまだ会津が反抗的な態度をとったとしても物資が少ないと踏んだからである。これが秋を過ぎて収穫を得てからになると、反抗して城に立て籠もられでもしたら長期戦になる可能性が高い。そうなると、前田家が余計な手出しをしてくる可能性もあった。
(今なら、伊達・上杉の力で抑えこむことができる)
そういう意図があったからである。
もちろん、反抗がなく速やかに国替えが終わることを期待していたのであるが。
その会津。
五年前に起きた地震で鶴ヶ城の天守閣は倒れ、その改築も修繕も進んでいない状況であり、そうしたことも相まって一年前に直江兼続が「暗い雰囲気」と感じたような状況にあった。ここに長く続く重臣の争いが入っていたのである。
蒲生家のお家騒動の発端は、もちろん、氏郷の早世である。
そこから蒲生郷安、岡重政が、蒲生家を主導していったが、前者は蒲生家の他の家臣と、後者は秀行の死後振と対立して失脚した。
その後、町野家と蒲生郷喜・郷舎兄弟が対立し、現在は町野幸和が強い権力を有している。しかし、蒲生郷喜・郷舎の一派も反撃の機会をうかがっている状況であった。
こうした状況に前田家も手を伸ばしていた。かつて、氏郷死後の蒲生家の騒動を仲介していたのは前田利家という関係もあり、蒲生家内に前田家との誼を通じる者も多かったのである。
そういう状況下においての国替えの噂である。
当然、蒲生家中に様々な思惑が交わることとなった。
鶴ヶ城下の町野幸和の屋敷で、幸和が面白くなさそうに茶を立てている。
「振様が紀伊に行かれることには賛成だが、庄内に移されるのは勘弁ならん」
「…左様でございますな」
と答えるのは奥村栄頼。助右ヱ門の名前で知られる奥村永福の三男である。
この栄頼。表向きには大坂冬の陣で、前田利常と対立して出奔したということになっていた。しかし、実際には利常の指示を受けて各地を放浪し、その情報を加賀に送っていたのである。
会津にも、前田旧臣という立場でやってきていたが、その後は利常と蒲生家の間のつなぎ役としての役割も果たしていた。
「わしらが抵抗すれば、前田様も起ってくれるかのう」
「現状では無理でございます」
栄頼の言葉に、幸和が目を丸くする。
「何故じゃ?」
「町野様だけが起っても、会津の全ては立ち上がりませぬ。それでは徳川家から派遣される者に勝つことは到底不可能」
「…うむう」
幸和が唸った。
「どうせよと言うのだ?」
「やはり蒲生郷喜・郷舎の力も必要かと」
「摂津守(奥村栄頼のこと)の言いたいことは分かる。しかし、今になってあいつらが我々に協力するというのは不可能じゃ」
「不可能ではありませぬ」
栄頼がはっきりと言った。幸和も茶を立てる手を止める。
「どうすれば良い?」
「そもそも、何故に対立していたのですか?」
「それはどちらが城のことを取り決めするかということじゃ」
「左様でございますな。しかし、このまま行きますと、どちらも城のことをとりなせなくなるのですぞ。徳川家か伊達家、あるいは上杉家から何者かが派遣されてきて、喧嘩両成敗ということでどちらも始末されるかもしれませぬ」
「…うむ」
幸和は爪を噛む。落ち着いている素振りをしているが、内心では動揺しているらしいことが容易に見て取れた。
「肥後の加藤家をご覧ください。対立していた両家老が島津家久によって切腹を命じられたではありませぬか。失礼ながら、町野様と蒲生様を取り巻いているのはそういう状況ですぞ。それでも尚、対立を続けるのですか?」
「…とはいえ、わしの方から折れるのは辛い」
十年近く争ってきた相手に対して自分の方から頭を下げることはできない。それは幸和の精一杯の抵抗であった。
栄頼も頷いた。
「そこはこの摂津も承知しております。蒲生様に対しては、我が前田家の別の者が話をし、我々が取り次ぐということでいかがでしょうか?」
幸和が輝くような笑顔を浮かべた。
「真か? 是非そうしてくれ!」
「お任せください」
実際、蒲生郷喜・郷舎の両名にも、前田家の者が話をもちかけていた。
今後に対する不安が強いのはこの両名も同じである。
「このままだと責任を取らされて切腹もありうるし、当然お家も断絶である」
と言われれば、十年間の争いを水に流すことは決して難しいことではない。
両者は水面下で和解をし、前田家の支援があれば国替えに反対して立ち上がる準備まで順調に進んでいた。
そうした情報が加賀の前田利常にももたらされる。
「ふむ…、時間はかかったがうまくやったのだのう」
利常は栄頼に功を労う手紙を書いた。
しかし、立ち上がるかという問いかけには。
「…少し考えさせてくれ」
とすぐには承諾を出さない。
その心中には宇喜多秀家との会話がある。
(既に勝敗はついてしまっている…、会津で蜂起させたとしても無駄なあがきにしかならぬ、そうであろうか…)
決心は簡単につきそうになかった。
収穫はまだであるが、既に山形の城下町などの商業銭は入ってきており、財政は確実に改善されていた。
直江兼続の表情もこれまで以上に晴れやかになり、日々が明るくなっていた。
そんな上杉・直江主従の下に、江戸からの噂が伝わってくる。
「蒲生家が庄内地方に移動することになるらしい」
ある日の夕方、その日の政務が終わったところで景勝が口を開いた。
「蒲生家が、ですか?」
「うむ。会津には加藤嘉明が移ってくるらしい」
「松山から?」
「そういうことらしい。蒲生家にいる振殿はかねてからの話通りに浅野家に嫁ぐということだ」
「なるほど…」
兼続は合点がいった。
「振様が浅野家に行く以上、蒲生家を特別扱いする必要性は低くなる。蒲生家ではお家騒動すれすれの騒動も起きているので、できれば会津には置きたくない。ただ、会津は大身なので滅多な大名にも任せられないということで加藤家ということですな」
「近くに急に伸長した外様もおるでのう」
景勝の言葉に兼続は苦笑した。
「確かに、50万石を超えた上杉に対する警戒心もありましょうな」
「ただ、問題は蒲生家の連中が素直に従うのかということはあるのう」
「…そうですな」
「山形の時がそうであったように、蒲生家にも前田の者が入り込んでいる可能性は高い。山野辺義忠のような者がおらんとも限らんし、今回は国替えだから山形の時よりも配下の者が憤る可能性が高い」
「暴発する可能性もあるということですか」
「うむ。せっかく山形を得たのだが、新たに軍費が必要になるかもしれぬのう」
「…全くですな」
二人は溜息をついた。
上杉主従の認識しているところは、当然江戸も認識していた。
それでも、徳川家光としてはこの国替えを実施したいという思いがあった。というのも、今であればまだ会津が反抗的な態度をとったとしても物資が少ないと踏んだからである。これが秋を過ぎて収穫を得てからになると、反抗して城に立て籠もられでもしたら長期戦になる可能性が高い。そうなると、前田家が余計な手出しをしてくる可能性もあった。
(今なら、伊達・上杉の力で抑えこむことができる)
そういう意図があったからである。
もちろん、反抗がなく速やかに国替えが終わることを期待していたのであるが。
その会津。
五年前に起きた地震で鶴ヶ城の天守閣は倒れ、その改築も修繕も進んでいない状況であり、そうしたことも相まって一年前に直江兼続が「暗い雰囲気」と感じたような状況にあった。ここに長く続く重臣の争いが入っていたのである。
蒲生家のお家騒動の発端は、もちろん、氏郷の早世である。
そこから蒲生郷安、岡重政が、蒲生家を主導していったが、前者は蒲生家の他の家臣と、後者は秀行の死後振と対立して失脚した。
その後、町野家と蒲生郷喜・郷舎兄弟が対立し、現在は町野幸和が強い権力を有している。しかし、蒲生郷喜・郷舎の一派も反撃の機会をうかがっている状況であった。
こうした状況に前田家も手を伸ばしていた。かつて、氏郷死後の蒲生家の騒動を仲介していたのは前田利家という関係もあり、蒲生家内に前田家との誼を通じる者も多かったのである。
そういう状況下においての国替えの噂である。
当然、蒲生家中に様々な思惑が交わることとなった。
鶴ヶ城下の町野幸和の屋敷で、幸和が面白くなさそうに茶を立てている。
「振様が紀伊に行かれることには賛成だが、庄内に移されるのは勘弁ならん」
「…左様でございますな」
と答えるのは奥村栄頼。助右ヱ門の名前で知られる奥村永福の三男である。
この栄頼。表向きには大坂冬の陣で、前田利常と対立して出奔したということになっていた。しかし、実際には利常の指示を受けて各地を放浪し、その情報を加賀に送っていたのである。
会津にも、前田旧臣という立場でやってきていたが、その後は利常と蒲生家の間のつなぎ役としての役割も果たしていた。
「わしらが抵抗すれば、前田様も起ってくれるかのう」
「現状では無理でございます」
栄頼の言葉に、幸和が目を丸くする。
「何故じゃ?」
「町野様だけが起っても、会津の全ては立ち上がりませぬ。それでは徳川家から派遣される者に勝つことは到底不可能」
「…うむう」
幸和が唸った。
「どうせよと言うのだ?」
「やはり蒲生郷喜・郷舎の力も必要かと」
「摂津守(奥村栄頼のこと)の言いたいことは分かる。しかし、今になってあいつらが我々に協力するというのは不可能じゃ」
「不可能ではありませぬ」
栄頼がはっきりと言った。幸和も茶を立てる手を止める。
「どうすれば良い?」
「そもそも、何故に対立していたのですか?」
「それはどちらが城のことを取り決めするかということじゃ」
「左様でございますな。しかし、このまま行きますと、どちらも城のことをとりなせなくなるのですぞ。徳川家か伊達家、あるいは上杉家から何者かが派遣されてきて、喧嘩両成敗ということでどちらも始末されるかもしれませぬ」
「…うむ」
幸和は爪を噛む。落ち着いている素振りをしているが、内心では動揺しているらしいことが容易に見て取れた。
「肥後の加藤家をご覧ください。対立していた両家老が島津家久によって切腹を命じられたではありませぬか。失礼ながら、町野様と蒲生様を取り巻いているのはそういう状況ですぞ。それでも尚、対立を続けるのですか?」
「…とはいえ、わしの方から折れるのは辛い」
十年近く争ってきた相手に対して自分の方から頭を下げることはできない。それは幸和の精一杯の抵抗であった。
栄頼も頷いた。
「そこはこの摂津も承知しております。蒲生様に対しては、我が前田家の別の者が話をし、我々が取り次ぐということでいかがでしょうか?」
幸和が輝くような笑顔を浮かべた。
「真か? 是非そうしてくれ!」
「お任せください」
実際、蒲生郷喜・郷舎の両名にも、前田家の者が話をもちかけていた。
今後に対する不安が強いのはこの両名も同じである。
「このままだと責任を取らされて切腹もありうるし、当然お家も断絶である」
と言われれば、十年間の争いを水に流すことは決して難しいことではない。
両者は水面下で和解をし、前田家の支援があれば国替えに反対して立ち上がる準備まで順調に進んでいた。
そうした情報が加賀の前田利常にももたらされる。
「ふむ…、時間はかかったがうまくやったのだのう」
利常は栄頼に功を労う手紙を書いた。
しかし、立ち上がるかという問いかけには。
「…少し考えさせてくれ」
とすぐには承諾を出さない。
その心中には宇喜多秀家との会話がある。
(既に勝敗はついてしまっている…、会津で蜂起させたとしても無駄なあがきにしかならぬ、そうであろうか…)
決心は簡単につきそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる