没落令嬢の子育て記。12世紀ドイツに似た異世界で、拾った子犬がイケメン精霊犬になりまして

ねこまんまる

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8 食事の準備

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一方、銀髪のギンは一歩後ろから、じっとこちらを見つめていた。
子犬の頃から変わらない、落ち着いた観察眼。

「……外套のすそ、ぬれてる。道は雪が深かった? 村の柵の修理が終わったみたいだね。鼻、少し赤いよ」

まるで大人のように冷静に状況を分析し、それでいて心配は隠しきれていない声だった。
私は、まじまじと二人を見てつぶやく。

「ふたりとも……本当に、ギンとコハクなのね」

二人の頭をそっとなでると、耳の付け根がくすぐったそうにぴくりと動く。

その温もりを手に残しながら、私は踏み固められた土間の床を歩き、家の中央にある石組みのへと向かった。

さて、子供たちのために夕食の準備をしなくちゃ。

は、火を使うために作られた設備だ。
中世の農家は基本的に部屋がひとつしかないから、家に台所という場所がなく、中央にあるこの炉で料理を作ったりする。

この家にある炉は、12世紀のシレジアの農家に一般的な形のものだ。
開放型の火床で、煙突はない。
炉で燃える薪から上がる煙は、屋根板の隙間へとゆっくり抜けて外に出ていく。
 
炉のそばにしゃがみ、壁際に置いてあった乾燥させたソラマメの麻袋を持ち上げる。
袋越しでも豆が固くひびき、冬の保存食らしい重みが手に伝わった。

ソラマメは、古代ローマ時代から中欧・北欧まで広く栽培されていた豆であり、このシレジア地方でも一般的な作物として栽培されている。

家畜肉をあまり口にできない農民層では、ソラマメは貴重なたんぱく質で、肉のかわりとして食べられているのだ。

「いますぐに、ごはんの準備をするからね」

「やったー!」
「ごはん、ごはん!」

子どもたちは跳ねるように喜び、尾をぶんぶん振っている。
この素直さは、人化しても子犬の頃と変わらない。

干して石のように固くなったソラマメを木槌で叩き割り、小さな陶器の鍋に汲んでおいた水のなかへ放り込んでいく。

農村では、煮炊きや仕込みは主に女性の仕事だけど、子どもたちは自然と火のそばに集まり、お手伝いをしてくれる。

火箸を手に炭をつついて火を起こしていたギンが、立ちのぼる煙に目を細めて鼻を押さえた。

私はそばへ行き、麻布でギンの顔を優しくふいてやる。

「やっぱり煙突がないと煙たいわね。目がしょぼしょぼする?」

「うん、大丈夫……。慣れてるよ、ぼく」

彼の頬は、火の熱と少しの照れで赤く染まっていた。

煙突のある家なんて、この地方では領主の館か、司祭が住む教会くらいのものだ。
 
私たちのような開拓村の家は、煙も熱もすべて家の中で受けとめる構造で、冬はそれが暖房の役目にもなる。
だから、少しの煙くらいは我慢するしかない。

「パンを焼くわね」

木鉢にかけていた布をめくると、ライ麦粉と井戸水でこねた生地が、昼の間の発酵でふっくらと膨らんでいた。
 
酸味をふくんだ香りが、ほのかに鼻をくすぐる。

「上出来だわ。しぼむ前に焼きましょう。あなたたち、パン生地をこねるの、お手伝いしてもらえるかしら?」

「はーい!」
「僕やる~!」
「俺も~!」
「がんばる~!」
 
私は袖をまくり、生地をこねなおす。
丸くまとめ、灰を払った炉石の上に置いた。
子供たちはそれを見て、小さな手でパン生地をペチペチたたく。

中世のまずしい民家では、パンは家のなかにある石造りの炉で焼くのがふつうだった。
いったん薪で炉を熱し、炭をかき出してから、平石の上にのせた生地を炉に入れていく。

生活は大変だけど……この子たちがいてくれるから、私はがんばれるわ。
私は栗の殻に小さな切れ目を入れ、炉の灰に埋めながら笑った。
 

そうしてパンが焼けて、夕食の準備がととのった。
粗削りの板をおいただけのテーブルの上に、ライ麦パンと、一鍋のスープが置かれている。
 
裏庭でんで日陰で干しておいたハーブだけで味をととのえたもので、栗とキノコの香りが、白い湯気となって立ちのぼる。
 
私は木杓子きじゃくしを鍋の底に沈め、ゆっくりかき混ぜながら思った。

塩があれば、味がひきたつんだけどな。
 
中部ドイツ~ポーランド西部の寒冷地に位置するこの村では、海からも岩塩鉱山からも遠く、塩は入手がむずかしい。
 
最寄りの塩の産地は、南西のハルツ山地、ポーランド側のヴィエリチカ岩塩坑などで、いずれも馬車で数百キロ運ぶ必要がある。
 
だからこの家には塩がなく、味つけは、『煮とけた栗』のほのかな甘みと『森で拾ったキノコ』に頼るしかない。
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