真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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37(リディ)

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「……ん……?」

昨夜、待ちくたびれて先に寝た私が朝陽と共に目を覚ました時、夫サディアスはまだ帰って来ていなかった。
もしかすると、私が寝た後に帰り、目覚める前に早朝の散歩に出かけたのかもしれない。

「……」

一抹の不安が胸を過ったものの、私はすやすやと寝息を立てる息子ジェームズの寝顔に見惚れ、そのまま再び枕に頭を預けた。

そうして微睡みが醒めゆくのを心地よく受け入れながら息子に添い寝をしていると、表で誰かが走り寄る足音がして、サディアスが慌てて帰って来たのかと呆れた矢先に激しく扉を叩かれた。

「?」

そうなるとサディアスではない。

「……!」

まさかサディアスに何かあったのかと大慌てで飛び起きて戸口に走り、扉を開ける。

「リディ、大変だよ!」
「エマ……」

おはよう、どうしたの、何事?
声にならなかった疑問に全て答えたエマの一言に私は芯から凍り付いた。

「今からあんたの旦那、処刑だよ!サディアス!」
「──」

次の瞬間、私はベッドに取って返し眠るジェームズを抱え家を飛び出した。
エマと一緒に広場まで走る間にジェームズが目を覚まし、不安そうにぐずり始める。しかし構ってはいられなかった。

処刑。
盗みだろうと暴力だろうと、余程ワイラーを怒らせない限り命まで取られることはまずない。第一お坊ちゃんのサディアスにはそんな度胸も技も腕力もない。

しかし一つだけ、犯せそうな罪がある。

妊娠してから出産までサディアスは私の体に触れなかった。それは気遣いや思いやりだと理解していたが、産後も明らかに求められる機会が激減していた。
何度が村の女と浮気というか、体だけ慰め合う関係を持ったことも黙認していた。こっちは朝から晩まで畑仕事に村の雑用と子育てに加え、子守り以外何もできない夫の世話で大忙し。体を求められないのは正直楽だった。

サディアスは乱暴な襲い方はしない。
恋に恋して燃えていた時は気付かなかったが、サディアスのそれはこちらの意志など全く考慮しない一方的な行為だと現在の私は身を以て熟知している。だからジェームズも産まれたのだ。

相手は同意していないのにも関わらず愛し合っていると思い込んで行為に及ぶという過ちをサディアスが犯したとしても、私は驚けなくなっている。
だがこの村で強姦は殺人級の大罪なのだ。

私ではない。
まだ小さなジェームズに免じて、どうか許してもらえないか。

その為に私は息子を抱え走っていた。

広場は既に村人が集まっていたがいつもの賑やかさはなく、処刑らしい罵声だらけの喧噪がそこにあった。狂暴な渦に一瞬、足が竦んだ。

「ほら」

エマが背中を押してくれる。
村人たちは私に気づくとすんなり道を開けてくれた。それと同時に気づいた順に口を噤み、徐々に広場が静まり返っていく。

中央で、後手に縛られた傷だらけのサディアスが跪き項垂れていた。

「……っ」

農村出身の私は殴り合いの喧嘩やその傷の程度、時には重傷者や死人が出ることも理解していた。でも、いくら愛の冷めた夫だとしても、サディアスは私の唯一無二の夫なのだ。ショックだった。

「待って……ワイラー、待って!」

私はジェームズを抱えたまま進み出て傍に寄った。
サディアスが縋るような目つきで顔を上げる。頬や目の上が腫れて唇も切れているものの、死ぬほど殴られたという雰囲気でもない。

私は咄嗟に周囲を見回す。
誰も武器を手にしていない。ワイラーでさえ、剣一つ所持していない。これから殴り殺すのだろうかと寒気がしたが、そこで私はワイラーの足元にとても大きな石が置かれているのに気付いた。

「……」

私にはとても動かせないその大きな石は、小さな岩と言ってもいい。
只一つ確かなことは、ワイラーなら持ち上げ、振り下ろせるだろうということだった。

「ま……待って……まだ、小さな息子がいるの……」

声が震えた。
ワイラーは初めて冷酷な眼差しを私に注いだ。

「そいつは可哀相だな」
「ワイラー……お願い……」
「チビの子守りは他で探しな」

無慈悲とは口が裂けても言えない。
ワイラーが実質的な統治者であるこの村で、サディアスは許されない罪を犯したのは事実なのだろう。覆せない。

でも、まだ切り札がある。

「待って。考え直して、ワイラー。身分のある人なの。あなたの罪になる」
「ほら、聞いたか……僕の妄想じゃない!」

サディアスが跪いたまま意気揚々と口を開いた。
この調子では許しを請うという大前提すらこなせていないだろう。

しかしワイラーは揺るがなかった。

「関係ねえ。ヒルダを襲ったんだ」
「え?」

その名を聞いた瞬間の衝撃は凄まじく、酷い眩暈でとても息子を抱えていられなくなり、私は落とす前にと思ってジェームズを地面に下ろした。

私は呆然とサディアスを見下ろした。

「本当なの……?」

私の声は風にさらわれる枯葉のように乾ききっている。
辛いことはたくさんあった。それでも私たちは一つだった。

でも今、私は酷く裏切られたのだと自覚した。

「本当なの?サディアス」
「違う」

サディアスが首を振る。
一瞬の安堵は直後、私を地獄に突き落とした。

サディアスは尤もそうに言った。

「僕とヒルダは愛し合っているんだ。ワイラーは嫉妬してるんだよ。無様だろう?」
「……!」

私は弾かれたように顔を上げ、再び周囲を見回しその顔を見つけた。全てが見慣れた顔だから注視していなかったが、ヒルダはずっとそこに立っていた。

私はヒルダの方へと足を向ける。

「僕たちは長い時間、想いを秘め愛を育んだんだ。なぜならこれが運命で僕たちは真実の愛で結ばれているから」

サディアスが必死で何か言っている。
真実の愛というのを私も何度か聞いたことがあったなと、燃える頭の片隅で思った。

そんなことよりもヒルダが侮蔑と怒りを込めてサディアスを睨んでいるのが、私には許せなかった。

「ヒルダは、僕に微笑んだ。僕の名を呼んだ。僕を見つめて──」
「男はいつもそう言うのね。私が笑って誘ったって。あんたが嫌いで、いつも呆れて笑うしかなかったのに、それをあんたが勝手に──」

好き勝手言っている二人の声は聞こえていたけど関係ない。
私は怒りに任せヒルダの頬を思い切り叩いた。
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