没落令嬢の子育て記。12世紀ドイツに似た異世界で、拾った子犬がイケメン精霊犬になりまして

ねこまんまる

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9 1年後

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この家はまずしい民家だから、食器棚というものはなく、皿は壁に打った木釘に、革紐や麻紐でぶら下げられているだけだった。
皿をつるす理由は、湿気を避け、ネズミや犬に触れさせないためでもある。

皿の素材は、『木』と『素焼きの陶器』が中心だ。
家族の人数分のみがあるだけで、予備の器はない。

皿を人数分だけ壁の木釘から外して、鍋から直接、スープをよそっていく。
素焼きの皿の表面には、乾燥と熱でできた細かなひびが走り、ところどころに小さな欠けもあった。

でも、この村ではそれが「粗末」なわけじゃない。
それぞれの家が冬を越え、飢えをしのぎ、ここまで暮らしてきた証――
器は、家ごとの歴史そのものだった。


「ごはんができたわよ。さあ、食べましょう」

その声が響くと、子供たちがぱっと尻尾を立てて走り寄ってくる。

「やったーっ!」
「俺のは山盛りな!」
「アーデルさん、ぼくの分いっぱいいれて!」
「コハク、順番だよ。あわてると、こぼすよ」

ギンが注意するが、彼自身もみんなとおなじようにしっぽを楽しげにゆらしている。

5人で、手早く席に着く。
この家にも『食卓のための椅子』はあるけれど、それは丸太を輪切りにしただけの簡素な長椅子で、背もたれはない。

「「「「いただきまーす!」」」」

子供たちは木の匙を握りしめ、熱々のスープをふーふー冷ましてから一口すする。

「あったかい!」
「おいしい! きのこ、いっぱい入ってる!」

尾がぱたぱたと椅子の脚にぶつかり、軽快な音が鳴る。

私はその幸せな光景を見守りながら、自分の木の匙でゆっくりとスープをすくい、口にふくんだ。

「おいしい。森で拾った栗の香りがするし、胸まであったかくなるわね。
ほんとうに、ごちそうだわ」

栗とキノコがなければ、今日の食卓はただの薄い豆の煮汁だった。
冬の農村では『森があたえてくれる恵み』が、そのまま生死を左右する。

おいしいと言って笑う子供たちを見て、私は笑顔になりながらパンをちぎり、煮汁にひたした。

ライ麦に豆粉と大麦を混ぜて焼いた、村の日常そのもののパン。
酸味のあるずっしりとした生地は冷めると石のように硬いけど、煮汁に浸すと外皮がゆっくり柔らぎ、穀物の甘みが湯気とともに立ち上がる。

石臼で粗く挽いたライ麦の粒が歯に当たってざらりと鳴り、内側は湿り気を帯びた弾力があり、麦芽の淡い酸味が鼻へと抜けていった。

塩は、高価なため滅多に使えない。
そのかわり、この長時間発酵で生まれるさわやかな酸っぱさと、穀皮のかすかな苦味が、飽きのこない味わいを作っている。

アオ、アカ、ギン、コハクの笑い声が、煤で黒く染まった梁にやわらかく反響し、炉の薪がはぜるパチパチという音と混じりあった。

こんな簡素な食卓でも、どの領主の館にも負けないあたたかさが満ちていた。


 
それから、1年が過ぎた。

精霊犬は成長が早く、しかも寿命は『人よりも長い』と、古い伝承にある。
そのせいだろうか――あの小さかった子供たち4人は、まるで春の若木のようにぐんぐん背が伸び、今では立派な青年へと姿を変えていた。

最近の私は、ひそかに悩んでいる。
子供たちに、反抗期がまったく来ないのだ。

少しぐらい怒ったり、反発したりしてもおかしくない年頃なのに、四人は相変わらず私を気づかい、優しいままだ。
それどころか、べったりとくっついてくる。
 
精霊犬とは、本来こういう性質の生き物なのだろうか。
それとも、私の育て方のせいかしら……。
 
ひとりで家の掃除をしていた私は、ほうきを動かしながら考えていた。

ほうきは小枝をひもでまとめただけのもので、炉の灰が散るたび、ほうきを手に取って床をさっと払うのが日課だった。
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