最愛の番になる話

屑籠

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26 朝陽

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「それで、宗治郎。ありゃなんだ? 本当に次期当主か?」
「あなた、それでも四方の親類ですか? 当然、四方の次期当主で現在最強の四方のアルファですよ」

 はぁー、と溜息を吐いた朝陽は、椅子に深く沈んだ。
 啓生があそこまで素直に処置室に行ったことなんて無い。
 そもそも、病院に来いと言ったところで素直に来たことなんて無い。
 それが、今日はどうしたというのだろう?
 いつもあれならば、良いのだが。

「厄介だなとは思っていたが、番を得るとあそこまで変わるもんかね」
「諸刃の剣、ですから。四方にとって番と言うのは」

 宗治郎が遠い目をしている。
 だが、あれで扱いやすくはなったのではないか。だた、地雷も増えただろう。
 番の見つかる前の啓生は、一歩間違えれば爆発するような危うささえあった。
 
「俺は少し遠いからな。わかっていたようで、分かっていなかったな。と言うか、四方だと蓮星はもう少しマシだろうが。この間来ていったけど」
「蓮星様と啓生様ではアルファとしての素質が違いすぎますよ。蓮星様も四方のアルファですが、啓生様ほどの力は、無い」
「あぁ、そりゃ分かる。だが、大して変わらんと思っていたんだがな」

 アルファとしての格、それが今と前では段違いだ。
 いや、それは啓生が隠していただけなのだと今ならわかるが。
 
「啓生様は普段、アルファのフェロモンも何もかもをコントロールしておりますので。だからこそ、咲也様の身に何かあれば、辺り一帯の惨状が容易に想像できてしまうのですが」
「かぁーっ、厄介だな四方のアルファっつうのは」
「あなたも遠戚でしょうが」

 朝陽も、四方の血を引いている。四方の、と言うよりは雪藤の親類だ。
 その関係でわずかにだが、四方の血が流れている。と言っても、雪藤よりも劣るし、何より朝陽が特別なだけで他の向井の血筋はベータが大半だ。
 アルファも居ないことは無いが、朝陽が向井を代表できるアルファだろう。
 
「どれだけ薄いと思ってんだ。それにしても……あの番の子、どこかで見たことがあるような気がするんだよな」
「……お知合いですか? と言っても、咲也様はあなたを見ても何か思い出したようなそぶりは無かったですが」
「なんでわかる」

 朝陽は首を傾げ、宗治郎を見た。
 宗治郎は、困ったように笑い、咲也の事を思い出しているようだ。
 
「咲也様は素直な方なので、何かあればすぐに啓生様に伝えてしまいます」
「は?」

 あの、他人に興味なさそうな顔をして、他人を敵だと思って良そうな顔をしていた咲也が。
 啓生には素直。啓生は、それはそれは溺愛するに決まっている。
 
「あの方の気性なのでしょう。ご本人はそう思っていないと思いますが、啓生様に対してはとても素直な方です。嫌なことは嫌だと、声にせずとも。啓生様はそれで、随分と振り回されてお出でですよ。えぇ、もっと振り回して差し上げればよろしいのに」
「おいおい……それにしても、次期当主に素直か。それに、咲也?」

 あの顔立ちと、名前に少し違和感を覚える。
 どこかで、見たことのあるような気がして。
 
「呼び捨てにして言い方ではございませんよ」
「いや、違う。番の子の苗字はなんだ」
「いきなりなんですか? 当然、雪藤ですよ」

 雪藤の養子になったのだから、当然雪藤だ。
 カルテもそのように書かれているだろう。
 だが、養子元を朝陽は知らないのだ。
 
「違う。元の苗字だ」
「千手の坂牧です。坂牧 咲也様」
「坂牧……? なるほど、そうかあの時の」

 少し、思考を巡らせた朝陽はあぁ、と思い出したように息を吐いた。
 なるほど、咲也。見覚えがあったはずだと。
 
「……咲也様は昔、入院されていた過去がありますが、まさか」
「あぁ、そのまさかだ。この病院に一度だけ短期間入院していたな」

 アルファに執着する、あの坂牧でベータで生まれてきてしまったという可哀そうな子。
 だからこそ、朝陽の記憶に残っていたのだろう。
 あの親が気にしていたのは、同じく誘拐されていた兄の方だけ。
 今でも耳に残っている。

「ベータだから、貴方は大丈夫よね。そう、あの母親は言ったんだ。小さな子供に」
「そんな、事が……」
「だから、俺はよく覚えてた。俺がまだ学生だった頃だ」

 学生で、実習に来ていた時の事だ。
 オメガの母親が、オメガの息子を心配して、それ自体は当然の事だろう。
 あの坂巻の家は、確か彼しかベータが居なかったはず。
 だからと言って、蔑ろにしていい存在ではないだろうに。

「ふざけるな、と言いたかったがね。まぁ、次期当主に拾われた事は、彼にとって幸運と言っていいだろうな。あの糞みたいな家族から離れられたんだから」
「……私は、咲也様の運命もすべてひっくるめて啓生様の番となるべくお生まれになったのだと思います」
「……四方ならば、そうなんだろうな。医学的には、否定したくてもそれを上回る事実がある。あぁ、面倒だな」

 はぁ、と溜息を吐いた朝陽はパソコンの通知にパッとそちらを向いた。
 どうやら検査の結果が出たようだ。
 そろそろ血液検査の結果も上がってくるだろう。

「そう言えば、今日は大人しく採血されたみたいだな」
「あぁ……いつも、大変ですからね。まぁ、咲也様が居て良かったという事ですね」
「そうだな。そう言えば、この間まで発情期だったんだよな? という事はあの傷も咲也様は見てるのか」
「えぇ、ご覧になっていると思いますが」
「あの傷を嫌がるっていうのも、次期当主は優しいんだかなんだか」
「ご自分が、肉親を殺しかけた証ですからね」

 啓生が、咲也に何と説明しているのかは知らないが、きっと本心は言っていないんだろうと宗治郎も朝陽も思っている。
 啓生の体にある傷よりも、もっとひどい傷跡が彼の祖父、そして父親にある。
 戦闘訓練で付いた傷、と言うのは間違いないけど、その事実は異なり。
 まだ幼い啓生が戦闘訓練をしていた際、祖父や父親を圧倒し、殺しかけた。
 祖父や父親の本気を受け止めて、傷は作ったものの、それ以上のダメージを与えて勝利してしまった。
 我に返った側近たちが処置しなければ、命さえ危ぶまれるほどに。
 だからこそ、啓生はあの傷が嫌いなのだ。自分の、未熟さを実感すると同時に暴走状態の自分が何をするかどうかわからない証だから。
 自分の事を自分でコントロールできなくなる、それが一番いやだと前にどこかで言っていた。
 そして、その傷を知っている朝陽も、しばらく入院して危うかった肉親の事を思い出すこの病院も啓生は嫌いなのだ。

「さって、そろそろ診察終えて帰ってもらいますかね。俺も、休日出勤なもんで帰りてぇし」
「えぇ、啓生様も咲也様もきっと、さっさと終わらせて帰りたいと思っていますのでね」
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