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「ところで、アライグマ令嬢って?」
騎士のパーシヴァルは気さくで人当たりがよく、話していて楽しかった。
馬車の旅の目的を忘れたわけではないけれど、彼らも……少なくともパーシヴァルの方は私の気を解そうとしてくれている。彼らの厚意を素直に受け取り、寛ぐよう努めるのが私の義務であり、それはさほど苦ではない。
但しマクミラン司祭にじっと見つめられると息が詰まる。
けれどそれは整い過ぎた外見のせいであり、私の罪悪感が敏感に反応しているせいでもあるのだから、マクミラン司祭のせいではなかった。
私は二人に笑顔を向ける。
「私がそう言ったなんて、絶対に秘密にしてくださいね」
「いやぁ、楽しみですよ。今回はお目に掛かれなかっただけで、普段はよく来るんでしょう?」
「以前は」
寂しさと苦悩を敏感に感じ取ったのか、パーシヴァルの笑顔が消える。
「ああ……微妙な年頃に差し掛かり、ヤキモチを?」
かなり言いづらそうに尋ねてくるのが可笑しくて、純粋に笑いが洩れる。
「いいえ。私とクリスの仲を妬くなんてことはありませんわ。というより、私とクリスがミシェルに夢中なんです。本当に言いなり」
「何故、来なくなったんです?」
マクミラン司祭が久しぶりに口を開く。
たまに砕けた口調を挟んでくるものの、美形司祭は依然として神々しくそこに在り、近寄り難さを纏い畏怖の念を抱かせる。
人間らしくないからこそ、マクミラン司祭にはなんでも打ち明けられてしまう。そんな不思議な感覚に慣れてきている自分にも驚きながら打ち明けた。
「ミシェルはおてんばで、そこが可愛いのですけれど……一昨年の夏に酷い落馬事故で怪我を」
「というと一年半近く前だ。元がおてんばだから、怪我をして塞ぎ込んだんですか?」
快活で気さくなパーシヴァルに言われると、多少踏み込んだ発言でも許せてしまえる。それも不思議。
「いいえ、その逆です。治療を頑張る姿なんか見せたくないから絶対にお見舞いに来ないでと、とても激しい手紙を貰ってしまって。以来、クリスが伝書鳩をしてくれています」
「思い出した!」
パーシヴァルが手を叩きマクミラン司祭の方を向く。
「フィギス伯爵と言えば60年前の戦争で英雄にのし上がったマクファーレン将軍の事ですよ。元は子爵で、軍功を認められて領地を貰いフィギス伯爵になった」
続いて私の方へ身を乗り出したパーシヴァルの瞳が輝いた。
「その孫娘ですか?」
「曾孫です」
「うわぁ。是非会いたいなぁ!」
ミシェルに対する好印象が嬉しくて、私の胸が熱くなる。パーシヴァルとは大切な何かを分かちあえた気がした。
「なるほど、それは怪我くらいではへこたれませんね。しかし、いくら勇敢とはいえ御令嬢でしょう。それなのに婚約者には姿を見せられるわけか……」
パーシヴァルが不思議そうに首を傾げる。
ミシェルもこんなふうにクルクルと表情が変わる。パーシヴァルに親しみを覚えるのはミシェルと似た部分があるからかもしれない。
マクミラン司祭はぴくりとも動かない。
けれどこの司祭も人間であるはずだし私の話を聞いているはずだから、私は二人に交互に目を遣って話し続ける。
「いいえ、最初はクリスでさえ扉越しに話をしているだけだったんです」
「だった、というと?」
「半年くらい前からは会っているそうです。でも……私はまだ駄目だって」
寂しい。
ミシェルがこのままいなくなってしまいそうで、本当はとても寂しくて辛い。
「寂しいでしょう」
マクミラン司祭が口だけ動かして硬い声を洩らした。
やはり話を聞いているし、私の心を的確に読んでいる。
「はい。でも、杖で歩けるようになったと手紙を貰いました。杖が必要なくなったら会いに行くから待っていてと……」
「それを真に受けた?」
「え?」
ふいに問い返され、虚を突かれた。
当然、何を訊かれているか理解できなかった。数秒後、ミシェルが嘘をついているのではないかと示唆されたと気づいた。
「ええ。何故そんなことを仰るの?」
ミシェルが私に嘘の手紙を書くわけがない。
それに怪我をしたミシェルのお見舞いに行けない歯痒さを必死で堪えているのに酷い。
「落馬事故なんてなければいいと何百回も思いました。嘘だったらいいのにと。でも事実です」
「疑うような訊き方をしてすみませんでした」
「え?いえ……」
素直に謝罪されてしまい、それ以上マクミラン司祭を怒っていられなくなった。更には謝罪の続きのつもりなのか、マクミラン司祭は私への気遣いともとれる言葉を口調を和らげて繋げる。
「本当なら領地経営を誰かに任せてでも、治療するミシェルを傍で支えたかった。でもミシェルがそれを望まなかった」
当たっていた。
「そうです」
「エスター」
マクミラン司祭が私を呼んだ。
名を呼ばれると、何か特別な言葉を告げられるような気がしてしまう。美しすぎる聖職者にはそんな力がある。
マクミラン司祭は優しい声音で言う。
「あなた自身の望みを叶えてもいいんですよ?」
「……」
言葉を失った。
その結果がこの旅なのに、何を言うのだろう。
私はマクミラン司祭を見つめたままゆっくりと首を振り、口から言葉が出てくるのを待っていた。けれど泣いてしまいそうで、結局、何も言えないまま俯いた。
重たい空気を変えてくれたのは気さくな騎士のパーシヴァルだったけれど、私が抱いたマクミラン司祭への苦手意識が薄れることはなかった。
見透かされてしまう。
踏み込まないという優しさがあるかないか以前に、聖職者は直視するのだ。心を。それを思い知らされた。
騎士のパーシヴァルは気さくで人当たりがよく、話していて楽しかった。
馬車の旅の目的を忘れたわけではないけれど、彼らも……少なくともパーシヴァルの方は私の気を解そうとしてくれている。彼らの厚意を素直に受け取り、寛ぐよう努めるのが私の義務であり、それはさほど苦ではない。
但しマクミラン司祭にじっと見つめられると息が詰まる。
けれどそれは整い過ぎた外見のせいであり、私の罪悪感が敏感に反応しているせいでもあるのだから、マクミラン司祭のせいではなかった。
私は二人に笑顔を向ける。
「私がそう言ったなんて、絶対に秘密にしてくださいね」
「いやぁ、楽しみですよ。今回はお目に掛かれなかっただけで、普段はよく来るんでしょう?」
「以前は」
寂しさと苦悩を敏感に感じ取ったのか、パーシヴァルの笑顔が消える。
「ああ……微妙な年頃に差し掛かり、ヤキモチを?」
かなり言いづらそうに尋ねてくるのが可笑しくて、純粋に笑いが洩れる。
「いいえ。私とクリスの仲を妬くなんてことはありませんわ。というより、私とクリスがミシェルに夢中なんです。本当に言いなり」
「何故、来なくなったんです?」
マクミラン司祭が久しぶりに口を開く。
たまに砕けた口調を挟んでくるものの、美形司祭は依然として神々しくそこに在り、近寄り難さを纏い畏怖の念を抱かせる。
人間らしくないからこそ、マクミラン司祭にはなんでも打ち明けられてしまう。そんな不思議な感覚に慣れてきている自分にも驚きながら打ち明けた。
「ミシェルはおてんばで、そこが可愛いのですけれど……一昨年の夏に酷い落馬事故で怪我を」
「というと一年半近く前だ。元がおてんばだから、怪我をして塞ぎ込んだんですか?」
快活で気さくなパーシヴァルに言われると、多少踏み込んだ発言でも許せてしまえる。それも不思議。
「いいえ、その逆です。治療を頑張る姿なんか見せたくないから絶対にお見舞いに来ないでと、とても激しい手紙を貰ってしまって。以来、クリスが伝書鳩をしてくれています」
「思い出した!」
パーシヴァルが手を叩きマクミラン司祭の方を向く。
「フィギス伯爵と言えば60年前の戦争で英雄にのし上がったマクファーレン将軍の事ですよ。元は子爵で、軍功を認められて領地を貰いフィギス伯爵になった」
続いて私の方へ身を乗り出したパーシヴァルの瞳が輝いた。
「その孫娘ですか?」
「曾孫です」
「うわぁ。是非会いたいなぁ!」
ミシェルに対する好印象が嬉しくて、私の胸が熱くなる。パーシヴァルとは大切な何かを分かちあえた気がした。
「なるほど、それは怪我くらいではへこたれませんね。しかし、いくら勇敢とはいえ御令嬢でしょう。それなのに婚約者には姿を見せられるわけか……」
パーシヴァルが不思議そうに首を傾げる。
ミシェルもこんなふうにクルクルと表情が変わる。パーシヴァルに親しみを覚えるのはミシェルと似た部分があるからかもしれない。
マクミラン司祭はぴくりとも動かない。
けれどこの司祭も人間であるはずだし私の話を聞いているはずだから、私は二人に交互に目を遣って話し続ける。
「いいえ、最初はクリスでさえ扉越しに話をしているだけだったんです」
「だった、というと?」
「半年くらい前からは会っているそうです。でも……私はまだ駄目だって」
寂しい。
ミシェルがこのままいなくなってしまいそうで、本当はとても寂しくて辛い。
「寂しいでしょう」
マクミラン司祭が口だけ動かして硬い声を洩らした。
やはり話を聞いているし、私の心を的確に読んでいる。
「はい。でも、杖で歩けるようになったと手紙を貰いました。杖が必要なくなったら会いに行くから待っていてと……」
「それを真に受けた?」
「え?」
ふいに問い返され、虚を突かれた。
当然、何を訊かれているか理解できなかった。数秒後、ミシェルが嘘をついているのではないかと示唆されたと気づいた。
「ええ。何故そんなことを仰るの?」
ミシェルが私に嘘の手紙を書くわけがない。
それに怪我をしたミシェルのお見舞いに行けない歯痒さを必死で堪えているのに酷い。
「落馬事故なんてなければいいと何百回も思いました。嘘だったらいいのにと。でも事実です」
「疑うような訊き方をしてすみませんでした」
「え?いえ……」
素直に謝罪されてしまい、それ以上マクミラン司祭を怒っていられなくなった。更には謝罪の続きのつもりなのか、マクミラン司祭は私への気遣いともとれる言葉を口調を和らげて繋げる。
「本当なら領地経営を誰かに任せてでも、治療するミシェルを傍で支えたかった。でもミシェルがそれを望まなかった」
当たっていた。
「そうです」
「エスター」
マクミラン司祭が私を呼んだ。
名を呼ばれると、何か特別な言葉を告げられるような気がしてしまう。美しすぎる聖職者にはそんな力がある。
マクミラン司祭は優しい声音で言う。
「あなた自身の望みを叶えてもいいんですよ?」
「……」
言葉を失った。
その結果がこの旅なのに、何を言うのだろう。
私はマクミラン司祭を見つめたままゆっくりと首を振り、口から言葉が出てくるのを待っていた。けれど泣いてしまいそうで、結局、何も言えないまま俯いた。
重たい空気を変えてくれたのは気さくな騎士のパーシヴァルだったけれど、私が抱いたマクミラン司祭への苦手意識が薄れることはなかった。
見透かされてしまう。
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