最愛の番になる話

屑籠

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 次の日、病院へ行くことになってついた途端に啓生が叫び声をあげた。

「げぇえええええっ!! 今日、朝陽なの!? 何で寄りにもよって、今日!!」

 頭を抱えて、いやだいやだと首を振っている。
 何がそんなに嫌なのだろう?
 俺は思わず啓生を観察してしまった。啓生が変なのは今に始まったことじゃないけど。
 
「文句を言わないでください。そもそも、朝陽さんはあなたの主治医でしょうに。無理を言って調整していただいたんですよ」
「無理しなくてもいいよってか、宗治郎僕が朝陽苦手なの知ってんじゃん!! 何で、ここぞとばかりに嫌がらせなの!?」
「いえ、朝陽さんからぜひに、と知らせてくれと言われていましたので」
「僕の意思を優先してくれてもいいじゃんかぁ~! あぁー、咲ちゃん。帰ろう。明日にしよう。そうしよう」
「ひでぇな、俺がそんなにご不満か? 次期ご当主様よ」

 ぎゃあああああっ!! と大変変な声を上げて啓生は俺の後ろに隠れるように素早く移動した。
 え、何だ? と啓生を見てから目の前に意識を戻す。
 そこに居たのは、無精ひげが特徴的なクマみたいな男がこちらを覗き込むように腰を曲げていた。
 声はそこそこ低くて、でも啓生が苦手に思う要素は何一つないような気がする。
 もう一度、啓生をちらっと見てから風都に視線を送ると、風都は溜息を吐いて苦笑いする。
 そして、ベリっと啓生をはがしてくれ、そのまま俺の前に啓生を配置した。

「アルファなら、危機にある自分のオメガを盾にしないでください」
「いやだって、この場合は咲ちゃんの方が強いよ!」

 いや、どういうことだってば。
 俺が、ベータの時だってアルファに勝てたためしはないんだけど。
 俺が混乱しながら、不安そうに啓生を見ると、啓生はぐはっ、と言いながら崩れ落ちた。

「ぐは……っ、僕の番が、僕のオメガがかわいいっっ!!」
「そんなかわいい可愛い自分の番の前で、みっともない真似晒すんじゃないです」
「風都酷くない!? この場合って、朝陽と宗治郎が悪いよね!?」

 啓生がバッと風都を見るが、風都は肩をすくめて首を横に振った。
 啓生の顔が驚愕に変わる。
 
「いえ、私も朝陽さんにはお声がけするように言われてましたので」
「裏切り者が!!」
「うるせぇぞ、次期当主! ほら、さっさと検査室行ってこいや!」

 いい加減、面倒になってきたのか、朝陽と言う医師に啓生は蹴り飛ばされていた。
 うーん、この人も風都や宗治郎と同じ人種だと納得する。
 啓生を四方の直系だと思っているけど、遠慮が無い人。遠慮? と言うのか、配慮と言うのか。
 
「ひどい……マジで、マジで朝陽は容赦ないから嫌なのに」
「啓生さんは、愛されてる? ね」
「いや、これは愛あるいじりなんかじゃないよ!? ただ単に、日ごろの鬱憤を晴らされてるだけだからね!?」
「ご自覚がおありで」

 ほぅ、と宗治郎は感嘆するように啓生を見ていた。
 ほらもー!! と啓生は俺を抱きしめてくる。

「俺の癒しは咲ちゃんだけだよ」
「うん。じゃあ、一緒に行こ。場所分からないし」

 病院の中は、記憶にあるようで病院って大抵こんな感じだよねっていう感じで、分からない。
 啓生は、この病院について詳しいだろう。何せ、あんなに嫌がっているぐらいだ。
 この病院については、四方が関係しているのかもしれない。
 どちらにしろ、啓生が居なければ行動できない。
 今日は風都も宗治郎もいるとしても。
 
「やっぱいかなきゃダメなんだよねぇええええ!!」
「啓生さん、往生際が悪いよ。早く終わらせて、早く帰ろ」
「そうだねっ、早く終わらせてイチャイチャしたいもんね」
「そんなこと言ってないけど」
「咲ちゃぁああん!?」
 
 全力で嫌だという啓生は見ていて、目新しく、面白いけれど病院自体、俺も好きじゃない。
 この消毒臭いような匂いも、薬品みたいな匂いも、白い壁もてかてかしたこの床も。
 白い、ベッドでさえ。病院というこの場所自体が、嫌な思い出をよみがえらせる。
 それを考えると、俺は啓生よりもひどく嫌いかもしれない。おかしくて笑う。

「え、何いきなり。かわいいけど、不特定多数が居る場所で笑顔ふりまいちゃだめだよ咲ちゃん。かわいいから」
「……いや、俺啓生さんより病院が嫌いだなって思って笑っちゃっただけだから」
「そうなの? じゃあ、さっさと帰ろうね」

 俺が、嫌いだと言ったからか啓生は先ほどまでの状態から一変して、てきぱきと動き始めた。
 最初からそうしていればいいのに、と宗治郎と風都は溜息を吐き、朝陽はとても珍しいものを見るような目でこちらを見つめていた。

「おい、宗治郎。お前、こっちに来て先に話を聞かせろ」
「私、ですか?」
「あぁ、先に行ってていいよ。こっちには風都が居るからね」
「はい、では参ります」

 朝陽に言われていたのか、病院に来たらいつものルートなのか、すぐに通された検査処置室。
 そこで、健康診断のように身長体重、それから血液検査など一通りの検査を実施した。
 待つ場所もVIP待遇と言うのか、隔離と言うのか、他の患者とは別の場所で待たされた。
 別に、殺風景とかそんな感じの場所じゃなくて、何か豪華な休憩室みたいな?
 冷蔵庫とかもあるし、テレビもある。
 ソファーだってふかふかで、病院にいるのかホテルの一室に居るのかわからなくなりそう。
 扉だけはきちんと病院っぽい扉で、謎に安心するんだけど。
 
「咲ちゃんなに飲む?」
「え、と? 何があるの?」
「んと、紅茶も珈琲もなんかいろいろあるよ」
「……じゃあ、お茶ちょうだい」
「はーい」

 冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶を一度封を開けて手渡してくれる。
 ありがと、と言いそれを開けてあおった。
 緊張していたのか思いのほか、すいすいと水分が体に入って行く。

「ありゃ、喉か湧いてたみたいだね。ごめんね、気が付かなくて」
「いや、自分でもびっくりしてる」
「そっか。んー、でも気を付けないとね」

 ちらりと啓生は風都を見てからふふっ、と笑う。
 啓生は炭酸水を少しだけ飲んでいた。
 そう言えば、この部屋に入ってから風都は一度も扉の前から動いていない。
 何かを警戒するように。
 これは、病院が外判定だからなのか?
 それとも、啓生が居るからなのだろうか?

「啓生さん、風都さんは休まないの?」
「風都は検査してないでしょ? 疲れてないからいいのいいの」

 啓生の言葉に風都を見ると、風都は俺の視線に少し驚いたような顔をして、それからにっこりと笑い、うなずいた。
 うーんと、少しなんか納得できない気がするけど、啓生がそう言って風都も納得しているのならいいのかな? と内心首を傾げたまま、うなずき返した。

「えぇー、何かアイコンタクトみたいでずるいんですけどぉ」
「え、何が? 啓生さんとはお話するから良くない?」
「いい、全然いい! お話しよー!」

 にこにこの啓生はやっぱり安心できる。
 真剣な顔をあまり見たことが無いって言うのもあるかもしれないけど。

「咲ちゃんは、学校に行って知りたいことは知れた?」
「ん? まぁ、うん。ちょっとだけ。でも、やっぱりアルファとかオメガとかは分からなかった」
「分からなくてもいい気もするけどね。咲ちゃんは、知らなくても僕のオメガで運命で番だし」
「運命で番で、でも、俺はオメガじゃなくてベータだった」
「うん。でも、それは僕と出会っていなかったからだね。他のアルファの番になる可能性を無くしたかったんだろうね」

 にこにこ笑ってるけど、その目は笑ってない。
 何か、怒ってる感じがするけど。
 
「運命が? 俺の血がってこと?」
「あるいは、神様がってこと。他のアルファに奪われていたとしたら、そのアルファを殺して、咲ちゃんも無理やり奪ってたと思うしね」

 にこにこと笑っている啓生から出たとは思えない言葉に、一瞬戸惑ってしまう。
 四方が守護だとは分かったけど、それだけの力があるっていうのも分かったけど、本当に啓生は手を出すのだろうか?
 
「……啓生さんが? そんな過激な事する?」
「うーん、咲ちゃんからの信頼がえぐいほどいい! 僕、そんな聖人君子じゃないからね。四方の運命を奪うなんてアルファは四方自身が決闘して奪い返すんだよ」
「それが、四方のアルファだから?」
「そう、四方のアルファだから」

 その目は笑っていなくて、それが真実だと優に伝えてくる。
 四方のアルファと言うのが、敵に回ったら恐ろしい存在なんだと頭の片隅で理解した。
 でも敵に回す、それが自分に関係あるかどうかって言うのは、きっと無いんだと思う。
 何せ、俺自身が四方の番だから。
 
「ていうか、啓生さんって神様のこと信じてたの?」
「え、信じてたって言うか、居る事は知ってるからね」
「見たこともないのに?」

 あー、そうだよねって苦笑する啓生は、俺が思っていることも理解しているようだ。
 信じる信じない以前に、居る事を知っている、とはどういう事なんだろう?
 
「見たことは無いけど、四方が四方として運命に必ず出会うことも、四方のアルファが望んで叶えられたことだもの。それに、この国のアルファに染まらないのも別の願いを叶えられたからだもの。だから、四方と言う一族そのものが神様が居るって証なの」
「神様が居るって証……?」
「そう。それに、この国の帝も。神様が願いを聞いたおかげで存在してる、神が居るっていう証だね」
「そう、なんだ。知らなかった」

 そう言えば、帝について知っていることはあまりない。
 五家の中から帝が選ばれて、この国のアルファの頂点に立つって事だけ。
 それ以外は、あまり知らない。学校でも教えてもらえたことは無い。
 秘匿されているのか、一般人には関係ないと教えられないのか。
 
「知ってる人もそう居ないからねぇ。今はもう、偶像崇拝みたいになっちゃってるし」
「でも、啓生さんは知ってた」
「そりゃあ、僕はなんてったって次期四方の当主になるからね」
「四方の中では当たり前なの?」
「当たり前っちゃ当たり前だね。ほら、祖先のお墓やお仏壇にお参りするほど、当たり前だね」
「それって、当たり前かどうかは人によるんじゃない? 多分このご時世、先祖を知らない人も、祖先のお墓を知らない人もいると思う」
「それも含めてって事。んふふ」
「なる、ほど」

 当たり前に知っている人も、知らない人もそれは一族の中に存在している、って事かな?
 でも、啓生たち四方の直系は誰しもが知っている、と言う話。ただ、それだけの話。
 でも、その話が出来たのはちょっとだけうれしかったかもしれない。
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