13 / 40
13(オーウェン)
しおりを挟む
エスターは善良の化身かのような令嬢だった。
華奢で上背があり均整の取れたその体格はそれだけで美しいが、何より目を引くのは艶めく栗色の髪と深いエメラルドグリーンの瞳。彼女は善であり、智であり、心打たれるほどに無垢だ。
控え目な微笑みはどこか寂寥の潜む達観した雰囲気を醸し出す。その成熟した精神の奥底で、恋に溺れた乙女が息を殺し眠っている。
危うく、それでいて尊い。
「よかった。今日は気分がよさそうだ」
私が声を掛けると、エスターは笑みを深めた。
「懺悔で救われるというのは本当ですね。気持ちが驚くほど軽くなりました」
馬車に乗り込む間際、私は自らの足を止める事で彼女を留めた。
「?」
「先日も言ったがあなたに罪はない。私たちは協力を願っただけで、あなたを裁きに来たんじゃない」
「……」
エスターは不思議そうに私を見上げていた。
そこへパーシヴァルの声が割り込む。
「そうやって睨むからですよ。レディ・ウィンダム、その司祭は見た目ほど気難しい人じゃないんで気を楽に……って言っても無理かな。でもそのうち面白くもない冗談を言いますから、期待しててください」
「揶揄うな」
睨んで黙らせようとしたがパーシヴァルには効果がなかった。
この男の鈍感さは良し悪しでいえば良い作用を齎す事の方が多いが、押しても引いても堪えない性格は扱いづらい。私の護衛騎士を務めてはいるが、私に従属しているわけではない。協力関係の均衡を保つ努力はこちらがしなければならず、その重要なポイントが何処なのか、鈍感故に特定できずにいる。
腕は立ち危機管理能力に優れ勇敢で抜け目ない男である事から、この鈍感さは芝居の可能性もある。要は食えない男だ。
「仲がよろしいのですね」
エスターが微笑み馬車に乗り込んだ。
私は一瞬パーシヴァルと目が合い、互いにぎょっとしているのを確認してから続いて馬車に乗り込む。私とパーシヴァルが並び、エスターと向かい合う形だ。
「まさか。そちらには敵いませんよ。従兄殿と」
「クリスとは兄妹同然ですから」
「いいですね、血の絆」
パーシヴァルが暗に何を言おうとしているかわかったつもりになればいいのか、極めて無礼な鈍感男と捉えればいいのか、私は悩みつつやや憤慨する。
「見てください。この恐い顔。これが仲良く見えますか?」
憎たらしい発言の直後、馬車が動き始める。
複雑な感情を抱えているはずのエスターは、持ち前の聡明さと優しい性格で恐らく取り繕うのではなく本当に自然に微笑んでいるのだろう。
全方位、隙だらけの女領主。
これがまだ年端もいかない少女の頃であればルシアン・アトウッドもさぞや楽勝だったはずだ。
こういう弱き善人への庇護欲がなくなったら人間終わりだなと考えながら、深い溜息をつく。
この先エスターを守る必要があれば、それは私の役目になるだろう。嫌だ。もう二度と守るべきものなど持ちたくなかった。だから生涯を神に捧げたというのに……
守りたいと思わせる。
深いエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
今、私に囁いているのは悪魔なのだろうか。
「マクミラン司祭?」
「え?」
エスターに呼ばれ我に返る。
「よかった。動かれた」
何故かエスターが安堵している。
「わかります。夜中に見るといっそう彫刻めいて見えますよ」
「そうかもしれません。とても美しい方なので」
「司祭ですよ、これで」
「私から言うのは憚られると弁えてはいたのですが……仰る通り、司祭様というより天使のようなお姿で驚きました」
「なんでも言ってください。この人は話しかけにくいでしょうが、俺はこの通り。従兄殿の代わりと思って」
「お世話になります」
パーシヴァルがエスターの緊張をほぐすのに成功する様を脇で眺め思い直した。
これは放っておけない。
華奢で上背があり均整の取れたその体格はそれだけで美しいが、何より目を引くのは艶めく栗色の髪と深いエメラルドグリーンの瞳。彼女は善であり、智であり、心打たれるほどに無垢だ。
控え目な微笑みはどこか寂寥の潜む達観した雰囲気を醸し出す。その成熟した精神の奥底で、恋に溺れた乙女が息を殺し眠っている。
危うく、それでいて尊い。
「よかった。今日は気分がよさそうだ」
私が声を掛けると、エスターは笑みを深めた。
「懺悔で救われるというのは本当ですね。気持ちが驚くほど軽くなりました」
馬車に乗り込む間際、私は自らの足を止める事で彼女を留めた。
「?」
「先日も言ったがあなたに罪はない。私たちは協力を願っただけで、あなたを裁きに来たんじゃない」
「……」
エスターは不思議そうに私を見上げていた。
そこへパーシヴァルの声が割り込む。
「そうやって睨むからですよ。レディ・ウィンダム、その司祭は見た目ほど気難しい人じゃないんで気を楽に……って言っても無理かな。でもそのうち面白くもない冗談を言いますから、期待しててください」
「揶揄うな」
睨んで黙らせようとしたがパーシヴァルには効果がなかった。
この男の鈍感さは良し悪しでいえば良い作用を齎す事の方が多いが、押しても引いても堪えない性格は扱いづらい。私の護衛騎士を務めてはいるが、私に従属しているわけではない。協力関係の均衡を保つ努力はこちらがしなければならず、その重要なポイントが何処なのか、鈍感故に特定できずにいる。
腕は立ち危機管理能力に優れ勇敢で抜け目ない男である事から、この鈍感さは芝居の可能性もある。要は食えない男だ。
「仲がよろしいのですね」
エスターが微笑み馬車に乗り込んだ。
私は一瞬パーシヴァルと目が合い、互いにぎょっとしているのを確認してから続いて馬車に乗り込む。私とパーシヴァルが並び、エスターと向かい合う形だ。
「まさか。そちらには敵いませんよ。従兄殿と」
「クリスとは兄妹同然ですから」
「いいですね、血の絆」
パーシヴァルが暗に何を言おうとしているかわかったつもりになればいいのか、極めて無礼な鈍感男と捉えればいいのか、私は悩みつつやや憤慨する。
「見てください。この恐い顔。これが仲良く見えますか?」
憎たらしい発言の直後、馬車が動き始める。
複雑な感情を抱えているはずのエスターは、持ち前の聡明さと優しい性格で恐らく取り繕うのではなく本当に自然に微笑んでいるのだろう。
全方位、隙だらけの女領主。
これがまだ年端もいかない少女の頃であればルシアン・アトウッドもさぞや楽勝だったはずだ。
こういう弱き善人への庇護欲がなくなったら人間終わりだなと考えながら、深い溜息をつく。
この先エスターを守る必要があれば、それは私の役目になるだろう。嫌だ。もう二度と守るべきものなど持ちたくなかった。だから生涯を神に捧げたというのに……
守りたいと思わせる。
深いエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
今、私に囁いているのは悪魔なのだろうか。
「マクミラン司祭?」
「え?」
エスターに呼ばれ我に返る。
「よかった。動かれた」
何故かエスターが安堵している。
「わかります。夜中に見るといっそう彫刻めいて見えますよ」
「そうかもしれません。とても美しい方なので」
「司祭ですよ、これで」
「私から言うのは憚られると弁えてはいたのですが……仰る通り、司祭様というより天使のようなお姿で驚きました」
「なんでも言ってください。この人は話しかけにくいでしょうが、俺はこの通り。従兄殿の代わりと思って」
「お世話になります」
パーシヴァルがエスターの緊張をほぐすのに成功する様を脇で眺め思い直した。
これは放っておけない。
116
あなたにおすすめの小説
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?
よどら文鳥
恋愛
デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。
予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。
「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」
「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」
シェリルは何も事情を聞かされていなかった。
「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」
どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。
「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」
「はーい」
同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。
シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。
だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。
(完結)婚約解消は当然でした
青空一夏
恋愛
エヴァリン・シャー子爵令嬢とイライジャ・メソン伯爵は婚約者同士。レイテ・イラ伯爵令嬢とは従姉妹。
シャー子爵家は大富豪でエヴァリンのお母様は他界。
お父様に溺愛されたエヴァリンの恋の物語。
エヴァリンは婚約者が従姉妹とキスをしているのを見てしまいますが、それは・・・・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる