最愛の番になる話

屑籠

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 発情期が明けてすっきりとした頭で目が覚めた。
 ぼんやりと、眠たい目でカーテンの隙間からこぼれる光を見て、それから無性に腹が立って隣ですやすやと寝ている啓生の肩をべちっと叩いた。

「咲ちゃん、おはよ。痛いよぅ……」
「……ぅん、おはようけいせいさん」
「眠そうだねぇ。でも、匂いはちゃんと落ち着いてるかな」
「啓生さん、今日何日?」

 随分と、熱に浮かされたような気がしていた。
 啓生と一緒に過ごしていることは覚えているのに、なんだか不思議で食べ物を食べていた記憶も、排せつをしていた記憶もない。
 啓生が野生の獣みたいで、それでいて楽しそうだったのは覚えてる。
 楽しそうに答えてくれた日付は、記憶していた日よりも、本当に一週間ほどたっていた。
 一週間、と言うのは目安でしかないと、学校の授業で習った気がする。
 短い人は三日ほどで終わってしまうとも。
 俺は、重たい方なのか?
 ちらりと啓生を見れば、タイミングよく首を傾げた。

「なぁに、咲ちゃん」
「……もう、咲也って呼んでくれないのか?」
「え、あら、まぁ! 呼んで欲しいの? と言うか、呼んでいいの?」

 くすくすと笑う啓生が、俺を抱きしめてきて耳元で ”咲也” と囁くように言うから、びくっ、と体が跳ねた。

「ひぅ……っ、ぁ、やっぱり駄目」
「んっふふ、そうね。咲ちゃん」
「そっちの方が、啓生さんに合ってるよ……ねぇ、啓生さん」

 んー? と俺を見てにっこりと笑う啓生は起き抜けな事もあって、とてもセクシーだ。
 いつもの軽くて、弾ける感じの啓生も好きだが。

「俺って、発情期が重たい方なの?」
「ん? え、そうなの?」

 そうなの? と言う啓生と顔を見合わせてしまった。

「えっと、ごめんね。僕、咲ちゃん以外の発情期に何て興味なかったから……」
「俺も、知らなくて……短い、軽い人は三日ほどで終わっちゃうって、習ったから」
「あぁ、えっと、うーん……」

 啓生は言いにくそうに顔を反らした。
 啓生さん? と俺が声をかければ、観念したように俺の方を向く。

「あー、咲ちゃんの発情期が伸びたのは、僕のせい、だね」
「啓生さんの? 何で?」
「僕のフェロモンで、咲ちゃんの発情を強めちゃったから、かな? 僕もほら、咲ちゃんにあてられてラットに入っちゃったから」
「……啓生さん? 俺、二回目だったんだけど」
「ごめんね、四方のアルファが番を目の前にしてここまで我慢してた方が奇跡だから、許して?」

 ね? と抱きついてきた啓生を渾身の力で殴った。
 とはいえ、体はボロボロでそんなに力もなかったけど。

「いたいよぉー、ごめんねってー!」
「うそつき」
「あらま、ごきげんななめね」

 ぷんっ、とそっぽむいていても仕方が無いので、ため息を吐いて啓生に向き直る。

「そう言えば、啓生さんが病院が嫌いなのはその傷のせいなの?」

 啓生の背中には無数の傷跡がついていた。
 あ、と慌てて啓生は背中を隠してシーツをかぶってしまった。でも、見たことは無い事にはならない。

「えっと、あは、ははは」
「見たものは、忘れないよなかなか」
「だよねぇー……そうね、僕はこの傷跡が醜く見えて仕方が無いんだよ」
 
 はぁー、と深い溜息を吐いた啓生はちらりと伺うように俺を見た。

「この傷はね、じいちゃんと父さんに付けられたんだ」
「……え? 何で、は?」
「僕たちは四方だからね、傭兵としての名残と言うのか、戦闘訓練を小さいころからしてて、その時に付けられた傷なんだけど」
「……啓生さんのお父さんとお爺さんはあまり会った事が無いから知らないけど、実の親子で傷つけあうものなの?」
「あぁ、ちがくて。その戦闘訓練をしてる時に、僕が誤って間合いに入っちゃってね。寸止めが間に合わなかったんだけど、この傷をみると僕が弱かった頃を思い出すから嫌なんだ」

 意味が分からなかった。四方だからと言って、弱いからと言って傷ついていいわけがない。
 弱いから、それが何だって言うのだろう? 俺は、別に強いから啓生にとらわれているわけじゃない。
 けど、啓生はその弱さ、という物を嫌っているようにも思える。
 
「でも、俺は啓生さんに傷があっても無くても、別に気にしないけど」
「ですよねぇ、気にしてるのは僕だけって知ってるけど、ねぇ……痛かったんだよ、これ付けられたときは」
「それはそう。すごく、痛そう」
「痛いのって、忘れそうじゃん? でも、すっごい覚えてんだよね、これが」
「そうなんだ……啓生さんって、意外と粘着質だよね」
「えっ?」

 なぜ、そんなにも心外だと言わんばかりの顔をしているのだろう?
 とりあえず、着替えてから寝室から出る。すると、ほっとした顔をした二人がリビングに居た。

「おはようございます、咲也様。ご無事で何よりでございます」
「お、はよう、ございます」
「咲也様、体調はいかがでしょう? お食事は召しあがれそうでしょうか?」
「う、ん……大丈夫、だけど」

 発情期について、宗治郎も風都も気にしていないみたいだ。
 それでも、発情期を啓生と一緒に過ごしたことは知っているわけで、何とも言えない気持ちになるけど。
 
「それはようございます。今日は、お食事を召し上がられて、ごゆっくりお過ごしください」
「……俺、元気だよ?」
「えぇ、お元気そうで何よりです。ですが、大事を取って今日はお休みいたしましょう。そして、明日病院に向かいましょうね」

 病院で思い出した。そう言えば、発情期に入る前に、行くと言っていたが。
 予定がずれてしまったのだろう。もともとの予定を組みなおしたのなら、文句は無いけど。

「咲ちゃん、学校楽しい?」
「楽しい……? 学校って、楽しいところなの?」
「うーん……人による? でも、咲ちゃんが学校に行きたがるのって、楽しいからなのかなって思って」
「べつに? 楽しいとかじゃなくて……んー?」

 何といって良いのか迷う。別に楽しいから行きたいわけじゃなくて。
 と言うか、勉強なんてしたくない。今はもう、どこにも逃げる必要なんてないから。
 ここが安全だって言うのは、知っている。
 でも、そういうんじゃない。そうじゃ、ない。

「だって、啓生さんが」
「え、僕?」
「良いって言った」
「え、それだけ? 咲ちゃん、可愛すぎ愛しすぎ、僕の心臓壊しに来てるでしょ!!」

 はぁーっ、かわいいっ!! と啓生は言ってから咲也を抱きしめた。
 啓生は、いつも俺をかわいいっていう。発情期の時だって。本当に、俺の事見えてるのか不安だ。
 ぎゅうぎゅう抱き着いている啓生の顔を両側から挟んで、俺と向き合わせる。

「なに? どぉーしたの咲ちゃん」

 はにゃん、ととろけたように笑うから、あぁ、ちゃんと見えてるみたい? と安心して、いやちょっとまて、とかぶりを振る。

「啓生さん、俺の事見てる?」
「見てるよぉ、かんわいい咲ちゃんのお目目が僕を見つめてて、僕とぉっても幸せなんだけど」
「……啓生さん、幻を見てたわけじゃないんだ」
「え、幻って咲ちゃんの? え、本物が居るのに? あ、でもいつでも咲ちゃんを思い浮かべられるかって言ったらちゃんと思い浮かべられるから安心してね」
「いや、そんな話してないんだけど」
 
 啓生はやっぱり変な人だと改めて思う。でも、別に誰かに重ねてみてるとか、そんな感じじゃないから、いいか。
 啓生が、俺に理想を押し付けてきたことなんて無いしね。

「そう言えば、今日はそれじゃあどうするの? お休みって」
「僕と一緒にお部屋で過ごそうね。映画でもみる? さぶすくで見れるものは大体入ってるから、何でもいいよ」

 そうして、俺は啓生と一緒に一日中、部屋の中で過ごした。
 もちろん、風都や宗治郎が居たから快適には過ごせていたけど。
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