調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~

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第三章

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選定会前日。
思わぬ人物が、裏市場を訪れた。

「モーリス卿......!」

ジャックが驚愕した。
王宮調香師長、モーリス・ド・ラトゥール。王国最高峰の調香師が、なぜこんな場所に。

白髪の老紳士は、杖をつきながら私の工房に入ってきた。

「噂は聞いていますよ、リリアーナ・ヴェルディ」

低く、威厳のある声。

「いえ、今はただのリリアーナ、でしたか」

私は立ち上がり、深く一礼した。

「王宮調香師長がなぜ、このような場所に......」
「あなたに会いたかったのですよ」

モーリス卿は、私の調合台を一瞥した。

「一月前の事件。王妃様への献上品。あれは、あなたの作品ではなかった」

心臓が跳ねた。

「......なぜ、そう思われるのですか」

「私は五十年、調香師をしています」

モーリス卿は目を細めた。

「調香師の腕は、作品に表れる。あの粗悪な香水は、到底あなたの実力ではない」
「では、なぜ今まで......」

「証拠がなかったのです」

彼は悔しそうに拳を握った。

「王宮の監視魔法陣は、定期的に記録を消去します。事件当時の記録は、既に上書きされていた」

つまり、私の無実を証明する手段は、もうない。

「しかし」

モーリス卿は鋭い眼光で私を見据えた。

「明日の選定会。あなたは何かを企んでいる」

ジャックとレオンが警戒した様子で立ち上がる。

「いえ、止めるつもりはありません」

モーリス卿は微笑んだ。

「むしろ、協力させていただきたい」
「協力......?」
「私は真実を知りたい。そして、才能ある調香師が不当に扱われることを、黙って見ていたくはない」

彼は懐から小さな水晶を取り出した。

「これは『真実の瞳』。魔法具です。【魂香創成】の効果を、視覚化できます」

私は息を呑んだ。

「つまり、セシリアの本性が香りとして現れた時、それを皆に見せられる......?」
「その通り」

モーリス卿は水晶を私に手渡した。

「ただし、これは諸刃の剣。あなた自身の心も丸裸になります。覚悟はありますか?」

私は水晶を握りしめた。

「あります」

* * *

選定会当日。
王宮の離宮は、華やいだ空気に包まれていた。
十名の候補者が、それぞれ控え室で身支度をしている。
私とレオンは、調香師として変装し、離宮の裏口から侵入した。

「セシリア嬢の控え室は三階、東の塔です」

案内してくれたのは、買収された侍女だった。
金貨十枚で、彼女は簡単に寝返った。

「お嬢様、とてもお綺麗ですわ」

控え室からは、取り巻きたちの媚びた声が聞こえる。

「当然でしょう? 今日は私の晴れ舞台なのだから」

セシリアの高慢な声。

「ねえ、例の香水は?」
「はい、こちらに」

侍女が私たちに目配せをした。

私は深くフードを被り、部屋に入った。

「裏市場からの、特別な香水でございます」
「まあ!」

セシリアは目を輝かせた。
彼女は私に全く気づいていない。かつて毎日顔を合わせていた姉を、認識すらしていない。

「これが『真実の薔薇』......」

セシリアは小瓶を手に取った。

「本当に、王太子様を魅了できるの?」
「保証します」

私は声を変えて答えた。

「この香水は、纏った方の最も美しい部分を引き出します」

嘘ではない。ただし、それは『本性』という意味での美しさ――あるいは醜さだが。

「素晴らしいわ!」

セシリアは躊躇なく、香水を手首と首筋につけた。
甘美な薔薇の香りが部屋に広がる。

「どう? 私、より美しくなったかしら?」

取り巻きたちが口々に褒め称える。
私は時計を確認した。あと三十分で、本性が露わになる。

「では、失礼いたします」

部屋を出ようとした時、セシリアが呼び止めた。

「待って。あなた、何だか見覚えがあるような......」

心臓が凍りついた。

「いえ、初めてお目にかかります」
「そう? まあ、いいわ。ありがとう」

セシリアは再び鏡に向き直った。
私たちは急いで部屋を後にした。

* * *

大広間には、王族、貴族、そして証人として招かれた調香師たちが集まっていた。
モーリス卿は最前列に座り、私たちに目配せをした。

「それでは、候補者の入場です」

司会役の声が響いた。
十名の令嬢が、順番に入場してくる。
そして、八番目――セシリアが現れた。
エメラルドグリーンのドレスに身を包み、自信満々の笑顔。彼女から漂う甘い香りに、貴族たちがざわめいた。

「なんと良い香り......」
「さすがヴェルディ家」

セシリアの笑みが深まる。
王太子アルベルト殿下は、玉座に座ったまま候補者たちを眺めていた。
端正な顔立ちだが、その瞳は退屈そうだった。

「それでは、一人ずつ自己紹介を」

候補者たちが順番に名乗りを上げていく。
その間、私は時計を見続けた。
あと五分。
あと三分。
そして――セシリアの番が来た。

「私は、ヴェルディ侯爵家のセシリアと申します」

彼女が一歩前に出た、その瞬間。

異変が起きた。
甘い薔薇の香りが、急激に変質し始めたのだ。
最初は誰も気づかなかった。
けれど徐々に、腐敗臭が広がっていく。

「ん? 何だろう、この臭い......」

一人の貴族が鼻を覆った。

「どこから......」

人々が周囲を見回す。
そして、視線がセシリアに集中した。
彼女の体の周りに、黒い靄が立ち込め始めていた。

「な、何? これ......」

セシリアは自分では見えない靄を、必死に払おうとした。
けれど、靄はどんどん濃くなっていく。

モーリス卿が立ち上がり、『真実の瞳』を掲げた。
水晶が輝き、セシリアの靄を可視化する。
大広間の壁に、巨大な映像が映し出された。
そこには――セシリアの本性が、鮮明に描かれていた。

醜く歪んだ嫉妬の炎。
粘つく虚栄心の沼。
そして、黒く腐った悪意の塊。

「こ、これは......!」

王妃が思わず目を覆った。
アルベルト殿下は立ち上がり、セシリアを凝視した。

「セシリア・ヴェルディ。その靄は......君の魂が生み出した香りだ」

王太子の声は、氷のように冷たかった。

「嫉妬、虚栄、悪意。これが、君の本質か」
「違います! これは何かの間違い!」

セシリアは必死に否定した。

「誰かが、私を陥れて......!」

その時、観客席からヴェルディ侯爵が立ち上がった。

「陛下、これは何かの魔術です! 我が娘は清廉潔白――」
「お黙りなさい、ヴェルディ侯爵」

モーリス卿が遮った。

「これは魔術ではありません。【魂香創成】という、古の調香術です」

ざわめきが広がった。

「【魂香創成】......?」

「人の本質を、香りとして抽出する技術」

モーリス卿は説明を続けた。

「今、セシリア嬢が纏っている香水には、その技術が使われています」
「誰が、そんな......」

アルベルト殿下の鋭い視線が、会場を見回した。

私は深呼吸をして、立ち上がった。
フードを脱ぎ、商人の席から歩み出る。

「リリアーナ......!」

父が愕然とした表情を浮かべた。

「リリアーナ・ヴェルディです」

私は王と王太子に向かって深く礼をした。

「いえ、今はただのリリアーナ。この香水を作ったのは、私です」
「お前が......!」

セシリアが叫んだ。

「お姉様、どうしてこんな......!」
「どうして?」

私は冷静に答えた。

「真実を明らかにするためです」
「真実? 何の真実よ!」
「一月前の事件の、真実です」

私は懐から、もう一つの小瓶を取り出した。

「これは、セシリアが私の工房から盗んだ『月下の調べ』の複製です」

モーリス卿が前に出た。

「実は、事件後も私は調査を続けていました」

彼は羊皮紙の束を取り出した。

「香料商への聞き込み、使用人の証言、そして――」

モーリス卿が指を鳴らすと、空中に映像が浮かび上がった。
それは、一月前の夜。
セシリアが、私の工房に忍び込む映像だった。

「これは......」
「王宮の監視魔法陣の記録は定期的に消去されます」

モーリス卿は説明した。

「しかし、私は調香師ギルドの独自記録も調べました。ギルドでは、全調香師の工房に独自の監視魔法をかけているのです」

映像の中で、セシリアは『月下の調べ』の瓶を手に取り、別の瓶とすり替えた。
そして、粗悪な香料を混ぜた偽物を、献上品の箱に入れる。

「違う......これは、偽造よ!」

セシリアは否定したが、映像は続いた。
今度は、侍女に金貨の入った袋を渡す場面。

「これで、黙っていなさい」

映像の中のセシリアが、冷たく笑った。

「全ては、私の計画通り」

会場が静まり返った。
王が重々しく口を開いた。

「ヴェルディ侯爵。これでもまだ、娘の無実を主張されるか?」

父の顔は、土気色になっていた。

「陛下......私は......知らなかったのです」
「知らなかった?」

王の声に、怒気が込められた。

「親として、娘たちを正しく見ることもできなかったと? 無実の娘を追放し、罪を犯した娘を王太子妃候補として推薦した。その責任は?」

父は答えられなかった。

「セシリア・ヴェルディ」

アルベルト殿下が冷たく言い放った。

「姉への陥れ、王族への欺瞞。これらの罪により――」
「待って! お願い!」

セシリアが膝をついた。
黒い靄は、もはや誰の目にも明らかなほど濃くなっていた。その悪臭に、近くにいた令嬢たちが次々と後ずさる。

「私が悪かったわ! 全て、認めるから!」

セシリアは泣き叫んだ。

「でも、お姉様だって悪いのよ! いつも、いつも才能を見せびらかして! 私が努力しても、誰も見てくれなくて!」
「だから、姉を陥れていいとでも?」

私は静かに問いかけた。

「セシリア、あなたは間違っている。才能は、人を蹴落とすためにあるんじゃない。人を幸せにするためにある」
「綺麗事を......!」

セシリアの叫びは、もはや誰の心にも届かなかった。

「セシリア・ヴェルディ、お前には終身労役刑を言い渡す」

衛兵たちがセシリアを取り囲んだ。

「いや......いやあああ!」

セシリアの絶叫が響く中、彼女は連行されていった。
その悪臭は、廊下を出ても、長い間消えなかったという。
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