この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第二章 追憶と真実

入学

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 王都から馬車を使って約二時間。鬱蒼と生い茂る木々の間を抜けた先にあるのは、パッと目を引く巨大な門と、それに連なる頑丈そうな壁で囲われた建物――王立騎士・魔法士養成学校だ。
 実戦経験が積みやすいという理由で森の中に建てられ、試験にさえ合格すれば身分関係なく入学できるその学校は、毎年優秀な人材を排出する名門校として有名である。加えて成績上位者ともなれば、王宮騎士団や魔法士団にも推薦してもらえることから、貴族だけでなく、平民の入学希望者も年々後を絶たない。
 だがそうはいっても、簡単に合格できるほど生半可な試験でないのは周知の事実。最終的に入学できるのは、毎年三桁にも満たない程度なのであった。

(おれ、合格できて本当によかった……)

 フレデリクは馬車に揺られながら、しみじみと感慨に浸る。今年で16歳になる彼は、先日無事に合格証が届き、この養成学校へ通うことが決まっていた。

(でも、それもこれも全部テオのおかげだ。あの特訓の日々がなかったら、一緒に通えなかっただろうな)

 窓の外に向けていた視線を前に戻す。向かいに座るテオドアは、フレデリクと同じ学校指定の制服を着用している。
 深い黒を基調として、左右に三つずつ並んだ金のボタンで正面を止めるだけの、シンプルなデザイン。高い腰の位置で締まる革のベルトは脚の長さを際立たせ、首もとまでカッチリと閉じる仕立ては騎士らしい硬派な印象をつける。しかし特徴的なのは、左肩にだけ垂れ下がる純白のマントだ。名門校らしい華やかさを感じさせ、テオドアの凛々しい顔立ちと相まって、非常に様になる姿だった。
 そんな彼は今、腕と足を組んだまま目を瞑っているが、きっと眠ってはいない。単に外の変わらない景色に飽きたのだろう。
 出会った頃と比べれば随分と大人びて、そのような心情も察してしまえるくらいには、彼と長い年月を過ごしたことを実感する。

(テオとこれからも一緒にいられる。それってもう当たり前みたいに思ってたけど、全然そんなことないんだよね。彼は立派な貴族の子息で、おれはただの居候だから。……この先もずっと隣にいるためには、もっともっと頑張らないと)

 目の前の整った顔を見つめ、一人意気込む。目を閉じていても、その男は絵に描いたように美しく、フレデリクはいつも見惚れてしまう。胸がドッと高鳴って、思わず触れたくなってしまうその意味を、彼はまだ知らない。

「……おい、何ジロジロ見てんだ」
「うえっ!?」

 その時、なんの前触れもなくテオドアの目が開いて、切れ長の双眸がフレデリクを差した。
 ゴンッ――と重たい音が響く。後頭部を思い切り壁にぶつけたフレデリクは、痛みに顔を歪めて俯いた。

「いっ……!」
「ああ? 馬鹿かお前は」

 テオドアの呆れた声が聞こえてくるが、残念ながらそれに返す言葉もない。

「はあ……着く前から頭にコブ作ってんなよ。今冷やすもんもねえのに」
「うっ、だ、大丈夫。おれ頑丈だから、しばらくしたら治るよ」

 テオドアに見惚れたせいで入学前からたんこぶを作るなんて、どう考えても滑稽だし恥ずかしすぎる。
 理由を知られたくないフレデリクはなんとか当たり障りなく流そうと試みたが、テオドアは何かを探すように辺りを見渡すと、水の入った筒状のボトルを手にして差し出してきた。

「とりあえずこれで冷やしとけ」
「えっ……あ、ありがとう」

 飲み物を冷やすために特殊な加工が施されているそれは、表面がひんやりと冷たく気持ちいい。口では嗜めるように強い口調でいながら、こうして優しさを垣間見せてくるテオドアに、フレデリクはいつも温かい気持ちで胸がいっぱいになる。

(おれも自分の持ってるのに、わざわざ貸してくれたんだ)

 唇が緩みそうになるのを押さえて、もらったボトルを後頭部に当てる。チラリと上目で覗き見てみたテオドアの姿は、既に興味がなさそうに、窓の外を眺めているばかりであったが。


***


 本日は午前中に入寮手続き。そして午後からは、クラスごとにオリエンテーションが行われる予定だ。

 先程寮の入り口で手続きを終えたフレデリクは、左右に別れる通路の手前で足を止めると、右側を指差してテオドアに告げる。

「じゃあおれ、こっちだから……」
「おい待て、お前そんな顔して同室の奴に会う気か?」
「え、な、なんで?」

 テオドアは怪訝そうな目でこちらを見ていた。
 もしや来る途中で食べた、パンのカスでも付いていたのだろうか――そう思い、フレデリクは口に手を当てて擦ってみる。

「いや、寂しがってんのバレバレ。初対面の奴には第一印象が肝心なんだから、もっとシャキッとしとけ」
「っうわ!」

 ドンッと、背筋を伸ばすようにいきなり背中を押された。フレデリクなりに心細い気持ちを隠していたつもりではあったが、どうやら見抜かれていたらしい。
 彼はテオドアと当然のように同室だと考えていたせいで、まさか部屋が別れるとは思わず、こっそりと心許なさを覚えていたのだ。

「――じゃあな、俺はもう行く。午後もあること忘れんなよ」

 テオドアはそれだけ伝えると、颯爽と左の廊下を歩いていった。
 切り替えが早いのは相変わらず。その場で残されたのは誰もいないのをいいことに、いじけた様子で唇を突き出すフレデリクだけ。

(寂しがってるのはおれだけか。……まあ、期待はしてなかったけど)

 しかし、これはこれで良い機会なのかもしれない。
 テオドアに頼りっぱなしの現状から抜け出して、新しい友達を作る――その絶好のチャンスなんじゃないか?

「あ、あと、夜怖くなったからって、勝手に人のベッドに潜り込んだりするなよ」
「な……っ! それはもうしてないだろ!?」

 意気込んでいたフレデリクを他所に、意地悪く笑ったテオドアが顔だけ振り返って言う。
 テオドアの部屋に忍び込んで、一緒に寝てほしいとお願いしたのは子供の頃の話だ。そんなに昔の、しかも照れくさい話を持ち出されたフレデリクは、つい目元を赤らめるが、テオドアはそれだけ伝えると、今度こそ一度も振り向くことなく自分の部屋を見つけて入っていった。

(ああもう、なんだったんだ一体……)

 金のラインで縁取られた襟元をパタパタと振り、こもった熱を取り除く。まだ少し袖の余る新品の制服は、風を送り込むのも簡単だった。

(でも、なんとなく緊張が解けた気がする)

 いつの間にか強ばっていた肩の力は抜け、着替えを詰め込んだ大きなトランクバッグも、心なしか誰かに支えられてるみたいに軽い。
 これだけのことで気分を弾ませるなんて、我ながら単純だ、とフレデリクは苦笑する。でも、そんな自分も決して嫌じゃないと感じるのは、テオドアとこんな風に過ごす時間が、素直に楽しいと思えるからだった。

 
***


「105……106……あ、あった」

 二人並んで歩けるほどの廊下を進んだ先、フレデリクは中央に107、と彫られた扉の前で足を止めた。近くにネームプレート等もなく、他の寮室と一緒で飾り気が一切ない木造の扉だ。
 ズボンのポケットから取り出した古めかしいカギを鍵穴に差し込んで捻れば、ガチャリと一回重い音。そのまま取っ手を下ろして、恐る恐る扉を開けてみる。

「おお……」

 部屋の中は、規律を重んじる騎士らしく、非常に簡素な造りをしていた。
 入り口には剣を立て掛けるための棚と、木箱に入った手入れ用の布と油が。その奥にはクローゼットを挟んでベッドが二つ、左の壁に背を向けて並び、横長の小窓から差し込む光に天日干しされている。勉強机はベッドから数歩歩いた反対側に設置され、消灯後も勉強ができるよう配慮されているのか、燭台が傍の壁に掛けられていた。
 全体的に見るとあまり広いとは言えない空間だが、それでも二人で生活するには十分すぎる大きさだ。
 
(もう一人の子はまだ来てないのか。うーん……おれ、どっち使ったらいいのかな……)

 それぞれ二つずつ存在するベッドと机を見て、フレデリクは悩む。ベッドの間に置かれたクローゼットは一つしかないので、恐らくこれは共用だ。引き出しは四段あるから、上と下に分けて使う方がいいのだろうか。
 壁掛けの時計を確認してみれば、午後のオリエンテーションまで残り一時間ほど。
 とりあえず入り口で突っ立っているわけにもいかず、一旦手前の机に荷物を置くことにする。

(よし。時間もったいないし、荷物の整理だけしとこう)

 クローゼットはひとまず、一番下の引き出しを借りたらいい。手を伸ばせばすぐに届く上段よりも、わざわざしゃがんで取り出さないといけない下段の方が圧倒的に不便だから。
 これから一緒に生活するルームメイトとして、相手には少しでも快適に過ごしてもらいたい――自分より、他人を優先することに全く抵抗がないフレデリクはそう考えると、トランクバッグの金具を外す。そこに、自分が譲ったという意識は全く介在していなかった。

 数分が経ち、半分ほど着替えをチェストに入れ終えた頃。唐突に玄関の方から解錠される音がして、扉が開く。
 入ってきたのは、テオドアに見慣れたフレデリクでも目を疑ってしまうほど、洗練された美しい容姿を持つ青年だった。
 さらりと揺れる白銀の髪は物言わぬ鋭利な刃のようで、長い睫毛の奥から覗く金色の瞳は温度を感じさせない宝石のよう。陶器のような肌は作り物のように美しく、同じ制服を着ていても、彼の方には不思議と風格と気品高さが窺える。
 しかし彫刻のような顔立ちも合わさって、何人たりとも寄せ付けないオーラが見えるようだ。挨拶をしようとしたフレデリクも、つい怖じ気づいてしまいそうになるくらいには。――どこか近づきがたい雰囲気がある。

「あ、えっと、はじめまして……」

 それでも意を決して話しかけたフレデリクの横を、男は何も言わず通りすぎた。まるで初めから何もいなかったかのように、一切の視線すら向けることなく。

「えっ、あの」
「…………」
「おれ、フレデリクって言うんだけど、貴方は――」
「チッ」

 男が小さく舌打ちをした瞬間、もうひとつの机の上に鞄を叩きつける音が響いた。その凄まじい勢いに、フレデリクの肩がビクリと上がる。

「聞こえてて無視してるんだ。その程度のことも分からないのか?」
 
 尖ったナイフのように鋭い眼差しと、凍りつきそうなほど冷たい声。このように正面切って悪意を向けてくる人は初めてで、フレデリクは思わず戸惑いながら言葉を返す。

「……ど、どうして無視するの? おれ、何かしちゃったかな。初対面……だと思ってたけど、もしそうなら謝るよ」
「……君、知らないのか?」
「えっ? 知らないって、何が」

 眉をひそめた男の言い返しに、フレデリクはパチパチと瞬きを繰り返す。

「……平民か。道理で俺なんかと同室にされるわけだ。恨むんなら俺じゃなくて、自分の身分を恨むんだな」
「えっと……どういうこと? 確かにおれは貴族じゃないけど、言ってる意味がよく分からな――」
「嫌でもその内分かる。それまでは精々、そのアホ面でも晒しておけ」
「ア、アホ!?」
 
 すっとんきょうな声が出てしまった。テオドアもなかなか口の悪いところはあるが、出会って数分もしない相手に言われる台詞ではない。
 しかし、男は荷物を置きにきただけなのか、フレデリクの反応にも知らん振りをすると、そのまま部屋から出ていこうとする。

「ちょっと待ってよ!」
「……俺に関わるな。仲良しごっこがしたいなら、とっとと部屋を移れ。――平民の分際じゃ、どうせそれも難しいだろうがな」

 刺すような視線と共に、男はそう言い残して去っていった。踏み込むことを許さない男の背中が、全てを拒絶しているようだった。理由も分からないまま、フレデリクは最後まで何も言えず、引き留めようと伸ばした右手が宙を浮いているだけだった。
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