戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

毛利後は

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 因幡・鳥取城。

 吉川広家がこの地に滞在して、既に一年近くになろうとしていた。

 それはすなわち、戦略が思うようにはいっていないことを示している。



 この二、三か月、更に不穏な事態を思わせる話も舞い込んできていた。

「備前東部の領民が不穏な気配を見せているということですが…」

「切支丹の連中であろう」

「いかがいたします?」

 清水景治が尋ねる。

 備前東部の各地は、宇喜多秀家の根拠地だったこともあり切支丹となっていた者が多い。そうした者が、松平忠直の切支丹開放路線を受けて、「自分達にも」と主張をしていた。しかし、毛利輝元は切支丹嫌いであるし、坂崎直盛は秀家への対抗心もあって切支丹勢力に対して妥協を見せない。

 両者の衝突が近づいてきているように広家には感じられた。

(この動きの裏には秀家もいそうであるし…)

 厄介なのが宇喜多秀家の存在である。

 宇喜多秀家は関ヶ原以前、決して優れた統治者ではなかった。妻・豪の勧めもあって切支丹勢力を優遇したし、家臣の選択についてもえり好みが多かったと言っていい。

 しかし、その後、統治していた池田家は宇喜多家以上に酷かった。いや、これは池田家だけではなく、大半の国について言えたのであるが、備前の領民にとっては「これだったら宇喜多様の方がまだ良かった」という思いがあった。

 そこに来て、宇喜多秀家の親族ではあるが、統治方針はまるで違う坂崎直盛である。直盛自身は性格に比するとまともではあるのだが、いかんせん短期間では中々その成果は出ない。

 そこに豊臣秀頼の意を汲んだ蜂須賀至鎮が切支丹などに働きかけ、不穏な空気を煽る。切支丹にとっては何といっても、松平忠直が「対馬と長崎で認める」と主張したことが大きい。備前で認められるかは別として、松平忠直の下でなら切支丹であっても否定はされない。その部分は大きかった。



 吉川広家の考えの中には、徳川家が多方面から攻撃を仕掛けてくるということは当然ある。本来、広家にとっては「そうしてほしい」という思いもあった。徳川家は大兵力を有しているとはいえ、兵糧などが盤石でないことはよく知っている。長期戦になれば徳川家の中の不満分子が出てくることも期待された。

 しかし、毛利領内で叛旗が翻されるとなると、話は全く変わる。この場合、毛利領内で不満分子が出てくるかもしれない。

(しかも…)

 吉川広家にとってのもう一つの誤算は、不満分子が思ったほど出てきていないということもあった。その誤算の大元は松平忠直にあることが薄々見えてきていた。

 もちろん、広家は松平忠直について見知ってはいた。ただ、それは夏の陣までのことであり、その時点では徳川の主流を外れた猪武者という印象に過ぎなかった。

(奴がいたせいで、結果的に徳川への不満を漠然と煽ったのは失敗になった。やるべきは江戸と福岡との分断工作だったのだ…)

 この夏、広家はそうした状況を捉えて、そこからは路線変更しているが、その成果を見るにはまだ時間がかかりそうである。

 火がくすぶっている備前が先に暴発すれば…

(成果を得る頃には、毛利には目がない状況もあるか…)



 隣国・但馬では、広家の工作が少しずつ浸透しはじめてはいた。

 立花宗茂はこの日も兵法講義のために豊岡城に来ていたが、そこで問われる。

「宗茂、最近、城で不穏な噂が流れておるとか」

「…何でしょう?」

「毛利家を滅ぼしたら、松平越前が家光に叛旗を翻すと」

「……」

「確かに越前と豊臣は九州、四国、畿内西部を押さえておる。ここに中国が加わったら、西国は越前の領土となり、家光に従う必要はなくなるかもしれぬのだが…」

「…はい。しかし、尾張様。それが怖いとしても我々はどうすべきなのでしょう? 毛利を攻撃しない方がよいということになりますか?」

「…いや、それはならない」

「左様でございます。家光様と越前様との間のことは、お二方に任せるべきであり、我々は我々にできることをすべきでございましょう」

「…そうではあるが」

 義直が引き下がったと見えたので、宗茂は持参した書物を広げる。

「それでは、本日の部分に参りましょう」

「宗茂。正直に聞かせてほしい」

 不意に義直が口を開いた。

「何でしょう?」

「わしと越前では何が違うのじゃ?」

「…尾張様と、越前様ですか?」

「わしは毎日研鑽を積んでいるつもりだが、それでも前の戦ではわしのせいで負けてしまった。同じような立場であったにも関わらず、越前は今や家光と同じくらいにまでなりつつある。親戚で、それほど年齢が違うわけでもない。一体何が違うのじゃろう」

「……」

 宗茂は溜息をついた。



 夕刻。

 宗茂は藤堂高虎と落ち合い、食事を共にしていた。

「そうか。立花殿もその問いかけを食らったか」

「藤堂殿も受けていたのか。どのように答えられた?」

「わしか? 越前様はひねくれたお方ゆえ、物の見方が変わっておられる。そこが違いだが、だからといって義直様までひねくれる必要はなく、今まで通り真っすぐ政道を取られるのがよいと答えておいた」

「なるほど…。わしは答えに窮してしまったが、さすがに藤堂殿は要領がいいのう」

「それはわしに対する皮肉か?」

 と言って高虎は笑うが、すぐに渋い顔になる。

「義直様は非常に出来のいいお方じゃ。ただ、正直家光様や越前殿に対抗心をもってほしくはないのう。そんなことをしても何にもならぬ」

「うむ…」

「とはいえ、毛利を倒した時、越前殿の取る措置は義直様の容れられるところではないだろうということも確かだ」

「……」

 高虎のその言葉は重い。

 松平忠直が主体となって毛利輝元や吉川広家を下した場合、領地の没収程度はするだろうが毛利家の取り潰しはありえない。島津家に対する措置や田中家に対する扱いからすれば当然そうなる。

「わしも、九州で島津家と早期に和睦された時には、越前様の措置は素晴らしいと思った。毛利家に対してそうすることも当然素晴らしいことではあるのだが…」

「しかし、江戸は当然望まない。もっと言えば、越前殿は前田家にしても刃向かわないのならそれで構わないという態度をとるだろう」

「…対決されるのは結構なことだが、どちらかにつかなければならないとなると面倒なことよ」

「藤堂殿、お主はどうする?」

「内府様には申し訳ないが、わしには徳川のやり方は窮屈過ぎるようにも思えるのう。とはいえ、越前殿が一番上に立つと、一体どんな日ノ本になるのか想像もつかないのも確かだ」

「越前様に関して言えば、そもそも一番上に立つつもりがおありなのだろうか、という不安もある」

「ううむ…」

 話が少し止まったところで、伝令が入ってきた。

「申し上げます。大坂の大野治房より書状が届いております」

 二人は顔を見合わせた。

「大坂から? 四国ではなく、か?」

「はい」

「見せてみろ」

 藤堂高虎が書状を受け取り、開いて流し読む。すぐにその視線が険しくなった。

「どうされた?」

「九月一日に毛利勝永と大野治房が大坂を出て、姫路城へと進むらしい」

「…となると、四国方面から備前への働きかけも行う。我々も因幡へと進む必要が出てくるのう」

 遂に毛利との決戦の時が近づいてきた。

 それは同時に、その先にある選択を選ばなければならない時である、とも宗茂は思った。
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