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「そんな……」
「じゃあ、結婚できることになったから山荘は二人だけの秘密にした、だから誰も知らなかった、レディ・ウィンダムは浮気男を忘れたかったから山荘なんて当然調べてもいない。そういう事ですね?」
パーシヴァルの口調に叱責の色はなかったけれど、私は申し訳なくて頭を下げた。
「そうです」
「決まりでしょう。奴はそこにいる。絶好の隠れ家だ」
息巻くパーシヴァルに頷いてからマクミラン司祭が私に尋ねる。
「案内して頂けますか?」
こうして私はマクミラン司祭と騎士のパーシヴァルと共にレイヴァンズクロフトの山荘へ行くことになった。恐らくは、ルシアンを捕えるために。
でも、何かの間違いだと信じたい。
彼は真実の愛を見つけたと言って、私の元を去ったのだ。
彼も何も悪い事はしていない。
彼もただ、無垢な心で誰かを愛しただけ。ただそれが私たちを手酷く傷つける結末しか迎えられなかったというだけだ。
それを確かめればいい。
最低でも往復3日かかる為、私が不在の間はウィンダム城をクリスに守って貰わなくてはならない。クリスの日程も調整しなければならず、出発は5日延びた。
その間、マクミラン司祭とパーシヴァルは教会に滞在していた。
出発の朝。
「大丈夫よ、クリス。私たちを赤ん坊の頃から熟知している司祭が二人は信頼に値すると言っているの。あなたが心配するような事は何も起きないわ」
「だけど……」
クリスが同行できない事をいつまでも気にしている為、かなりもたついている。
「相手は聖勝者とその騎士よ。恋に狂った私より余程高貴で潔癖だわ」
「場所なら僕もわかる」
「地図を見ただけでしょう?山の中腹の少し入り組んだところにあるの。あなたがもし足を滑らせて怪我でもしたら、ミシェルになんて言えばいい?」
「僕がまぬけだと言え」
私たちのやりとりを少し離れた位置で見ていたパーシヴァルが遠慮もなしに笑っている。その傍には相変わらず現実離れした美形司祭が佇み、景色を眺めて風に髪を靡かせていた。
「……」
「まったく。両方揃えば天使と悪魔だな」
他意はなくただ見惚れていただけの私にクリスが言った。この場合、悪魔とは他の誰でもないルシアンの事だ。
彼も美しい金髪と蒼い瞳を持つとても美しい少年だった。大人になった今、夫になっているはずだった彼はどれほど素敵な大人の男性へと成長しただろうとつい想像してしまう。こんな事は彼が去って以来初めてだ。
考えないように。
思い出さないように。
私の心は彼を愛した部分だけ時を止めていた。それが動きだした。
私は恐くもあり、仄かでは済まない期待に踊らされている自分自身を感じていた。
「これでけじめがつくわ」
私はクリスの襟を直す。そして肩についてもいない埃を払い、励ますように腕を叩いた。
「あなたは私に構ってばかりだから……これが済んだら、もうミシェルと結婚して」
「エスター……」
ミシェルは私がちゃんとした正しい運命の人に出会うまでは自分も結婚しないと頑固に言い張り、その意思を貫いている。
他にもすぐには式を挙げられない理由があるにはあるのだけれど、それはクリスと過ごす時間を私が奪い続ける理由にはならない。私が自立すればいいだけの話。
あらゆる意味で、もう変えなくてはいけない。
動かなくてはいけない時期が来たのだ。
「君を男二人と行かせ、その行先はルシアンだなんて……ミシェルに言ったら終わりだ。僕は殺される」
クリスが本気で怯えている様子に思わず笑ってしまった。
「あなたが心配していたのはそっちね。安心して。ミシェルには私から話すから。──旅の無事だけ祈っていて」
改めて兄と慕う従兄を正面から見据え、私は心を込めてお辞儀する。
「留守の間、ウィンダムをよろしくお願いいたします」
「……」
クリスは言葉を見つけられないようだった。そして無言のまま私を強く抱きしめた。抱擁と微笑みを交わし、私はクリスに背を向け歩き出す。言葉は要らない。
歩き出した私の視線の先には、美しすぎる司祭とその騎士が馬車を背に佇み私を見つめている。私の贖罪の旅が始まろうとしていた。
「じゃあ、結婚できることになったから山荘は二人だけの秘密にした、だから誰も知らなかった、レディ・ウィンダムは浮気男を忘れたかったから山荘なんて当然調べてもいない。そういう事ですね?」
パーシヴァルの口調に叱責の色はなかったけれど、私は申し訳なくて頭を下げた。
「そうです」
「決まりでしょう。奴はそこにいる。絶好の隠れ家だ」
息巻くパーシヴァルに頷いてからマクミラン司祭が私に尋ねる。
「案内して頂けますか?」
こうして私はマクミラン司祭と騎士のパーシヴァルと共にレイヴァンズクロフトの山荘へ行くことになった。恐らくは、ルシアンを捕えるために。
でも、何かの間違いだと信じたい。
彼は真実の愛を見つけたと言って、私の元を去ったのだ。
彼も何も悪い事はしていない。
彼もただ、無垢な心で誰かを愛しただけ。ただそれが私たちを手酷く傷つける結末しか迎えられなかったというだけだ。
それを確かめればいい。
最低でも往復3日かかる為、私が不在の間はウィンダム城をクリスに守って貰わなくてはならない。クリスの日程も調整しなければならず、出発は5日延びた。
その間、マクミラン司祭とパーシヴァルは教会に滞在していた。
出発の朝。
「大丈夫よ、クリス。私たちを赤ん坊の頃から熟知している司祭が二人は信頼に値すると言っているの。あなたが心配するような事は何も起きないわ」
「だけど……」
クリスが同行できない事をいつまでも気にしている為、かなりもたついている。
「相手は聖勝者とその騎士よ。恋に狂った私より余程高貴で潔癖だわ」
「場所なら僕もわかる」
「地図を見ただけでしょう?山の中腹の少し入り組んだところにあるの。あなたがもし足を滑らせて怪我でもしたら、ミシェルになんて言えばいい?」
「僕がまぬけだと言え」
私たちのやりとりを少し離れた位置で見ていたパーシヴァルが遠慮もなしに笑っている。その傍には相変わらず現実離れした美形司祭が佇み、景色を眺めて風に髪を靡かせていた。
「……」
「まったく。両方揃えば天使と悪魔だな」
他意はなくただ見惚れていただけの私にクリスが言った。この場合、悪魔とは他の誰でもないルシアンの事だ。
彼も美しい金髪と蒼い瞳を持つとても美しい少年だった。大人になった今、夫になっているはずだった彼はどれほど素敵な大人の男性へと成長しただろうとつい想像してしまう。こんな事は彼が去って以来初めてだ。
考えないように。
思い出さないように。
私の心は彼を愛した部分だけ時を止めていた。それが動きだした。
私は恐くもあり、仄かでは済まない期待に踊らされている自分自身を感じていた。
「これでけじめがつくわ」
私はクリスの襟を直す。そして肩についてもいない埃を払い、励ますように腕を叩いた。
「あなたは私に構ってばかりだから……これが済んだら、もうミシェルと結婚して」
「エスター……」
ミシェルは私がちゃんとした正しい運命の人に出会うまでは自分も結婚しないと頑固に言い張り、その意思を貫いている。
他にもすぐには式を挙げられない理由があるにはあるのだけれど、それはクリスと過ごす時間を私が奪い続ける理由にはならない。私が自立すればいいだけの話。
あらゆる意味で、もう変えなくてはいけない。
動かなくてはいけない時期が来たのだ。
「君を男二人と行かせ、その行先はルシアンだなんて……ミシェルに言ったら終わりだ。僕は殺される」
クリスが本気で怯えている様子に思わず笑ってしまった。
「あなたが心配していたのはそっちね。安心して。ミシェルには私から話すから。──旅の無事だけ祈っていて」
改めて兄と慕う従兄を正面から見据え、私は心を込めてお辞儀する。
「留守の間、ウィンダムをよろしくお願いいたします」
「……」
クリスは言葉を見つけられないようだった。そして無言のまま私を強く抱きしめた。抱擁と微笑みを交わし、私はクリスに背を向け歩き出す。言葉は要らない。
歩き出した私の視線の先には、美しすぎる司祭とその騎士が馬車を背に佇み私を見つめている。私の贖罪の旅が始まろうとしていた。
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