25 / 58
25(ジェマ)
しおりを挟む
「では別荘はオックススプリング侯領で決定だな」
「ええ。あなたも親戚の近くで過ごしていると思えば安心でしょう」
「君が不貞を働く心配などしていない。だから旅を勧めた」
「安否の話よ」
「ああ、安否か」
「妃殿下の酒癖が悪いくらい極寒のホイットモアに比べたら些末な問題よ。妃殿下一人どうとでもできる」
「発言には気を付けろ。血筋で勝てるのは妃殿下が王子か王女の母になる前までだ。それにしても君が恨み節とは珍しい」
「あなたも凍っていらっしゃい。なぜあの地を旅程に含めたのか正気を疑ったわ。殺す気?」
「憎まれたな。ほら、今夜のぬるいスープを堪能しろ」
「言われなくても堪能してる」
「美味いか?」
「普通よ」
絶対に仲良しよね?
互いに気の無い素振りで形式上のやっつけ結婚に思えた当初から、この二人は会話が弾んでいた。
気の無い素振りも含めて気が合う二人。
それが私の印象だ。
「普通か。それが一番だ」
うん。
普通に仲良し夫婦。
「同感よ。なぜかしら。人生の中で微々たる日数しか住んでいないのに帰って来た気分」
「帰って来たんだ」
「ええ。この席に座ってスープを啜るのが普通な気がする」
「それは結構」
「くしゃみの勢いで食事中に頬の内側を噛んだわ」
「咥内の負傷は甘く見ると危険だぞ」
「もう治った」
「先に言え。何時の話だ」
「春よ」
私はフェルネ様に仕えて通算5年になるが、未だかつてここまで会話の弾んだ相手を見たことがない。
顔を合わせればひっきりなしに喋り続けている。会釈で済めばいいような時でさえ、すれ違いながら楽に声の届く限界まで会話している。
「春に硬いパンは危ない。以前、初めての春の病で負傷した男がいる」
それはたぶん二階担当のハンス。
ハーブティーでは落ち着かなかったフェルネ様を真っ赤な涙目で見送ってくれた気のいいフットマンだ。
「どうなったの?」
「前歯が欠けた」
それでも優しい笑顔だった。
「勢いがつきすぎたのね」
「私ではない」
「でしょうね」
「ふん。私の顔をつぶさに観察しているとは驚きだ」
「誰であれ舌を噛まなくてよかったわ」
本人もそう言っていた。
「君は?」
「頬で懲りて気を付けた」
「前歯の欠けた侯爵夫人というのは話題になるだろう」
「もしそうなったら真珠の差し歯を作ってちょうだい」
「なるほど。君の口は微笑むと光るわけか」
「本気にしないで。冗談よ」
冗談なんて言う人ではなかった。
私は真珠の前歯で微笑む我が主を想像し笑いを堪える。無表情で侍る私を誰か褒めて。
「君が冗談を言うとは」
「!?」
バラクロフ侯爵が微かな笑みを浮かべたのを目の当たりにした配膳係のメイドが驚愕している。
「光ってるのはあなたの眼鏡」
「ハハ」
次の瞬間、紛うことなきバラクロフ侯爵の笑い声にバラクロフ侯爵家の使用人一同が驚愕のあまり時を止めた。パートランド伯爵家から来て日の浅い私でさえ驚いたのだ。彼らの心境は察して余りある。
「あなた笑うのね」
誰もがそう思っている。
今日も夏の和やかな食卓では夫婦の会話が弾んでいる。
「ええ。あなたも親戚の近くで過ごしていると思えば安心でしょう」
「君が不貞を働く心配などしていない。だから旅を勧めた」
「安否の話よ」
「ああ、安否か」
「妃殿下の酒癖が悪いくらい極寒のホイットモアに比べたら些末な問題よ。妃殿下一人どうとでもできる」
「発言には気を付けろ。血筋で勝てるのは妃殿下が王子か王女の母になる前までだ。それにしても君が恨み節とは珍しい」
「あなたも凍っていらっしゃい。なぜあの地を旅程に含めたのか正気を疑ったわ。殺す気?」
「憎まれたな。ほら、今夜のぬるいスープを堪能しろ」
「言われなくても堪能してる」
「美味いか?」
「普通よ」
絶対に仲良しよね?
互いに気の無い素振りで形式上のやっつけ結婚に思えた当初から、この二人は会話が弾んでいた。
気の無い素振りも含めて気が合う二人。
それが私の印象だ。
「普通か。それが一番だ」
うん。
普通に仲良し夫婦。
「同感よ。なぜかしら。人生の中で微々たる日数しか住んでいないのに帰って来た気分」
「帰って来たんだ」
「ええ。この席に座ってスープを啜るのが普通な気がする」
「それは結構」
「くしゃみの勢いで食事中に頬の内側を噛んだわ」
「咥内の負傷は甘く見ると危険だぞ」
「もう治った」
「先に言え。何時の話だ」
「春よ」
私はフェルネ様に仕えて通算5年になるが、未だかつてここまで会話の弾んだ相手を見たことがない。
顔を合わせればひっきりなしに喋り続けている。会釈で済めばいいような時でさえ、すれ違いながら楽に声の届く限界まで会話している。
「春に硬いパンは危ない。以前、初めての春の病で負傷した男がいる」
それはたぶん二階担当のハンス。
ハーブティーでは落ち着かなかったフェルネ様を真っ赤な涙目で見送ってくれた気のいいフットマンだ。
「どうなったの?」
「前歯が欠けた」
それでも優しい笑顔だった。
「勢いがつきすぎたのね」
「私ではない」
「でしょうね」
「ふん。私の顔をつぶさに観察しているとは驚きだ」
「誰であれ舌を噛まなくてよかったわ」
本人もそう言っていた。
「君は?」
「頬で懲りて気を付けた」
「前歯の欠けた侯爵夫人というのは話題になるだろう」
「もしそうなったら真珠の差し歯を作ってちょうだい」
「なるほど。君の口は微笑むと光るわけか」
「本気にしないで。冗談よ」
冗談なんて言う人ではなかった。
私は真珠の前歯で微笑む我が主を想像し笑いを堪える。無表情で侍る私を誰か褒めて。
「君が冗談を言うとは」
「!?」
バラクロフ侯爵が微かな笑みを浮かべたのを目の当たりにした配膳係のメイドが驚愕している。
「光ってるのはあなたの眼鏡」
「ハハ」
次の瞬間、紛うことなきバラクロフ侯爵の笑い声にバラクロフ侯爵家の使用人一同が驚愕のあまり時を止めた。パートランド伯爵家から来て日の浅い私でさえ驚いたのだ。彼らの心境は察して余りある。
「あなた笑うのね」
誰もがそう思っている。
今日も夏の和やかな食卓では夫婦の会話が弾んでいる。
238
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
殿下、もう何もかも手遅れです
魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。
葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。
全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。
アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。
自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。
勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。
これはひとつの国の終わりの物語。
★他のサイトにも掲載しております
★13000字程度でサクッとお読み頂けます
王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました
鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる