18 / 30
第二章 追憶と真実
クラスメイト
しおりを挟む
結局、フレデリクは男が出ていってからも釈然としない気持ちのまま、教室のある校舎までやってきた。
どうしてあんな態度を取られたのか。その内意味が分かるって、どういうことだろう。
そんなことをつらつらと頭の中に並べながら、廊下を歩いて目的の教室まで向かう。
寮と一緒で歴史を感じさせる木造の校舎は、踏みしめる度に床板が低く軋んだ。磨き込まれた木の壁や柱は艶を帯びて、無駄な装飾は一切ない。質素だが、木特有の温かみに触れ、自然とフレデリクの心は落ち着いた。
同じ廊下を進むのは、彼と同じ、まだ着なれてない制服に身を包んだ新入生たち。さりげなく見渡した中に、テオドアの姿は見当たらない。
部屋は分かれてしまったが、クラスは同じで良かったと心の底から思う。そうでなければ流石のフレデリクも、あの男と部屋を共にする内に気が滅入ってしまいそうだった。
戸を横に引き、ガヤガヤとざわめく教室の中へ入る。二人掛けの長机と椅子が整然と並ぶ室内は、既に半分ほど席が埋まっていた。もう一方の戸から入ってきた生徒が、適当な空いてる席へ着席したところを見るに、どうやら決められた座席もなさそうだ。
フレデリクはテオドアがまだ来ていないことを確認すると、廊下側の前から二つ目の長机、その左の席に腰を下ろす。なるべくあの部屋にいたくなくて早めに出てきたから、テオドアが来るのはもう少し後かもしれない。先程のこともあり、誰かに話しかけるのが億劫になっていたフレデリクは、前方の戸を眺めて静かに待つ。
「ここ、空いてる?」
その時、フレデリクの前の席を指差し、問いかけてくる生徒がいた。
「あ……空いてるよ」
「良かった。じゃあここにしようかな」
ニッコリと笑って前の椅子を引くその人は、一瞬女性かと疑ってしまいそうなほど、中性的な面立ちをしていた。高い位置で一つに束ねた金髪は背中まで届き、サラサラとシルク糸みたいに揺れるのが可憐さを増す。
しかし、魔力さえあれば性別を問わない魔法科と違って、騎士科が受け付けるのは男性のみ。だから目の前の生徒が女性だということは、絶対にあり得ないことだった。
「今、僕の顔見て驚いてたよね」
「あっ、ごめん! 変な意図はなくて……!」
「ああ、謝らないで。女の子みたいって思ったんでしょ? そう思われるのには慣れてるから、大丈夫」
椅子の背もたれに片手をつき、微笑むその姿は、やはり女性とも男性とも取れる美しさがある。
「僕、リオール・アルヴェ。君は?」
「あっ、おれはフレデリク。……家名はその、持ってないんだけど……」
「ふーん? わざわざ言わなくても、気にしないのに。僕のこと、そういうの気にするような人に見えた?」
「い、いやっ、そういうわけじゃないよ。ただ、どう接したらいいのか分からなくて。あんまり馴れ馴れしくすると、よく思わない人もいるかもしれないから」
ここは、実力主義の学校だ。だからフレデリク自身、そこまで身分について重要視してはいなかった。
けれど寮での一件を思い返すと、あの男はやたら身分がどうこうと言っていた気がする。もしフレデリクが平民であることに原因があるのなら、これから先、少し態度を改めるべきかもしれないと、彼はそう考え頭を悩ませていた。
「同じ学舎で学ぶ者同士、そこに優劣なんてないよ。あるとすれば実力の差だけ。だからそう畏まらないで。僕は純粋に君と仲良くなりたいんだ」
しかし、リオールの真っ直ぐな瞳に当てられて、フレデリクの杞憂は一瞬で吹き飛んでいった。
「っあ、ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった……。でも、すごく嬉しいよ」
「ふふ、最初に話しかけたのが君でよかった」
「あの、おれもリオールくん……と仲良くなりたい。……仲良くなれたらなって、そう思ってる」
「もちろん。でもそれなら、リオールって呼んでよ。その方が、もっと親しくなれそうで嬉しいな」
「じゃっ、じゃあ……リオール?」
「うん。よろしくね、フレデリク」
「こちらこそ、よろしく」
差し出してきたリオールの手を、そっと握り返す。上品な顔に似合わずゴツゴツと分厚い掌が、彼もまた騎士を目指し、日夜鍛練を重ねてきた者だと分かる。
(優しそうな人だ。友だちに、なれるかも)
期待していた展開に、フレデリクの沈んだ気分が浮き上がってきた。
同じ部屋の人と仲良くなれなかったからといって、それが全てじゃない。こうして歩み寄ってくれる人もいることに、フレデリクは感動と喜びを覚え、胸がジンと震えた。
どうしてあんな態度を取られたのか。その内意味が分かるって、どういうことだろう。
そんなことをつらつらと頭の中に並べながら、廊下を歩いて目的の教室まで向かう。
寮と一緒で歴史を感じさせる木造の校舎は、踏みしめる度に床板が低く軋んだ。磨き込まれた木の壁や柱は艶を帯びて、無駄な装飾は一切ない。質素だが、木特有の温かみに触れ、自然とフレデリクの心は落ち着いた。
同じ廊下を進むのは、彼と同じ、まだ着なれてない制服に身を包んだ新入生たち。さりげなく見渡した中に、テオドアの姿は見当たらない。
部屋は分かれてしまったが、クラスは同じで良かったと心の底から思う。そうでなければ流石のフレデリクも、あの男と部屋を共にする内に気が滅入ってしまいそうだった。
戸を横に引き、ガヤガヤとざわめく教室の中へ入る。二人掛けの長机と椅子が整然と並ぶ室内は、既に半分ほど席が埋まっていた。もう一方の戸から入ってきた生徒が、適当な空いてる席へ着席したところを見るに、どうやら決められた座席もなさそうだ。
フレデリクはテオドアがまだ来ていないことを確認すると、廊下側の前から二つ目の長机、その左の席に腰を下ろす。なるべくあの部屋にいたくなくて早めに出てきたから、テオドアが来るのはもう少し後かもしれない。先程のこともあり、誰かに話しかけるのが億劫になっていたフレデリクは、前方の戸を眺めて静かに待つ。
「ここ、空いてる?」
その時、フレデリクの前の席を指差し、問いかけてくる生徒がいた。
「あ……空いてるよ」
「良かった。じゃあここにしようかな」
ニッコリと笑って前の椅子を引くその人は、一瞬女性かと疑ってしまいそうなほど、中性的な面立ちをしていた。高い位置で一つに束ねた金髪は背中まで届き、サラサラとシルク糸みたいに揺れるのが可憐さを増す。
しかし、魔力さえあれば性別を問わない魔法科と違って、騎士科が受け付けるのは男性のみ。だから目の前の生徒が女性だということは、絶対にあり得ないことだった。
「今、僕の顔見て驚いてたよね」
「あっ、ごめん! 変な意図はなくて……!」
「ああ、謝らないで。女の子みたいって思ったんでしょ? そう思われるのには慣れてるから、大丈夫」
椅子の背もたれに片手をつき、微笑むその姿は、やはり女性とも男性とも取れる美しさがある。
「僕、リオール・アルヴェ。君は?」
「あっ、おれはフレデリク。……家名はその、持ってないんだけど……」
「ふーん? わざわざ言わなくても、気にしないのに。僕のこと、そういうの気にするような人に見えた?」
「い、いやっ、そういうわけじゃないよ。ただ、どう接したらいいのか分からなくて。あんまり馴れ馴れしくすると、よく思わない人もいるかもしれないから」
ここは、実力主義の学校だ。だからフレデリク自身、そこまで身分について重要視してはいなかった。
けれど寮での一件を思い返すと、あの男はやたら身分がどうこうと言っていた気がする。もしフレデリクが平民であることに原因があるのなら、これから先、少し態度を改めるべきかもしれないと、彼はそう考え頭を悩ませていた。
「同じ学舎で学ぶ者同士、そこに優劣なんてないよ。あるとすれば実力の差だけ。だからそう畏まらないで。僕は純粋に君と仲良くなりたいんだ」
しかし、リオールの真っ直ぐな瞳に当てられて、フレデリクの杞憂は一瞬で吹き飛んでいった。
「っあ、ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった……。でも、すごく嬉しいよ」
「ふふ、最初に話しかけたのが君でよかった」
「あの、おれもリオールくん……と仲良くなりたい。……仲良くなれたらなって、そう思ってる」
「もちろん。でもそれなら、リオールって呼んでよ。その方が、もっと親しくなれそうで嬉しいな」
「じゃっ、じゃあ……リオール?」
「うん。よろしくね、フレデリク」
「こちらこそ、よろしく」
差し出してきたリオールの手を、そっと握り返す。上品な顔に似合わずゴツゴツと分厚い掌が、彼もまた騎士を目指し、日夜鍛練を重ねてきた者だと分かる。
(優しそうな人だ。友だちに、なれるかも)
期待していた展開に、フレデリクの沈んだ気分が浮き上がってきた。
同じ部屋の人と仲良くなれなかったからといって、それが全てじゃない。こうして歩み寄ってくれる人もいることに、フレデリクは感動と喜びを覚え、胸がジンと震えた。
51
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
魔力提供者の僕は王子に焦がれる
夕月ねむ
BL
【3万字弱で完結保証】
僕はレジナルド・ミューア。国王陛下の孫であり王太子殿下の長子であるナサニエル殿下の魔力提供者だ。
ナサニエル殿下は生まれつき魔力を持たない。でも魔力を操作することはできたから、僕が魔力を譲渡することで魔法は使えるようになった。僕は転生者で、魔力量が馬鹿みたいに多いんだ。
ただ、魔力譲渡の手段が少しばかり問題で。僕は『王子の愛人』なんて噂されるようになってしまった。
僕はナサニエル殿下をお慕いしている。けれど、相手が王太子殿下の長子では、同性婚なんて無理だ。
このまま本当に愛人として日陰者になるのかと思うと気が重い。それでも、僕はナサニエル殿下から離れることもできないでいた。
*濃いめの性描写がある話には*を付けています。キスだけの回などには印がないのでご注意ください。
*他サイトにも投稿しています。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる