戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

変転

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 仙台に戻る途中、伊達政宗は中村に立ち寄った。

 中村の相馬家と伊達家は、戦国時代は犬猿の仲ともいうべき間柄であった。

 しかし、関ケ原の戦いで佐竹家とともに中立を決めこんでしまったために、戦後領地没収という憂き目を見た。その後、何とか領地を安堵してもらうのだが、この際、伊達政宗も徳川家にとりなしをしていたので、現在はかなり関係が良くなっている。

「いやはや、相馬殿がおらねば、会津が反せば江戸との連絡が断たれてしまう恐れもあったので本当にありがたい」

 政宗の言葉には、帰趨が定まらない忠輝への警戒感もある。

「それはいいのですが、我が領内では、伊達殿が謀反に与するのではという声も出ています」

 茶を差し出しながら答えるのは、相馬家当主の相馬利胤である。政宗に助けてもらったという思いもあるのであろう、その口ぶりにはかつての遺恨を思わせるものはない。

 政宗が目を丸くした。

「わしが会津に?」

「伊達殿もかつて黒川城を有しておりましたし、例の噂が本当であれば金沢・高田・会津・仙台という広範な地が謀反することになりますので」

「おお…、そういえばそうであるのう。ハハハ」

 政宗は大声で笑った。利胤がけげんな顔で伺う。

「その様子からすると、意識していなかったようですな」

「もちろん」

 政宗が真顔に戻る。

「会津にいるのは加藤・蒲生の残党でござる。こんな面々と動くのは伊達の名折れでござろう」

「しかし、今まで江戸から動かなかった伊達殿が今回に限り動くというのは…。ああ、そこまで踏み込むのも失礼でございましたな」

「ハハハ、わしもいつまでも江戸におっては武士の本分を忘れてしまうので、あと、あまり上杉に活躍されて上杉が大きくなりすぎても後々困るだろうし」

「左様でございますか」

「しかし、そのように思われておるのであれば、仙台でもわしがあらぬことを考えていると思われているかもしれぬのう」

 政宗は立ち上がった。

「本来なら、ここまで強行軍で来たことだし、もう少し世話になろうかと思っていたのだが、先を急がせてもらう」

 利胤も頷いた。

「はい。相馬家でも西へ進む準備はしておきますので」

「うむ。かたじけない」



 中村を出立した政宗は、しかし、仙台には向かわない。そのまま西北に、福島へと向かった。もちろん、米沢の上杉景勝に急使を送ることも忘れてはいない。

 上杉景勝、直江兼続主従が福島に向かい、合流する形で落ち合う。

 福島城の中で、政宗は景勝と数年ぶりに顔を会わせた。

「しばらく…」

 景勝が重々しい表情で頭を下げる。政宗はまず状況を尋ねた。

「どのような状況ですかな?」

「国境沿いを警戒しておりますが、今のところ相手には動きはありません。ただ、会津領内では総動員令が出されて、かなり苛烈な徴収も行われているとか」

「苛烈な徴収…」

 政宗が表情を曇らせる。

「そうでなくても問題の多いところなのに、更に疲弊させて戦闘とは…」

「加藤嘉明は幽閉されており、明成が蒲生家の主戦派と組んで行っているようです。元々、蒲生家内の領分争いに端を発するものでありましたから、会津領内の徴収はうまくいっているようですな」

「困りましたのう」

「左様。勝つのは容易でしょうが、戦後の会津を治めるのは簡単なことではありませぬ。任される者は大変でしょうなぁ」

「……」

 政宗が苦笑した。景勝の物言いは遠回しな辞退である。

 会津を有して大大名として恐れられることを警戒しているのであろう。

「会津には徳川家から誰かを迎えるとしましょう」

「それが善き方策かと。あともう一つ」

「何でしょう?」

「高田の松平上総介殿からいつでも会津に攻め入る準備ができている旨、伝えられました」

 政宗が目を見張った。

「忠輝が?」

「今回に関しては、我々と同調するようですな」

「解せぬな…。むしろ会津と同調すれば、奥州と江戸の連絡を断てるというのに」

「恐らくは、会津の状況が予想したものと異なっていて幻滅したのでしょう」

「…なるほど」

 完全に信用できたわけではないが、会津の状況は理解する。

「わしも仙台に戻り、至急準備いたすが、当面は上杉殿が全面的に指揮を下されることを期待しております」

「ふむ。伊達殿が合流した後には、我々はその指揮下に入って任せればいいということですな?」

「いや、その後、伊達は東と南の方を攻め寄せる予定といたします。上杉殿は西側からの指揮を全面的にお任せします。忠輝もわしの下に来るのは思うところがあるかもしれませんし」

「そういうことであれば、お引き受けいたす」

「ところで…」

 景勝が話題を変えた。

「伊達殿が今回、わざわざ乗り込んできたというのは、やはり江戸の状況でござるか?」

「…さすがに上杉殿」

 政宗がニヤリと笑う。

「中村では、わしが会津に与するのではないかというような話もあったらしいが、そうは考えなかったですかな?」

「その可能性も考えはしたものの、会津の状況を知ると、伊達殿が会津に与することはないのではないかと考えた次第。先ほども申したように、会津の状況を知れば、上総殿も与したくはないと考えるであろう。もう少し別のやり方なら、変わっていたかもしれぬが…。そうなると、その後のことを考えてのことだろうと」

「うむ、まあ…。そのことについては鶴ヶ城で話すとしよう」

「左様でございますな。まずは会津の片づけをしないことには」

 景勝が立ち上がり、政宗も立ち上がる。

「それでは、わしは仙台へと戻ります」

 政宗は城を出て、再び馬上の人となった。



 江戸の井伊直孝の下にも、松平忠輝らから会津の状況が届いていた。

 他の者と同様、松平忠輝が会津に同調することを恐れていただけに、忠輝の書状は直孝を安心させる。が、伊達政宗がいなくなってしまった分、彼の繁忙さは尋常なものではない。朝から夜まで働きとおしであった。

(このままでは倒れてしまう。何とかせんことには…)

 同じことはお江与も感じていたらしい。直孝は家光の前に呼ばれる。

「掃部よ。このままではその方、倒れてしまうのではないか?」

「…何とかそうならないよう、養生しております」

「養生とは、そちはまだ二七であろう。それで養生も何も」

「……」

 さすがに家光の言う通りであり、反論ができない。

「どうであろう? 老中らを政宗の代わりにしてみるということは」

 やはりそう来たか、と直孝は思った。

 能力的には老中に任せる路線は間違ってはいない。しかし、現在、彼らは江戸城内の庶務を任されている。これに加えて、全国の諸大名に関することを任せると彼らの発言力が一気に増すことになる。

 それ自体は仕方ないことであるが、老中連のほとんどは未だに二年前の発想であり、家康・秀忠死後の変化を理解できていない。そうした面々が主導権を握ってしまえば、どこかで大きな衝突が生じるのは明らかであった。

「それがしの方で、一人心当たりがおりまして声をかけております。今しばらくお待ちいただけないでしょうか?」

「そうか? 代わりがいるのなら構わないが」

 その場を何とか取り繕い、直孝は城を後にした。


 屋敷に戻ると直孝は指示を出す。

「やむをえまい。真田殿に江戸に来るように要請してほしい」
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