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13(オーウェン)

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エスターは善良の化身かのような令嬢だった。

華奢で上背があり均整の取れたその体格はそれだけで美しいが、何より目を引くのは艶めく栗色の髪と深いエメラルドグリーンの瞳。彼女は善であり、智であり、心打たれるほどに無垢だ。
控え目な微笑みはどこか寂寥の潜む達観した雰囲気を醸し出す。その成熟した精神の奥底で、恋に溺れた乙女が息を殺し眠っている。

危うく、それでいて尊い。

「よかった。今日は気分がよさそうだ」

私が声を掛けると、エスターは笑みを深めた。

「懺悔で救われるというのは本当ですね。気持ちが驚くほど軽くなりました」

馬車に乗り込む間際、私は自らの足を止める事で彼女を留めた。

「?」
「先日も言ったがあなたに罪はない。私たちは協力を願っただけで、あなたを裁きに来たんじゃない」
「……」

エスターは不思議そうに私を見上げていた。
そこへパーシヴァルの声が割り込む。

「そうやって睨むからですよ。レディ・ウィンダム、その司祭は見た目ほど気難しい人じゃないんで気を楽に……って言っても無理かな。でもそのうち面白くもない冗談を言いますから、期待しててください」
「揶揄うな」

睨んで黙らせようとしたがパーシヴァルには効果がなかった。

この男の鈍感さは良し悪しでいえば良い作用を齎す事の方が多いが、押しても引いても堪えない性格は扱いづらい。私の護衛騎士を務めてはいるが、私に従属しているわけではない。協力関係の均衡を保つ努力はこちらがしなければならず、その重要なポイントが何処なのか、鈍感故に特定できずにいる。

腕は立ち危機管理能力に優れ勇敢で抜け目ない男である事から、この鈍感さは芝居の可能性もある。要は食えない男だ。

「仲がよろしいのですね」

エスターが微笑み馬車に乗り込んだ。
私は一瞬パーシヴァルと目が合い、互いにぎょっとしているのを確認してから続いて馬車に乗り込む。私とパーシヴァルが並び、エスターと向かい合う形だ。

「まさか。そちらには敵いませんよ。従兄殿と」
「クリスとは兄妹同然ですから」
「いいですね、血の絆」

パーシヴァルが暗に何を言おうとしているかわかったつもりになればいいのか、極めて無礼な鈍感男と捉えればいいのか、私は悩みつつやや憤慨する。

「見てください。この恐い顔。これが仲良く見えますか?」

憎たらしい発言の直後、馬車が動き始める。
複雑な感情を抱えているはずのエスターは、持ち前の聡明さと優しい性格で恐らく取り繕うのではなく本当に自然に微笑んでいるのだろう。

全方位、隙だらけの女領主。
これがまだ年端もいかない少女の頃であればルシアン・アトウッドもさぞや楽勝だったはずだ。

こういう弱き善人への庇護欲がなくなったら人間終わりだなと考えながら、深い溜息をつく。

この先エスターを守る必要があれば、それは私の役目になるだろう。嫌だ。もう二度と守るべきものなど持ちたくなかった。だから生涯を神に捧げたというのに……

守りたいと思わせる。
深いエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

今、私に囁いているのは悪魔なのだろうか。

「マクミラン司祭?」
「え?」

エスターに呼ばれ我に返る。

「よかった。動かれた」

何故かエスターが安堵している。

「わかります。夜中に見るといっそう彫刻めいて見えますよ」
「そうかもしれません。とても美しい方なので」
「司祭ですよ、これで」
「私から言うのは憚られると弁えてはいたのですが……仰る通り、司祭様というより天使のようなお姿で驚きました」
「なんでも言ってください。この人は話しかけにくいでしょうが、俺はこの通り。従兄殿の代わりと思って」
「お世話になります」

パーシヴァルがエスターの緊張をほぐすのに成功する様を脇で眺め思い直した。
これは放っておけない。
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