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白鷺と鶴と
秀頼、出陣
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九月の訪れが来るとともに、大坂城内にはにわかに騒々しくなってくる。
大野治房や毛利勝永が兵士を揃えはじめ、戦準備に取り掛かっていたからだ。
そこに紀伊から浅野長晨も合流した。揃った兵力は24000。夏の陣以降、一揆勢以外が編成した軍勢としては最多となる。
この部隊、早々に姫路へと向かうことを宣言していた。既に豊臣秀頼が考えている、備前と姫路を同時に突くという一環で、姫路城を落とすことは目的ではない。とはいえ、毛利勝永も浅野長晨も自分達が囮の活動を済ませれば十分などとは考えていない。
「ここまで来たのなら、姫路城を自分達の力で落としてみせようぞ」
と意気も高かった。
出陣の日取りも決め、毛利勝永は大野治房、浅野長晨とともに地図で入念な打ち合わせをしていた。
「頑張っているようだな」
声をかけられ、振り返った三人が仰天する。
「こ、これは大納言様」
三人とも向き直ろうとするのを、豊臣秀頼が制する。
「構わぬ。戦の軍議がどういうものかというのを見てみたくてな」
そう言って、自嘲気味に笑う。
「何せ、ずっと総大将でおりながら、まともに参加したこともなかったからのう」
「ははは…」
笑っていいのか分からないが、毛利勝永は乾いた笑いを浮かべた。
「軍議と申しましても、今回はひたすら姫路城を包囲するだけと思われます。ただ、万一、池田勢が討って出た場合、どこで交戦になるかということを考えております」
「出てくるかのう」
「分かりませぬ。出てこない方が有難くはあります」
「しかし、姫路城を落とすのは大変であろう?」
「大変ではございますが、池田勢が最後まで頑張ることはないと思います」
「ほう…」
「池田勢は昨年、徳川を捨てて毛利に降っております。ならば同じ理由で、毛利を捨てて豊臣に降ることもありえましょう」
「なるほど」
軍議が終わると、秀頼は三人には酒食を勧め、自らは城内に入った。
「母上」
「おう、秀頼殿」
秀頼が淀の方と会うのは二か月ぶりである。宇喜多秀家の件で一度会いに戻って以来であった。
「秀頼殿、この度、姫路へと出兵をするとか…。主馬も出ていくとなると、どうなるのでしょう?」
「それはご安心ください。明日にでも修理が大坂に参りますので」
「おお、そうでしたか。今回は秀頼殿も向かわれるとか?」
「はい。私は松山から備前方面へと出兵いたします」
「……」
「豊臣家のためでございます」
「…分かっております。ご立派になられて、妾もうれしゅうございます」
淀の方の言葉に、秀頼は苦笑する。
「その後のことでございますが…」
「その後?」
「この度の戦いでおそらく毛利は参ることになりましょう。その後のことでございます」
秀頼はその場で平伏した。
「残念ながら、どう考えても、この秀頼が父のようになれるという考えにはなりませんでした」
「……」
「余程のことがない限り、それがしは徳川家の一門として過ごしていくことになると思います」
「松平忠直につくのですね?」
「いえ、その断言はできません」
淀の方が「おや」と声をあげた。
「何故なら、松平忠直に天下を取るつもりがあるのか、はっきりしないからです。天下を取るつもりがないのなら、家光につくしかありませぬ」
「そうでしたか」
「いずれにしても、豊臣秀頼が天下を取ることはありませぬ。母上、お許しを」
「いいえ、許しを請わねばならぬのは母の方です。秀頼殿大切なあまり、武士としての必要なこともさせずに大きく後れてしまうことになったのですから。私が武士の母としてのあるべき姿でいられたなら、このようなことには…」
淀の方はそう言うと、嗚咽の声を漏らす。
彼女のそのような姿を初めて見る秀頼は、しばし茫然と佇むだけであった。
一刻後、秀頼は城の中庭にいた。既に夕闇に覆われた池が、新月を映す。
「大納言様」
「おお、修理か」
駆けつけてきた大野治長を見て、秀頼は安堵の顔になる。
「修理、済まぬがまた母上のことを頼む」
「…どうかなされましたか?」
「いや」
秀頼は先ほどの話をかいつまんで話した。
「私も、母上がああいうことを言うとは思わなかったから面食らってしまった」
「左様でございますか」
治長も溜息をついた。
「しかし、大納言様。子供の時の扱いについては淀様をあまりお恨みにならないようお願いいたします」
「どういうことだ?」
「確かに、淀様のなさりようは問題もあったかと思います。しかし、もし淀様がしっかりとした武士として鍛えていたとしたらどうなったでしょう?」
「…内府に疑われたかもしれないということか」
「はい。最悪、毒を盛られていたようなこともあったかもしれません」
「私がたいしたことがないと思っていたから、大坂に置かれたまま20を超えてもいられたということか」
「…厳しい言い方をするならば、そのようなこともあるかと」
「なるほど。おまえはうるさい母と無能な主君の間に立っていたわけだのう」
「あ、いえ、そういうわけでは…」
治長が慌てて弁明しようという様子に、秀頼は大いに笑った。
妻の千にも同じことを告げ、翌朝、秀頼は四国へと戻った。
松山城まで戻ると、すでにこちらにも20000近い水軍が準備をしている。その指揮を福島正則と蜂須賀至鎮が取ることになっていた。
「本来なら、加藤嘉明もいればよかったのだがのう…」
居並ぶ顔を見て、秀頼は溜息をついた。
会津での出来事については、全容は分からないものの四国にも情報は伝わってきている。
「良かれと思って送り出してやったのだが…」
まさか加藤明成がそのような大層なことをしでかすとは予想もしていなかった。
「仕方ありませぬ。我々も想像していませんでしたが、息子のことに気づかぬは親の不覚にござりましょう」
福島正則が言う。
「わしの息子も毛利の方におりますが、だからといって容赦することはありませぬ。息子の不始末をどうにもできぬは親の問題。嘉明めが悪いのでございます」
「そうか。そのようなものか」
「はい。そのようなものでございます。我々は農民や商人ではないのでございます。何かありましたら、息子だろうと自らだろうと命を捨てる覚悟でおらねば」
福島正則の断言した物言いに、秀頼は宇喜多秀家のことを思い出した。
「秀頼様も、いずれお子を持つことになりましょうが、このことはしかとお教えいただきたく存じます」
「分かった。しかと記憶していこう」
秀頼は頷いて、居並ぶ者に言い渡す。
「では行くぞ、備前へ!」
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三人とも向き直ろうとするのを、豊臣秀頼が制する。
「構わぬ。戦の軍議がどういうものかというのを見てみたくてな」
そう言って、自嘲気味に笑う。
「何せ、ずっと総大将でおりながら、まともに参加したこともなかったからのう」
「ははは…」
笑っていいのか分からないが、毛利勝永は乾いた笑いを浮かべた。
「軍議と申しましても、今回はひたすら姫路城を包囲するだけと思われます。ただ、万一、池田勢が討って出た場合、どこで交戦になるかということを考えております」
「出てくるかのう」
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「ほう…」
「池田勢は昨年、徳川を捨てて毛利に降っております。ならば同じ理由で、毛利を捨てて豊臣に降ることもありえましょう」
「なるほど」
軍議が終わると、秀頼は三人には酒食を勧め、自らは城内に入った。
「母上」
「おう、秀頼殿」
秀頼が淀の方と会うのは二か月ぶりである。宇喜多秀家の件で一度会いに戻って以来であった。
「秀頼殿、この度、姫路へと出兵をするとか…。主馬も出ていくとなると、どうなるのでしょう?」
「それはご安心ください。明日にでも修理が大坂に参りますので」
「おお、そうでしたか。今回は秀頼殿も向かわれるとか?」
「はい。私は松山から備前方面へと出兵いたします」
「……」
「豊臣家のためでございます」
「…分かっております。ご立派になられて、妾もうれしゅうございます」
淀の方の言葉に、秀頼は苦笑する。
「その後のことでございますが…」
「その後?」
「この度の戦いでおそらく毛利は参ることになりましょう。その後のことでございます」
秀頼はその場で平伏した。
「残念ながら、どう考えても、この秀頼が父のようになれるという考えにはなりませんでした」
「……」
「余程のことがない限り、それがしは徳川家の一門として過ごしていくことになると思います」
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「いえ、その断言はできません」
淀の方が「おや」と声をあげた。
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「いずれにしても、豊臣秀頼が天下を取ることはありませぬ。母上、お許しを」
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「いや」
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