十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er

文字の大きさ
2 / 13

第二章

しおりを挟む


翌日の夕方、予定通りミレイユのドレスを完成させた。
彼女は鏡の前でくるりと回り、満足そうに微笑んだ。
「まあ、なかなかの出来じゃない。使用人にしては上出来よ」
相変わらずの物言いだが、もう慣れた。私は黙って頭を下げる。
「明日は朝から準備で忙しいから、貴女は部屋から出ないように。目障りだから」
「......はい」
その夜、屋敷中が寝静まるのを待って、私は物置へと向かった。月明かりを頼りに、埃をかぶった箱の中から母のドレスを見つけ出す。
深い紫色のベルベットに、金糸で薔薇の刺繍が施された美しいドレスだった。少し古い型だが、手直しすれば十分に着られる。
部屋に戻り、夜通しかけてドレスを自分のサイズに直した。朝になる頃には、まるで私のために作られたかのようにぴったりと仕上がっていた。


舞踏会当日の夕方、叔父とミレイユは早々に馬車で出かけて行った。
私が同行しないことに、彼らは何の疑問も抱いていない。
いつものように、物置部屋に閉じこもっていると思っているのだろう。
「セレスティーナ様」
エマが部屋に入ってきた。その手には、美しい髪飾りと手袋が握られている。
「これも、お母様の形見です。さあ、支度をいたしましょう」
エマの手を借りて、私は久しぶりに令嬢らしい装いをした。鏡に映る自分の姿が、まるで別人のようだ。
「お美しい......お母様にそっくりです」
エマが涙ぐんでいた。
「馬車は?」
「裏門に手配してあります。御者には口止めしてありますから」
私はエマの手を取った。
「ありがとう、エマ。貴女がいなければ、私はとっくに心が折れていたわ」
「セレスティーナ様、どうか楽しんできてください。そして......もし何か運命が動くなら、恐れずに掴んでください」
エマの言葉の意味は分からなかったが、私は頷いた。
王宮への道のりは思ったより短く感じられた。
馬車が正門に着くと、衛兵が招待状を確認して通してくれる。

久しぶりに見る王宮の大広間は、シャンデリアの光で眩しいほどに輝いていた。
着飾った貴族たちが談笑し、楽団が優雅な音楽を奏でている。
私は意識して背筋を伸ばし、堂々と広間へ足を踏み入れた。
すると、何人かの視線が私に向けられた。
訝しげな表情の者もいれば、感嘆の眼差しを向ける者もいる。
「あれは......ローレンス家の?」
「まさか、病弱だと聞いていたが」
「なんと美しい」
ひそひそと囁き声が聞こえてくる。私は動じることなく、ゆっくりと広間を進んだ。
その時、正面から叔父とミレイユが近づいてくるのが見えた。
二人の顔が見る見る青ざめていく。
「セレスティーナ!?なぜお前がここに」
叔父が声を荒げた。周囲の注目が一気に集まる。
「正式な招待をいただきましたので」
私は静かに答え、招待状を示した。
「病弱なはずでは......」
近くにいた貴婦人が首を傾げた。
「おかげさまで、すっかり回復いたしました」
私は優雅に微笑んだ。
この十年間、演技することは嫌というほど学んだ。
令嬢らしく振る舞うことなど、造作もない。
「しかし、このような場にふさわしい教育も受けていない小娘が――」
叔父が何か言いかけた時、広間がざわめいた。
「ヴィルフォール公爵のお成りです」
従者の声と共に、広間全体が静寂に包まれた。談笑していた貴族たちの声が途絶え、楽団の演奏も一旦止まる。誰もが入口に視線を向けた。
その静寂を破るように、黒い正装に身を包んだ男性が、ゆっくりと広間に入ってきた。
一歩踏み出すごとに、シャンデリアの光が彼の姿を浮かび上がらせる。

アレクサンダー・ヴィルフォール公爵。

漆黒の髪と鋭い灰色の瞳を持つ彼は、まるで夜を纏っているかのような存在感があった。
年齢は二十代後半だろうか。
整った顔立ちは彫刻のように美しく、それでいて近寄りがたい冷たさを漂わせている。
彼が歩を進めるたびに、周囲の空気が張り詰めていくのが分かった。

広間にいた貴族たちが、波が引くように道を開け、一斉に恭しく頭を下げた。
その光景はまるで、王族を迎えるかのようだった。
私も慌てて膝を折り、母から教わった作法を思い出しながら、優雅にカーテシーをする。
紫のドレスの裾が、大理石の床に柔らかく広がった。

公爵は無表情のまま広間を見渡していた。
その視線は冷徹で、まるで広間にいる者すべてを査定しているかのようだ。
誰もが息を潜め、彼の視線が自分に向かないことを祈っているように見えた。

しかし、ふと、その視線が私の上で止まった。
一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。彼の灰色の瞳が、まるで私の内側を見透かすように見つめている。
その視線には、驚き――いや、何か別の感情が含まれているような気がした。

周囲の華やかな音楽も、人々のざわめきも、すべてが遠のいていく。
私は思わず息を止めた。公爵の視線から逃れることができない。まるで、見えない力で縫い止められているようだった。
「......ローレンス家の」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

特殊能力を持つ妹に婚約者を取られた姉、義兄になるはずだった第一王子と新たに婚約する

下菊みこと
恋愛
妹のために尽くしてきた姉、妹の裏切りで幸せになる。 ナタリアはルリアに婚約者を取られる。しかしそのおかげで力を遺憾なく発揮できるようになる。周りはルリアから手のひらを返してナタリアを歓迎するようになる。 小説家になろう様でも投稿しています。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

処理中です...