最愛の番になる話

屑籠

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 着替えて、お昼ごはんを食べてから出発した。
 雪藤のお家は、都会の中にあるらしくて、四方の世捨て人のような檻よりは普通のお家らしい。

「そう言えば、大掃除が終わったらまたあそこに戻るの?」
「同じ屋敷じゃないけどね、今は父さんと母さんが屋敷を整えてるはずだよ」
「同じ屋敷じゃない? 引っ越しするってことかな」
「まぁ、そうね。四方の屋敷って結構あるんだけど、その中で本家の四方が使ってるのが4つあって、順々に使ってるんだ。立て直したりも有るしね」

 あんなに広い屋敷が、まだ他にあと3つ有るということか。
 単純に驚いてしまう。
 この国にそんな敷地が有ったなんて知らなかった。
 でも、今は普通になってしまってきている啓生とのこの生活も、四方の檻に戻ってしまえば、また離れ離れだ。
 もちろん、風都がいるけど、でも風都は啓生ではないから。

「俺、出来るなら一緒に居てほしいけど」
「咲ちゃんっ! あぁ、なんで僕は四方なんだ! それも本家! なんで僕、本家四方なの!? こんなに可愛い番がいるのに! 僕、分家でも全然いいと思うんだけど」
「うるさいですよ、啓生様。啓生様以外に本家次期当主たり得る四方の方が居ないのですから、我慢なさい」
「何目線なの!? わかるけどね。僕よりも強い四方が居ないんだもの。仕方がないっていうのはわかるけど……いや、連星さんならワンチャン行ける気がする!」
「連星様は、絶対嫌だと言って四方のご当主様と誓約を交わしてしまったではないですか」
「ずるいよねぇ。まぁ、父さんの弟だから僕よりも自由なのは仕方がないけど、でも、酷い。僕に成り代わろうと思ってくれたって良いじゃないか」

 何を言ってるんだ、と風都も宗治郎も啓生に酷く呆れた顔をしている。

「四方の方が、今まで権力を求めたことがありますか? どこまでも人に押し付けようと思ってるんじゃないですか」
「だって、仕事なんて適当にしてもそれなりに食べていけるでしょ? 番と過ごす時間より仕事しないといけないなんて、四方の先祖を恨むしか無いし」
「啓生さんって、アルファなんだなって言うよりもお坊ちゃんだよなって思う」

 全世界を敵に回すような発言だよね、それ。
 でも、なんで? って本当に不思議そうな顔をしているし、本心なんだなぁと思う。
 啓生も風都も宗治郎も、みんなどうしてって言う顔をしているし、俺がおかしいのかなって思うけど、多分アルファと言うより四方の環境がおかしいんだろうなって。

「僕がアルファなのも、四方がお金持ちなのも間違いではないね。まぁ、だからそれなりに忙しいっていうのも有るけど」
「そのうち刺されそう。逆上とかする人に」
「怖い事言わないでよ、もう! でも、否定はできないかもね」
「……長生きしてね。俺よりも」

 残されて、一人でいるなんて嫌だ。
 啓生より先に居なくなりたい。
 
「まぁ、可愛い。全世界の皆様、これが僕の番ですよ?」
「誰に仰っているのやら。そろそろ、雪藤本家に着きますよ」
「本家? 雪藤の? おじいさんって雪藤の本家に住んでるの」
「あぁ、言ってなかったっけ? 今は、風都の父親に当主の座を譲ってるんだけど、前当主だから雪藤の本家にある離れに住んでるんだよ」

 見えてきた、と言った啓生が指さした屋敷は大きく、四方ほどではないけれど、雪藤も名家なのだと思い知らされるほど。
 屋敷の門から入り、駐車場らしき場所に車を止めると、すぐに風都が降りてきて啓生の方の扉を開いた。
 啓生が降りると、同時に俺の方の扉を宗治郎が開いてくれる。

「どうぞ、咲也様」
「ありがとう、ございます」

 そうして、降りた先の大きな屋敷の方ではなく、隣りにある家の扉をガラガラと遠慮なく啓生が開いた。

「じーちゃーん、着いたよー」
「け、啓生さん!?」
「いらっしゃーい、あがって来なされー」

 少し遠くの方から、声が聞こえてくる。おじゃましまーす、と啓生は靴を脱いで俺の手を握って向かっていく。
 中に入り、声のした方へ行くと、お茶を飲み、優雅に読書をしていた和服の男性が居た。

「じーちゃん、久しぶり」
「久しぶりですなぁ、啓生様。おや、そちらが」

 メガネの奥で、ニッコリとシワの深い目元をほころばせる。
 このおじいさんが、啓生たちのおじいさんなのか、とぼんやり観察してしまう。

「そう、僕の番で、咲ちゃんだよ」
「えっと、えぇ……咲也、です」

 雪藤と名乗るのも、坂牧を名乗るのも違う気がして名前だけ告げたら、おじいさんは目頭を抑えてしまった。
 
「なんと、可愛らしい。うちの血のつながった孫たちは可愛げのない孫ばかりで困ったものでしたが」
「じーちゃん?」

 こっちへおいで、と言いながら、手ずからお茶を入れてくれるおじいさん。
 その様子のおじいさんに、啓生は眉間にシワを寄せながら首を傾げ、風都と宗治郎はため息を吐いた。
 四方の人はとてもそっくりな人ばかりだと思ったけど、雪藤の人も変わらない気がする。

「まぁ、僕とじーちゃんに血の繋がりは無いんだけど」
「え?」
「僕の母さんが、じいちゃんに引き取られてるんだよね。咲ちゃんとおんなじ」
「なる、ほど」
「でも、風都とそーじろーの本当のじーちゃんなのは変わらないからね」
「宗治郎さんと風都さんは従兄弟なの?」
「えぇ、そうですよ。似てませんか?」
「似てないと思うけど……あ、でもおじいさんとはそっくりかな」

 俺の言葉に、宗治郎と風都はすごく嫌そうな顔をして、そしておじいさんは一人であっはっはっはっは! と笑っていた。

「宗治郎も風都も雪藤の子ですからな」
「その……血筋って、そこまで似るものなの?」
「薄まるに連れて、その使命を忘れる者たちも多く居ますが、それでも雪藤は己の使命を忘れません。それは四方のお家も変わりはないのですよ」
「おじいさんも、雪藤だから四方の誰かに仕えたいと思うの?」
「私は歳を取りすぎましたからな。この先は、隠居生活が待っているのみですよ」
「……そう言えば、おばあさんは?」

 そっと、聞いてみると、あぁ! と手を叩いておじいさんは立ち上がった。

「ぜひ、挨拶をしてやってくださいな」

 そうして開かれたふすまの向こう側には、きれいにされている仏壇がその存在感を放っていた。

「華子さん、孫たちが挨拶に来てくれましたよ。嬉しいですねぇ」
「あ……、俺、ごめんなさい」
「何を謝ることがございますか。紹介させてください、咲也様。これが、私の妻の華子ですよ」

 そう、はがきサイズの写真を持ってきて手渡してくれる。
 写真は、おじいさんと一緒に女性が笑って写っているものだった。
 おじいさんも笑っていて、とても幸せそうな写真だった。

「きれいな人……」
「そうでしょう、そうでしょう。華子さんはとてもきれいで、そして朗らかな方でした」
「おじいさんは、今でも大好きなんですね」
「もちろんですとも。華子さんは私の最愛の番さんですからねぇ」
「番……」

 幸せそうに笑うおじいさんを見て、素敵な人だったんだと改めて思う。
 番だから、とかじゃなくてきっと華子さんが素敵な人だったんだと思う。

「おばーちゃんは、朗らかなんて言葉で片付けちゃいけないでしょ」
「そうですね。お祖母様は、とてもパワフルな方ですので」
「パワフル……え、こんなにきれいな人が?」

 見た目はお淑やかな淑女と言った感じなのだが、この見た目でパワフルって言うのはわからない。

「これが、可愛げの無い孫たちですよ? 酷いものでしょう? この子達がご迷惑をおかけしていないか、このじいは心配でなりません」

 およよ、と鳴き真似をするおじいさんに、あはは、とカラ笑いが出た。

「お祖父様は私達よりも四方の血が濃いのです。曾祖母が四方のオメガだったお方なので」
「あ、なるほど。だから血がつながってるんだ……というか四方の家にもオメガって生まれるんだ」
「もちろんですとも。まぁ、滅多に生まれないのですが」
「滅多に生まれないからこそ、私の母は四方の檻で大切に大切に育てられ、父が婚姻を申し込むのも様々な課題が課され、大変だったそうです」

 さもありなん、と俺は頷いてしまった。
 なにせ、これほどまでに番に対して甘い四方の人たちだ。
 番と同じオメガ性の子どもは、番ほどじゃないにしろ大変だろうと想像はつく。

「そうなんだ……子ども、か」

 呟いた言葉に、俊敏に啓生が振り向いて目を見開いている。

「咲ちゃん、子供欲しいの?」
「え? ……え!?」

 全く考えていなかった。
 驚いて、俺も啓生さんを見つめてしまった。

「考えたことなかった」
「あ、そうなの? じゃあ、まだいいよね」

 ほっと啓生が息を吐く。どうして、そんなに安心してるのかわからないけど。
 そう言えば、自分がオメガなのだとこういう時に思い出す。
 オメガと言うことは、子どもが産めると言う事。
 でも……。

「俺、発情期が来ないけど、本当にオメガなのかな」
「んー? もちろん、僕の大事なオメガだけど……発情期?」

 啓生は、よくわからない、と言うように首をかしげていた。
 そして、あ、と唐突に声を上げる。

「咲ちゃん、抑制剤飲んでるから気がついてないだけかもね」
「よくせいざい?」
「そう、抑制剤。毎朝、僕と一緒に飲んでるよね」

 そう言えば、朝ご飯の後に一錠の薬を飲んでいる。
 それは、四方の檻にいたときからずっと。
 特に説明はされなかったけど、あれが抑制剤だったのか、と気がついた。

「ビタミン剤とか、栄養剤だと思ってた」
「あれ、説明してなかったっけ? ごめんね」

 ごめんね、とは言うが啓生は俺が聞かないと答えていないことはたくさんあると思う。
 それに、啓生が必要ないことを俺にするとは思えないから、必要なものなんだ。
 
「啓生さんもなんで飲んでるの?」

 アルファって発情期が無いはずだけど。

「僕? 僕だけじゃなくて、そーじろーも風都も飲んでるけどね? アルファの抑制剤って言うのは、オメガの発情期に当てられないようにするためのものだよ」
「オメガの発情期に? 啓生さんは、俺以外に勃起しないのに?」
「そうだよ? 咲ちゃんの匂いに釣られないように飲んでるんだけど」
「俺、臭うの?」
「いい匂いだって言わなかったっけ? すごく甘くていい匂いだよ」

 すんすんと項に近い場所で匂いを嗅ぐ啓生の頭をやめてほしくて、押す。
 んっふふ、と笑いながら戯れているような啓生に、ちょっとだけムッとした。
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