24 / 58
24(レジナルド)
しおりを挟む
久しぶりに対峙した妻フェルネの思いがけない人間味に少なからず感心しながら厩舎に向かう。
時を越えた真実の愛だのなんだとの揶揄されがちだが関係ない。
今、初めて私たちの人生は交わり、私たちだけの物語が紡がれている。
母が生きていたなら同じような夢物語に心を踊らせるだろうか。
「……」
母を想うと幼き日に置き去りにしたはずの悲愴が滓のように鈍く緩慢ながら私を捕える。
しかしその瞬間に妻フェルネの盛大なくしゃみが脳裏に蘇った。
「……跡継ぎか」
弟がくしゃみの拍子で出て来ていたら、今頃……
「ふっ」
私としたことが。
過去を嘆きもしもと空想を繰り広げても虚しいだけだというのに。
「……」
忘れたはずの痛みよりも、寧ろ楽しいような錯覚を覚える。それもこれもフェルネの思いがけない人間味に触発されてのことだろう。
終わりなき艱難のようで対処次第ながら破壊的なくしゃみ。
私の亡き母と弟を偲ぶ静謐さを湛えた穏やかな眼差し。
妻が私の心に火を灯す。
心に実体があればの話だが、深く考えるには及ばない。比喩。或いは慣用句。
妻フェルネには私の心を惹き付ける真理のような何かが備わっているが、人々はそれを先祖の悲恋と絡めてしか語ろうとしない。
だが私は違う。
そんなものは唾棄すべき絵空事だと以前は考えていた。
しかし妻フェルネと再会して理解した。
祖父には及ばないにしろ、祖父がシャーリン王女に抱いた想いと同じ素質が私の中にもあるようだ。
義務でも正義感でもなく、夫という立場さえ霞むほどに尽くしてみたくなる。
私に気の無い素振りでそれはそれで風通しがよく好ましいのだが、ふとした瞬間に思いがけない心の交流が生まれる。それが楽しい。
そう、フェルネと過ごす一瞬は須らく楽しい。
恋だの愛だのと言葉にしなければならないなら、いっそ、時を越えた真実の愛と吹聴される通りその言葉を用いても構わない。
夫婦の相互理解に他人の踏み込む余地はないのだ。
人は常に好き勝手な思考をさも事実のように吹聴し、それが事実だと思い込む。貴族社会に於いては噂話を忌避するのがせいぜいで、噂話そのものを消し去るのは不可能に近い。口を塞ぐわけにもいかない。極めて些末な事情でありながら手を汚すなど言語道断。
私は今後、尋ねられれば妻フェルネ以外にも断言しよう。
先祖の悲恋は関係ないと。
「何故だろう。そうしたい」
愛馬の首を撫で自分が微笑んでいる事実に気づいたが、それさえ心地よく思える。
相互作用で変化していく。
私とフェルネは私たちでしか辿り着けない未来へと向かい、やがて完成するのだろう。
これは先祖たちではなく、私とフェルネ、二人の運命だ。
時を越えた真実の愛だのなんだとの揶揄されがちだが関係ない。
今、初めて私たちの人生は交わり、私たちだけの物語が紡がれている。
母が生きていたなら同じような夢物語に心を踊らせるだろうか。
「……」
母を想うと幼き日に置き去りにしたはずの悲愴が滓のように鈍く緩慢ながら私を捕える。
しかしその瞬間に妻フェルネの盛大なくしゃみが脳裏に蘇った。
「……跡継ぎか」
弟がくしゃみの拍子で出て来ていたら、今頃……
「ふっ」
私としたことが。
過去を嘆きもしもと空想を繰り広げても虚しいだけだというのに。
「……」
忘れたはずの痛みよりも、寧ろ楽しいような錯覚を覚える。それもこれもフェルネの思いがけない人間味に触発されてのことだろう。
終わりなき艱難のようで対処次第ながら破壊的なくしゃみ。
私の亡き母と弟を偲ぶ静謐さを湛えた穏やかな眼差し。
妻が私の心に火を灯す。
心に実体があればの話だが、深く考えるには及ばない。比喩。或いは慣用句。
妻フェルネには私の心を惹き付ける真理のような何かが備わっているが、人々はそれを先祖の悲恋と絡めてしか語ろうとしない。
だが私は違う。
そんなものは唾棄すべき絵空事だと以前は考えていた。
しかし妻フェルネと再会して理解した。
祖父には及ばないにしろ、祖父がシャーリン王女に抱いた想いと同じ素質が私の中にもあるようだ。
義務でも正義感でもなく、夫という立場さえ霞むほどに尽くしてみたくなる。
私に気の無い素振りでそれはそれで風通しがよく好ましいのだが、ふとした瞬間に思いがけない心の交流が生まれる。それが楽しい。
そう、フェルネと過ごす一瞬は須らく楽しい。
恋だの愛だのと言葉にしなければならないなら、いっそ、時を越えた真実の愛と吹聴される通りその言葉を用いても構わない。
夫婦の相互理解に他人の踏み込む余地はないのだ。
人は常に好き勝手な思考をさも事実のように吹聴し、それが事実だと思い込む。貴族社会に於いては噂話を忌避するのがせいぜいで、噂話そのものを消し去るのは不可能に近い。口を塞ぐわけにもいかない。極めて些末な事情でありながら手を汚すなど言語道断。
私は今後、尋ねられれば妻フェルネ以外にも断言しよう。
先祖の悲恋は関係ないと。
「何故だろう。そうしたい」
愛馬の首を撫で自分が微笑んでいる事実に気づいたが、それさえ心地よく思える。
相互作用で変化していく。
私とフェルネは私たちでしか辿り着けない未来へと向かい、やがて完成するのだろう。
これは先祖たちではなく、私とフェルネ、二人の運命だ。
227
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。
彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う!
「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」
「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」
貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。
それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム!
そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。
ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。
婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。
そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!?
「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」
復讐も愛憎劇も不要!
ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!?
優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね
祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」
婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。
ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。
その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。
「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」
*****
全18話。
過剰なざまぁはありません。
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる