14 / 58
14
しおりを挟む
結婚から半年も経つと私にも心境の変化が訪れた。
バラクロフ侯爵夫人である私が女主として晩餐会を主催し、バラクロフ侯爵家の名で貴族たちを招く。
パートランド伯爵令嬢であった頃とは違う顔ぶれに僅かな緊張を覚えたものだが、中に混じる見知った顔に安堵するわけでもなかった。
私への態度が一変していた。
パートランド伯爵令嬢フェルネであった頃、私は丁重に持成され随分と優しくされたものだ。
バラクロフ侯爵夫人となった今、夫と両親以外の貴族は須らく私に傅く。
どちらもこの体に流れる王族の血によるものだと推察するのは難しくない。
人の妻となった私は新たな王家の末裔を産むことを期待されている。
そういうことだ。
私はこの精神的な仕組みに気づいたとき、それを重圧とは感じなかった。
寧ろ私に与えられた責務に誇りを覚えた。
初めてこの体に流れる血の意味を知った。
レジナルドは夫として最も好ましいように思えた。
かつて婚約者であったサディアスでは不釣り合いだ。
今は何処で何をしているのか知れない。
リディには運命的なものを感じてしまう。これは私にとって我ながら驚く思考だったが、彼女がいなければ私はレジナルドと結婚しなかっただろう。
或いは、したかもしれない。
運命というものが本当に存在しているのであれば。
そうだとしたならばサディアスとリディに下された真実の愛という幻想さえも、人は運命と呼ぶのかもしれない。
人の妻となって自分の人生を思う時、あの二人に思いを馳せるのは可笑しいだろうか。
私はそうは思わない。
バルコニーに立ち雄大な大地を眺めながら、自分の人生を見つめ直す。未来を見つめる。
「あっ」
目が痛い。
塵か何か風に乗って眼球に触れたらしい。
私が俯き目尻を押さえた瞬間、突如として鼻が疼いた。
「ん?」
初めての、感覚。
これは……いったい……
「ウッキュ!」
疼く。
たまらなく鼻が疼く。
疼く。
疼く。
滾るこの焦燥。
この感覚はまさに、命の──
「ウェッキュ!ヴェッくしゅん!!」
くしゃみが止まらない。
目が痒い。
清々しい風に何か煮炊きして起きた危険な煙でも含まれてしまったか。
体が震えるほどにくしゃみが迸る。
これはたまらない。何にもまして動揺が隠せない。
「奥様!?」
侍女すら狼狽えるくしゃみの暴発。
私は顔を覆い部屋に引き返した。
バラクロフ侯爵家の使用人はこれを春の病と呼んだ。
用意されたハーブティーを飲むと多少の落ち着きを見せたものの、やはり目と鼻、そして頭が慢性的に不調を示す。
体調不良時のように不可抗力ながらぼんやりしてしまうのだ。
春に繰り返すというこの風土病は私に王家の末裔を産むという責務を忘れさせるだけの威力を充分すぎる程に有していた。
私は考えることすら断念し、只日々をハーブティーに依存しやり過ごすこととなった。
目が痒い。
バラクロフ侯爵夫人である私が女主として晩餐会を主催し、バラクロフ侯爵家の名で貴族たちを招く。
パートランド伯爵令嬢であった頃とは違う顔ぶれに僅かな緊張を覚えたものだが、中に混じる見知った顔に安堵するわけでもなかった。
私への態度が一変していた。
パートランド伯爵令嬢フェルネであった頃、私は丁重に持成され随分と優しくされたものだ。
バラクロフ侯爵夫人となった今、夫と両親以外の貴族は須らく私に傅く。
どちらもこの体に流れる王族の血によるものだと推察するのは難しくない。
人の妻となった私は新たな王家の末裔を産むことを期待されている。
そういうことだ。
私はこの精神的な仕組みに気づいたとき、それを重圧とは感じなかった。
寧ろ私に与えられた責務に誇りを覚えた。
初めてこの体に流れる血の意味を知った。
レジナルドは夫として最も好ましいように思えた。
かつて婚約者であったサディアスでは不釣り合いだ。
今は何処で何をしているのか知れない。
リディには運命的なものを感じてしまう。これは私にとって我ながら驚く思考だったが、彼女がいなければ私はレジナルドと結婚しなかっただろう。
或いは、したかもしれない。
運命というものが本当に存在しているのであれば。
そうだとしたならばサディアスとリディに下された真実の愛という幻想さえも、人は運命と呼ぶのかもしれない。
人の妻となって自分の人生を思う時、あの二人に思いを馳せるのは可笑しいだろうか。
私はそうは思わない。
バルコニーに立ち雄大な大地を眺めながら、自分の人生を見つめ直す。未来を見つめる。
「あっ」
目が痛い。
塵か何か風に乗って眼球に触れたらしい。
私が俯き目尻を押さえた瞬間、突如として鼻が疼いた。
「ん?」
初めての、感覚。
これは……いったい……
「ウッキュ!」
疼く。
たまらなく鼻が疼く。
疼く。
疼く。
滾るこの焦燥。
この感覚はまさに、命の──
「ウェッキュ!ヴェッくしゅん!!」
くしゃみが止まらない。
目が痒い。
清々しい風に何か煮炊きして起きた危険な煙でも含まれてしまったか。
体が震えるほどにくしゃみが迸る。
これはたまらない。何にもまして動揺が隠せない。
「奥様!?」
侍女すら狼狽えるくしゃみの暴発。
私は顔を覆い部屋に引き返した。
バラクロフ侯爵家の使用人はこれを春の病と呼んだ。
用意されたハーブティーを飲むと多少の落ち着きを見せたものの、やはり目と鼻、そして頭が慢性的に不調を示す。
体調不良時のように不可抗力ながらぼんやりしてしまうのだ。
春に繰り返すというこの風土病は私に王家の末裔を産むという責務を忘れさせるだけの威力を充分すぎる程に有していた。
私は考えることすら断念し、只日々をハーブティーに依存しやり過ごすこととなった。
目が痒い。
300
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。
彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う!
「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」
「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」
貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。
それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム!
そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。
ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。
婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。
そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!?
「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」
復讐も愛憎劇も不要!
ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!?
優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね
祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」
婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。
ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。
その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。
「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」
*****
全18話。
過剰なざまぁはありません。
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる