戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

遊戯の終わり

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 加賀・金沢にも会津の状況が伝えられた。

 前田利常は唖然となって情報を聞いた。その傍らには山野辺義忠もいる。

「そんなに簡単に蜂起したのか?」

 利常にとっては完全に慮外のことであった。

 蒲生家が移転するとなり、加藤家が来ると聞いた時に断念した事柄である。既に取り掛かっていた奥村栄頼が続けたいということについて許可はしたものの、まさか取り付けるとは、というのが本音であった。

「やるなら、やるで連絡をよこしてくれればいいものを」

 もちろん、加藤明成という自暴自棄の人物が入ったことで、蒲生家家臣の意見も急にまとまり、あっというまに沸点に達したという事情までは分からない。

 とにかく、青天の霹靂であった。

 と同時に、改めて宇喜多秀家の言葉を思い出す。

(待っているだけでは、勝てぬ。ということか…)

 利常は溜息をついて、傍らにいる山野辺義忠を見た。

「お主はどうする?」

 会津が蜂起するのに応じて、旧最上領の親最上派をもという構想はあるにはあった。しかし、ほとんど取り掛かる間もないまま、会津が蜂起した。

 間に合いそうにない。それでも、できるだけのことはするかどうか。

「…無理でございましょう」

「そうだろうな」

「殿、私は出家いたします」

「そうか…」

 利常は頷いた。彼の言葉が利常の心にも囁きかける。

(潮時ということか)



 三日ほどの間に、状況が飲み込めてきた。

 分かってきた事実は、更に前田利常を打ちのめした。

(奥村ではなく、加藤明成が主導したのか)

 そうした事情は分からなかった。こまめに情報を集めていたつもりであったが、四国・松山で加藤明成が松平忠直に対して暗殺未遂を行い、それが一絡みしていたという状況などは想像できるはずもない。

 ましてや、それを江戸の徳川中枢が一年間失念していたということまでは。

「大膳」

「はい」

「地図をもってきてくれぬか? 日ノ本全部の地図じゃ」

「ははっ」

 横山長知はすぐに地図を持ってきた。

「大坂にいた豊臣秀頼が今は四国におって、彦根の井伊と仙台の伊達は江戸に。越前にいた松平忠直は福岡で、毛利も中枢は萩から広島に。動けば加藤明成ですら、何かを変えられるのに、わしはずっと金沢におったのう」

「殿…」

「何かをなすものは、何かをしようとするものだけということよのう。わしもしようとしていたつもりであったが、他の者に比べると居座ってしまったか…」

 利常は深い溜息をつくと、今度は山野辺義忠を呼びに走らせた。既に剃髪しており、服装も僧体のものとなっている。

「義忠、出家をしたばかりの身に頼んで悪いが、一つ、頼まれてくれんか?」

「何でしょうか?」

「高田の松平忠輝に、会津の攻撃に参加することを勧めるよう伝えてくれい」

「それは…」

 利常の言葉に義忠は絶句した。

「遊びの時間は終わりじゃ。これからは大人にならんとな…」

「…承知いたしました」

 義忠は深く頭を下げた。



 高田の松平忠輝の下にも当然会津の動向は届いていた。

 前田利常と同じく青天の霹靂である。何がどうなっているのか、探っているうちに金沢から山野辺義忠がやってきた。

「お主は…」

 その姿を見て、忠輝も大体のことを悟る。

「殿、前田様からの伝言を申し上げに参りました」

「うむ。聞こう」

「会津への攻撃に参加することを勧める」

「…そうか」

 忠輝は思わず天を仰いだ。

 それはこれまでの前田家の労力を全て否定する行動である。それを前田利常自身が口にするということは…。

「遊びの時間は終わりじゃ。これからは大人になる必要がある、とのことでございます」

「承った。大儀であった」

「はい。では、それがしはこれで…」

 義忠が立ち去ろうとした。その後ろ姿に、忠輝が声をかける。

「義忠、似合っておるぞ」

 振り返った義忠はうっすらと笑みを浮かべていた。そのまま会釈すると、足早に走り去っていった。

 忠輝は近臣達を眺める。

「義忠の言葉を聞いたか?」

「は、はい」

「戦支度じゃ。ついでに、江戸にいつでも出陣できる旨を伝えておけい」

「ははっ!」

「わしもすぐに支度する。少しだけ待ってくれい」

 忠輝は立ち上がり、城の奥へと向かった。



「五郎八、おるか?」

「はい。どうかなさいましたか?」

 襖があけられ、中に入る。

「先ほど、前田から使いが来た。会津を攻撃した方がいいということだ」

「それは…」

「わしらは、結局勝負の土俵に立てぬまま、敗北ということになる」

「まだです!」

「…?」

 五郎八がいつになく、強い口調で叫んだので、思わず忠輝は身を引いた。

「まだ、父がおります! 会津と仙台と、高田と金沢が組めば…! 何なら私が、仙台に行って、父に…」

 五郎八の目に涙が浮かんでいた。

 その時初めて忠輝は知った。

 五郎八が自分の志に、自分以上に賭けていてくれていたということに。

「そうでなければ、殿は、何のために…、片目を…。お願いでございます。私を仙台に…」

 忠輝は見える片目を閉じた。

 不思議と、動かないはずの別の瞼も動いたように感じた。

「五郎八、それは違う。わしが目を捨てたのは、こうでなければ見えないと思ったからじゃ」

「殿…」

「義父は天下のために動くかもしれぬ。だがのう、五郎八、伊達政宗ほどの者が加藤明成程度のために動くなどというのは、恥ずかしいこととは思わんか?」

 忠輝の言葉に五郎八はうつむいた。

「わしが片目を失うは、わしのために必要なものであった。わしは天下を取る器でもないし、何ならこの高田ですらわしには荷が重いかもしれん。それを分かるために必要なことだったのよ。わしがもっと有能なら、あるいは義父はわしを立てて、もっと動けたかもしれぬ。わしがここまでだったから、義父とわしは道を違えて、今に至った。だが、それを知ったからこそ」

 忠輝は五郎八を抱き寄せた。

「わしは、これからもそなたと一緒にいることはできる。領内の切支丹を守るくらいのことができる」

「……」

「片目の代償がそれでは不満か?」

 五郎八は首を振った。
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