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第八王女アイリーン殿下が駆け落ちしていたという宮廷最大の醜聞を伏せる為、ルシアンの裁判は極秘で迅速に開かれた。
駆け落ち時から既にヴェロニカがいたのかどうか明かされはしなかったものの、身篭ってからパーシヴァルによって救出されるまでの年月、三階の鍵はルシアンとヴェロニカが管理していたということで、ルシアンは王女監禁という罪状で裁かれる。
逢引宿の経営などは小さな問題となっていた。
またルシアンが自身の命綱として儲けた娘スタシアの存在は法廷上で徹底的に隠匿されていた。
パーシヴァルによると離宮でのびのび暮らしているとのことなので、私は胸を撫で下ろした。
逃亡生活を送っていたヴェロニカは自身の罪のために再び幽閉されており、最後まで証言台に上らず、全ての陳述は役人を通して宮廷に届けられていたらしい。
私は証言台に立ち、ルシアンの生い立ちや私との婚約及び婚前逃亡などについて嘘偽りなく陳述した。
監禁場所となったレイヴァンズクロフトの山荘は私が所有しており、本来ならかなり厳しい立場になるはずだったけれど、パーシヴァルのおかげで全く咎められずに済んでしまった。
私の他、親族であるエルズワース伯爵家、幼少期から思春期を知るフィギス伯爵家が勢ぞろいで召喚され、主が不在となる各伯領には宮廷から代理の役人が派遣された。
私はオーウェンと再会し、パーシヴァルはフィギス伯爵とミシェルと出会い歓喜した。
ミシェルが杖をついて歩いている姿を見ることは許されたけれど、彼女との約束により近寄って話をすることは叶わなかった。ただ元気そうな様子を見るに、その日は遠くなさそうだ。その日を待ち侘び、私は彼女を見つめ微笑み、視線を外した。
私たちは個別に入廷した為、互いの証言を知らない。
国王陛下との誓約で各自の証言は極秘事項とされ、生涯ルシアン・アトウッドという人物についての守秘義務を負う形になった。つまり日常生活でさえも口には出せなくなったのだ。最初からそんな人物はいなかったかのように振舞う事を余儀なくされた。
控室は複数設けられ、私は主にクリスや叔母、オーウェンと過ごした。
可哀想なのはミーガンだった。
ミーガンの家族も故郷イースデイル伯領から遥々と召喚されはしたが、兄を残し父親と叔父が逃亡してしまった。ミーガンは国王や宮廷人を前に行うルシアンについての証言よりも自身の家族に怯えてしまい、警護が増員されるほどだった。
ミーガンは閉廷後、修道院へ身を寄せることが決まった。
彼女の境遇がどれほど過酷なものだったのかはわからないけれど、ルシアンに救いを求める必要があったのは事実のようだ。ただ、その為にルシアンの罪が軽減されはしなかった。
閉廷後、私はオーウェンと共にミーガンが身を寄せた王都の修道院へと足を運んだ。美しく整えられた庭で、ミーガンは更に膨らんだ腹部を手で守るような格好でベンチに座っていた。
その表情は穏やかだった。
「この子、死刑囚の子供になるんだ……男の子だったら苛めちゃうな」
「あなたは大丈夫よ」
出産を恐がっているのではないと彼女の表情と手を見ればわかる。けれどミーガンの半生を思えば不安は当然だった。
「どうして生まれてくるんだろう……私も、この子も……」
私はミーガンの隣に腰を下ろし、彼女をそっと抱きしめた。ミーガンは素直に私の肩に頭を預ける。今が一番幸せだと修道院のシスターに洩らしていると聞き、私は胸が締め付けられる思いがした。
「会わせたい誰かがいるのです」
傍に佇んでいたオーウェンが穏やかな声を掛けた。その口調はマクミラン司祭としてのものだ。
ミーガンが私に寄りかかりながらオーウェンを見上げる。
「神は試練を与えたかもしれないが、道を整えられた。地獄へ落ちる悪人であっても時に良い種を運ぶ風になる。神は母子を良い種として招き、見守られる。肉体の父が誰であるか等、神には関係ないのです」
「……あ、神父様だったんですね」
ミーガンはどこか図太いところがある。
「神様は、私とこの子を誰に会わせたいんだろう……それを確かめるまでは、生きていてもいいかな……」
あどけなさを残した顔は既に母親の表情をしている。
「助けが必要な時はウィンダムに戻って来て」
「ウィンダムに?」
ミーガンが笑う。
「あなたにとっては悪い思い出だけではないようだから」
「新しい暮らしを望むなら教皇庁で便宜を図れますよ」
私とオーウェンが続けて励ますと、ミーガンはぽつりと呟いた。
「ほらね。今が一番幸せ」
自身へ掛けた言葉だったのか、産まれてくる新しい命への呼び掛けだったのか。
私が知らなくてもいいことだ。
その後も私は遠く離れたウィンダム伯領からミーガンを気に掛けていたけれど、無事出産し母子ともに健康という報せを受け安堵し、贈り物を送った。
新しい人生の助けになればいい。
駆け落ち時から既にヴェロニカがいたのかどうか明かされはしなかったものの、身篭ってからパーシヴァルによって救出されるまでの年月、三階の鍵はルシアンとヴェロニカが管理していたということで、ルシアンは王女監禁という罪状で裁かれる。
逢引宿の経営などは小さな問題となっていた。
またルシアンが自身の命綱として儲けた娘スタシアの存在は法廷上で徹底的に隠匿されていた。
パーシヴァルによると離宮でのびのび暮らしているとのことなので、私は胸を撫で下ろした。
逃亡生活を送っていたヴェロニカは自身の罪のために再び幽閉されており、最後まで証言台に上らず、全ての陳述は役人を通して宮廷に届けられていたらしい。
私は証言台に立ち、ルシアンの生い立ちや私との婚約及び婚前逃亡などについて嘘偽りなく陳述した。
監禁場所となったレイヴァンズクロフトの山荘は私が所有しており、本来ならかなり厳しい立場になるはずだったけれど、パーシヴァルのおかげで全く咎められずに済んでしまった。
私の他、親族であるエルズワース伯爵家、幼少期から思春期を知るフィギス伯爵家が勢ぞろいで召喚され、主が不在となる各伯領には宮廷から代理の役人が派遣された。
私はオーウェンと再会し、パーシヴァルはフィギス伯爵とミシェルと出会い歓喜した。
ミシェルが杖をついて歩いている姿を見ることは許されたけれど、彼女との約束により近寄って話をすることは叶わなかった。ただ元気そうな様子を見るに、その日は遠くなさそうだ。その日を待ち侘び、私は彼女を見つめ微笑み、視線を外した。
私たちは個別に入廷した為、互いの証言を知らない。
国王陛下との誓約で各自の証言は極秘事項とされ、生涯ルシアン・アトウッドという人物についての守秘義務を負う形になった。つまり日常生活でさえも口には出せなくなったのだ。最初からそんな人物はいなかったかのように振舞う事を余儀なくされた。
控室は複数設けられ、私は主にクリスや叔母、オーウェンと過ごした。
可哀想なのはミーガンだった。
ミーガンの家族も故郷イースデイル伯領から遥々と召喚されはしたが、兄を残し父親と叔父が逃亡してしまった。ミーガンは国王や宮廷人を前に行うルシアンについての証言よりも自身の家族に怯えてしまい、警護が増員されるほどだった。
ミーガンは閉廷後、修道院へ身を寄せることが決まった。
彼女の境遇がどれほど過酷なものだったのかはわからないけれど、ルシアンに救いを求める必要があったのは事実のようだ。ただ、その為にルシアンの罪が軽減されはしなかった。
閉廷後、私はオーウェンと共にミーガンが身を寄せた王都の修道院へと足を運んだ。美しく整えられた庭で、ミーガンは更に膨らんだ腹部を手で守るような格好でベンチに座っていた。
その表情は穏やかだった。
「この子、死刑囚の子供になるんだ……男の子だったら苛めちゃうな」
「あなたは大丈夫よ」
出産を恐がっているのではないと彼女の表情と手を見ればわかる。けれどミーガンの半生を思えば不安は当然だった。
「どうして生まれてくるんだろう……私も、この子も……」
私はミーガンの隣に腰を下ろし、彼女をそっと抱きしめた。ミーガンは素直に私の肩に頭を預ける。今が一番幸せだと修道院のシスターに洩らしていると聞き、私は胸が締め付けられる思いがした。
「会わせたい誰かがいるのです」
傍に佇んでいたオーウェンが穏やかな声を掛けた。その口調はマクミラン司祭としてのものだ。
ミーガンが私に寄りかかりながらオーウェンを見上げる。
「神は試練を与えたかもしれないが、道を整えられた。地獄へ落ちる悪人であっても時に良い種を運ぶ風になる。神は母子を良い種として招き、見守られる。肉体の父が誰であるか等、神には関係ないのです」
「……あ、神父様だったんですね」
ミーガンはどこか図太いところがある。
「神様は、私とこの子を誰に会わせたいんだろう……それを確かめるまでは、生きていてもいいかな……」
あどけなさを残した顔は既に母親の表情をしている。
「助けが必要な時はウィンダムに戻って来て」
「ウィンダムに?」
ミーガンが笑う。
「あなたにとっては悪い思い出だけではないようだから」
「新しい暮らしを望むなら教皇庁で便宜を図れますよ」
私とオーウェンが続けて励ますと、ミーガンはぽつりと呟いた。
「ほらね。今が一番幸せ」
自身へ掛けた言葉だったのか、産まれてくる新しい命への呼び掛けだったのか。
私が知らなくてもいいことだ。
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