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36(サディアス)
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「ワイラー!!」
「!?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
僕の腕の中で愛に目覚め蕩けているはずだったヒルダが、他の男の名を呼んだ。それも大声で。
「ワイラー!助けて!助けて!!」
「え、ヒルダ?」
「ワイラー!!」
立て続く絶叫に僕は呆気にとられ少しだけ腕の力を抜いてしまった。
それでもヒルダは僕から離れはしなかった。正確には狭い一室に配置された長椅子がいい仕事をしてくれてヒルダの動きを封じてくれたのだ。
僕は難なくヒルダを片腕に抱き、空いた手で長椅子に掴まって二人分の体を支えていた。
「困ったな。拍子抜けだよ」
「ワイラーッ!!」
さっきまで死人のように白かったヒルダが、今や真っ赤な顔で激高しこめかみには青筋を立て怒号を上げている。その口を僕の唇で塞いでもよかったが、混乱しているヒルダが間違って噛みついて来たら互いに痛い思い出を抱えてしまうのでやめた。二人にとって初めてのキスが血の味というのはあまりロマンチックじゃない。だから笑って眺めていた。
すると──
「ヒルダ!」
あろうことかワイラーが現れた。
「は?」
信じられない。
僕は驚いて小さな礼拝堂の入口を肩越しに見遣る。
「……」
おっと。
人殺しの目つきで長椅子を蹴散らし突進してくるじゃないか恐すぎる。
「ワイラー!遅い!!」
「てめえ、この屑野郎!ヒルダを離せ!クソが!!」
「うわっ」
まるで猫の仔でも放り投げるような手つきでワイラーという野蛮人が僕の首根っこを掴んで放り投げた。本当にそうされた。驚愕以外の何物でもない。僕は一瞬宙を舞い、ぐるりと天井から横向きの壁を見て長椅子に落下した。
「ぐがっ」
激痛と屈辱。
僕はあまりの辛さと肉体的な反応として涙を流しながら必死に身を起こしたが、そこで信じられないものを見聞きした。
ヒルダがワイラーにしがみ付き、僕を睨んで声を震わせていたのだ。
「あ、あいつ……私があいつを愛してるって……私たちの間にある愛を感じろとか、わ、わけのわからないことを……っ」
泣いてはいない。
泣いてはいないが、瞠目し僕を悪者に仕立て上げる気迫は冗談では済まされないものだった。ほとんど気が狂ってしまったみたいに、僕に悪魔を重ねて見ているかのようにしてヒルダは震えている。
「大丈夫だよ、ヒルダ……二人で乗り越えよう」
罪深い愛に溺れるのが恐くて取り乱しているのだろうと思い優しく声を掛けるも、ヒルダは一層鬼気迫る勢いで僕を睨み、僕を指差し、ワイラーに言った。
「ほら!完全に妄想してる!勝手に私と密会してる気になって、無理矢理私を抱え込んで、顔を寄せたり、『君は僕のもの』だとか……気持ち悪い!」
「そんな、ヒルダ……!?」
いくらこの愛が大きすぎて恐いからって、逃げる為に僕を貶め過ぎだろう。だけど許せる。ヒルダは穢れない無垢なシスターだったのだから、恐がって当然なのだ。
拒否反応が大きいということは、つまり、僕らの間にあるのが神をも恐れさせる大きな真実の愛であるということ。
僕は痛みを堪え、長椅子に掴まりながら笑顔で姿勢を正した。
「!」
ヒルダは怯えてワイラーの後ろに隠れてしまう。
違う違う。
そうじゃない。
頼るべき男を間違えている。
「人の親になって、見所があるように思えたが間違いだった。この見下げ果てたろくでなしが」
まったく。
無礼極まりない邪魔者め。視界い入るだけでも吐気がする。
「ちょっと口の利き方に気を付けてくれないかな。あと、ヒルダを我が物顔で隠してないで返してくれ」
「てめえ、頭おかしいんじゃないか?」
「うん、まあ、そっちにはこの愛の欠片も理解できないと思うけど」
「愛だって?」
ワイラーが残酷な殺意を宿した目を眇める。
ヒルダに悪影響だ。いい機会だからはっきりさせよう。
「ああ。僕はヒルダを愛している。ヒルダも僕を愛しているが想いの大きさに驚いて否定しているんだ。邪魔が入らなければ僕たちはちゃんと愛し合えた。僕とヒルダは真実の愛で結ばれているからね。僕の愛の篭ったキスでヒルダは花開くところだったよ」
「勘違いだ」
「否。勘違いしているのは君の方だ。仲間を8人も殺すような男はヒルダと同じ空気を吸うことさえ許されない。そうやって壁になることさえ──」
ガタリ、と長椅子が音を立てて動いた。
細身のヒルダがワイラーの背後から滑り出て押し退けたのだ。
そして僕を憤りの表情で凝視し、低く囁いた。
「ワイラーを侮辱したわね。何様?」
僕は哀しみに思わず首を振る。
「この男は君が心を許していい相手じゃないんだ。可哀相に。君は神に見棄てられ、こんな村で狂暴な男に支配されて……もう大丈夫だよ、これからは僕が傍にいてあげる」
「何を言うの?神は私を見棄ててはいない。神は私を生き永らえさせ、騎士を与え、教会を与えた。ワイラーは私の騎士よ」
「どうしてもそう思いたいんだね。友情が芽生えているのかな。だけど終わりだ。最初に言った通り、この村は僕が統治する。まず手始めに僕らを阻むこの殺人鬼を追放しよう」
「あんたこそ出て行きなさい。汚らわしい」
「困ったなぁ。あのね、ヒルダ。さっきは虚をつかれて無抵抗に放り投げられたけど、僕はこんな男一人今すぐ始末できるんだよ。僕は──」
エヴァンズ伯爵令息なんだ、と。
そう打ち明けようとしていた時。
「馬鹿言ってんじゃねえ。てめえは此処で死ぬんだよ」
ワイラーが呻るよう呟いた。
「!?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
僕の腕の中で愛に目覚め蕩けているはずだったヒルダが、他の男の名を呼んだ。それも大声で。
「ワイラー!助けて!助けて!!」
「え、ヒルダ?」
「ワイラー!!」
立て続く絶叫に僕は呆気にとられ少しだけ腕の力を抜いてしまった。
それでもヒルダは僕から離れはしなかった。正確には狭い一室に配置された長椅子がいい仕事をしてくれてヒルダの動きを封じてくれたのだ。
僕は難なくヒルダを片腕に抱き、空いた手で長椅子に掴まって二人分の体を支えていた。
「困ったな。拍子抜けだよ」
「ワイラーッ!!」
さっきまで死人のように白かったヒルダが、今や真っ赤な顔で激高しこめかみには青筋を立て怒号を上げている。その口を僕の唇で塞いでもよかったが、混乱しているヒルダが間違って噛みついて来たら互いに痛い思い出を抱えてしまうのでやめた。二人にとって初めてのキスが血の味というのはあまりロマンチックじゃない。だから笑って眺めていた。
すると──
「ヒルダ!」
あろうことかワイラーが現れた。
「は?」
信じられない。
僕は驚いて小さな礼拝堂の入口を肩越しに見遣る。
「……」
おっと。
人殺しの目つきで長椅子を蹴散らし突進してくるじゃないか恐すぎる。
「ワイラー!遅い!!」
「てめえ、この屑野郎!ヒルダを離せ!クソが!!」
「うわっ」
まるで猫の仔でも放り投げるような手つきでワイラーという野蛮人が僕の首根っこを掴んで放り投げた。本当にそうされた。驚愕以外の何物でもない。僕は一瞬宙を舞い、ぐるりと天井から横向きの壁を見て長椅子に落下した。
「ぐがっ」
激痛と屈辱。
僕はあまりの辛さと肉体的な反応として涙を流しながら必死に身を起こしたが、そこで信じられないものを見聞きした。
ヒルダがワイラーにしがみ付き、僕を睨んで声を震わせていたのだ。
「あ、あいつ……私があいつを愛してるって……私たちの間にある愛を感じろとか、わ、わけのわからないことを……っ」
泣いてはいない。
泣いてはいないが、瞠目し僕を悪者に仕立て上げる気迫は冗談では済まされないものだった。ほとんど気が狂ってしまったみたいに、僕に悪魔を重ねて見ているかのようにしてヒルダは震えている。
「大丈夫だよ、ヒルダ……二人で乗り越えよう」
罪深い愛に溺れるのが恐くて取り乱しているのだろうと思い優しく声を掛けるも、ヒルダは一層鬼気迫る勢いで僕を睨み、僕を指差し、ワイラーに言った。
「ほら!完全に妄想してる!勝手に私と密会してる気になって、無理矢理私を抱え込んで、顔を寄せたり、『君は僕のもの』だとか……気持ち悪い!」
「そんな、ヒルダ……!?」
いくらこの愛が大きすぎて恐いからって、逃げる為に僕を貶め過ぎだろう。だけど許せる。ヒルダは穢れない無垢なシスターだったのだから、恐がって当然なのだ。
拒否反応が大きいということは、つまり、僕らの間にあるのが神をも恐れさせる大きな真実の愛であるということ。
僕は痛みを堪え、長椅子に掴まりながら笑顔で姿勢を正した。
「!」
ヒルダは怯えてワイラーの後ろに隠れてしまう。
違う違う。
そうじゃない。
頼るべき男を間違えている。
「人の親になって、見所があるように思えたが間違いだった。この見下げ果てたろくでなしが」
まったく。
無礼極まりない邪魔者め。視界い入るだけでも吐気がする。
「ちょっと口の利き方に気を付けてくれないかな。あと、ヒルダを我が物顔で隠してないで返してくれ」
「てめえ、頭おかしいんじゃないか?」
「うん、まあ、そっちにはこの愛の欠片も理解できないと思うけど」
「愛だって?」
ワイラーが残酷な殺意を宿した目を眇める。
ヒルダに悪影響だ。いい機会だからはっきりさせよう。
「ああ。僕はヒルダを愛している。ヒルダも僕を愛しているが想いの大きさに驚いて否定しているんだ。邪魔が入らなければ僕たちはちゃんと愛し合えた。僕とヒルダは真実の愛で結ばれているからね。僕の愛の篭ったキスでヒルダは花開くところだったよ」
「勘違いだ」
「否。勘違いしているのは君の方だ。仲間を8人も殺すような男はヒルダと同じ空気を吸うことさえ許されない。そうやって壁になることさえ──」
ガタリ、と長椅子が音を立てて動いた。
細身のヒルダがワイラーの背後から滑り出て押し退けたのだ。
そして僕を憤りの表情で凝視し、低く囁いた。
「ワイラーを侮辱したわね。何様?」
僕は哀しみに思わず首を振る。
「この男は君が心を許していい相手じゃないんだ。可哀相に。君は神に見棄てられ、こんな村で狂暴な男に支配されて……もう大丈夫だよ、これからは僕が傍にいてあげる」
「何を言うの?神は私を見棄ててはいない。神は私を生き永らえさせ、騎士を与え、教会を与えた。ワイラーは私の騎士よ」
「どうしてもそう思いたいんだね。友情が芽生えているのかな。だけど終わりだ。最初に言った通り、この村は僕が統治する。まず手始めに僕らを阻むこの殺人鬼を追放しよう」
「あんたこそ出て行きなさい。汚らわしい」
「困ったなぁ。あのね、ヒルダ。さっきは虚をつかれて無抵抗に放り投げられたけど、僕はこんな男一人今すぐ始末できるんだよ。僕は──」
エヴァンズ伯爵令息なんだ、と。
そう打ち明けようとしていた時。
「馬鹿言ってんじゃねえ。てめえは此処で死ぬんだよ」
ワイラーが呻るよう呟いた。
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