戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
131 / 155
白鷺と鶴と

長門方面

しおりを挟む
 豊前・小倉。

 松平忠直ら九州勢も今、この場に顔を会わせていた。

 細川忠興、黒田長政、鍋島勝茂、島津家久、田中忠政、毛利高政といった面々である。

 小倉城の二の丸において、最終確認が行われていた。

「毛利秀元については主力をわしと細川殿で引き受けて、別動隊を萩方面に向かわせたいと思う」

 松平忠直の言葉に、細川忠興が頷いた。それにつられて、他の者も頷いた。

「毛利秀元が強い、とは思わぬのだが、何かと不気味なところがあるゆえな」

「承知いたしました」

「萩よりも徳山から広島を突いた方が良いのではないでしょうか?」

 と尋ねるのは田中忠政。これに対して、島津家久が笑いながら答える。

「田中殿は、ご自身降伏しておきながら、毛利に対しては降伏の余地を与えとうないと申されるのかな?」

「…どういうことだ?」

「他が戦っている中で、我々が広島に進軍すれば、毛利は死ぬまで戦うことになろう。他も踏まえて、萩・岡山・姫路と占領していけば毛利も戦いようがないではないか」

「…ああ、そういうことでございますか」

「大要としてはそういうことじゃ。できることなら、毛利に死ぬまで戦わせたくはない。面倒だからな」

「…吉川広家も勝てないと判断すれば、交渉に来るかもしれませぬし、な」

 忠直の言葉を受けて、黒田長政も頷いた。

「そういうことだ」



 長門。雄山城では毛利秀元が、対岸の状況を青い顔で聞いていた。

「遂に徳川が本腰をあげて攻めてくるのか…」

「敵兵は3万ほどということです」

 伝令の報告に秀元が「ひっ」と短い悲鳴のような声をあげた。傍らにいる宍戸元続の顔を見た。商船の騒動を受けて、輝元に要請を出して派遣してきてもらっている。

「元続、どうなるのだ?」

 あまりにも情けない物言いではあるが、元続も状況を知って来ているだけに特別表情を変えるところはない。

「恐らくは広島を狙うものと思われますので、ここ雄山を突破すれば徳山へと向かうことになるでしょう。まずはできるだけ、雄山で時間を稼ぎ、頃合いを見て徳山方面へと撤退していくことが理想と思われます」

「そんなことができるのか?」

「い、いや、できるのかと申されても…」

「わしとわしらの兵に、そんなことができるのであろうか」

 秀元の言葉に、侍大将達も頷いている。

 宍戸元続がげんなりとなった。とんでもないところに来た、ようやくそのことを悟ったような顔つきであった。



 9月11日、徳川軍は小倉を出た。

 対岸の長門側も今回は本物の侵攻だということを把握している。挑発行為などは一切なく、黙って徳川軍が海峡を渡る様子を見守っている。豊前側も同じであり、固唾をのんで見守っていた。

「毛利軍は雄山に籠城しているようです」

 物見からの報告を受けて、忠直は頷いた。

「であれば、部隊を分けるには都合がいい。わしと細川殿は雄山を包囲する。その間に萩を頼んだぞ」

 島津家久、鍋島勝茂、黒田長政らが頷いた。15000の軍勢が北へと向かい、残る12000の軍が雄山へと向かっていく。



 徳川軍の動きがすぐに雄山へと伝わる。

「北へ向かった? 長門制圧に乗り出すのか?」

 徳川軍の動きは、宍戸元続にとっては意外なものであった。

「敵が二手に分けたのを黙って見ているとあっては、武士の名折れでござる。ここは士気高揚のためにも少数の兵士で討って出るべきではないかと?」

 元続の進言に対して、秀元は真っ青な顔で答える。

「そんな少数で出て行って、包囲でもされたら全滅するのではないか?」

「いや、そうならないために少数で出るわけですから」

 もちろん包囲されたらどうにもならないが、通常、少数の兵は機動力があるし、人数が少ない分意思決定も早い。

 …のであるが、秀元やその周りを見ている限り、そうした動きは期待できそうにない。

(よくもまあ、殿はこの人に雄山を任せるつもりになったものよ…)

 元続はあきれ果て、萩の奮闘を祈るばかりであった。



 その萩城を守っているのは毛利秀就であった。

 昨年、秀元と吉川広正とともに戦場をさまよい、敵も味方も翻弄した一人である。毛利輝元が広島に移ったため、萩を任されていた。

 伝令からの情報で萩に進軍してくると聞き、秀就は奮い立っていた。

「今こそ去年の雪辱を晴らす時ぞ!」

 そう言って、敵軍を迎え撃つ準備を始める。

 これに慌てたのが、福原広俊である。かつて、毛利輝元らが内藤元盛を大坂に派遣していたことに反発して隠居していたが、昨年の勝利の後、吉川広家が奔走して復帰していた。

「と、殿。敵軍の方が多勢なのですから、ここは籠城をして時間を稼ぐべきかと」

「何!? ここは我が長門であるぞ! それなのに負けるような物言いは何たること!」

「長門であるからこそ、無用な失敗が許されないのです」

 広俊は必死に止めながら、どうして吉川広家が必死に自分の復帰を求めてきたのか、その理由を理解するのであった。



「…ということで、敵は萩に籠城していますが、毛利秀就と福原広俊の足並みは乱れているようでございます」

 切支丹の領民などを通じて、状況が黒田長政のところへもたらされる。

「ということらしいが、どうしたらいいだろう? 島津殿?」

 島津家久に尋ねた。

 この軍勢、当初は「一番の大身であるし」ということで島津家久を総大将にしようとしていたのであるが、家久が「わしは故あったとはいえ一度徳川に弓引いた者である。黒田殿がふさわしい」と辞退したため、長政が総大将ということになっている。

「敵の足並みが乱れているのであれば、それを浮き彫りにできればよいのではないですかな」

「…それはつまり、毛利秀就を挑発するということかな?」

「しかり。ああいう馬鹿大将は簡単に釣れるのではないかと」

 長政と家久は顔を見合わせ、どちらともなく「フフフ」と笑い声をあげた。



 それに先駆けて、早くも松平忠直と細川忠興の軍は雄山城の包囲を開始した。

 雄山の兵は8000ほどであるから、籠城をするには多い。

 宍戸元続がそのことを指摘すると。

「ならば、多い兵士は徳山に派遣しよう」

 元続が思わず声をあげる。

「は? …いや、どうせなら萩に向かう徳川の方を後ろからつつくなどした方がよいのでは?」

「わしの兵士達にそんな器用なことができるはずがない」

「…広島に向かわせるようにいたしましょう」

 元続はこの場にいない毛利輝元や吉川広家に「何故こんな連中を最前線に置いていたのか」と抗議したい気持ちを必死に押さえていた。



 2000ほどの兵士が広島へと移動していき、6000の兵で雄山城に籠城する。

 雄山城は串崎城とも呼ばれることがある。かつて、元寇の際に討ち取ったモンゴル兵の首をこの周辺に埋めたことからついた名前と言われていた。

「そうした物騒な名前もあるところではあるが…」

 忠直が城を見上げる。小型の城とはいえ、力攻めで落とすには骨が折れることは明白であった。

「正直、わしらはひとまずここで他の結果を待つだけじゃ。平和なものよのう」

「確かにそうですな」

「筑後川でもそうだが、わしにとっての戦というものはすっかり変わってしまった。わしがやることはただの作業になってしまったのに、負けた時の責任だけは大きくなる。祖父はようこんなものを我慢していたのうと今更になって分かってくる」

 忠直の言葉に、忠興は「左様でございますな」と苦笑しながら応じた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...