この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第二章 追憶と真実

クラスメイト②

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「あれ、遅かったね」

 リオールがそう口に出すのと同時、フレデリクの右側の席がカタンと音を立てた。どうやら誰かが隣に座ったようで、視線を向けると、待ち望んだ姿がそこにはあった。

「テオ!」

 ズボンのポケットに親指を引っかけたまま、背もたれに体を預けて足を組むその人は、まさしくテオドアだ。彼は餌を与えられた子犬のように顔を輝かせるフレデリクを見ると、不本意な何かを堪えるみたいにして、目を細める。

「……俺はお前のご主人様か?」
「えっ、な、なに言ってるの?」

 疑問符を浮かべたフレデリクの頬を、テオドアが仏頂面で摘まみ、横に引っ張る。

「そういう顔、アホっぽいからやめろ」
「ひゃ、ひゃほ!?」

 まさか、同じ悪口を二回も聞くなんて。

(おれってそんなに間抜けな顔してる!?)

 フレデリクは自分の顔を脳内で思い浮かべながら、ヒリヒリと痛む頬を擦った。同室の男から言われた時はかなり心外に感じたが、テオドアから言われると、不思議と怒りは湧いてこない。むしろ本当にそうなのかも、と自分を見つめ直すきっかけになるくらいだ。

「あははっ。仲良いんだね、二人とも」

 やり取りを面白そうに見ていたリオールが、声を上げて笑う。

「でも今のフレデリク、僕にはすごく可愛く見えたけどな。ねえ、テオドア?」

 そう言って彼は、意味ありげにテオドアへ視線を送った。正直可愛いよりも、カッコいいに憧れがあるフレデリクにとっては微妙な慰めだったが、そんなことよりも、リオールがテオドアの名前を呼んだことに気がついて、目を丸くする。
 しかしその間にも二人の会話は続いていた。
 
「あ? んなわけねえだろ。脳にクソでも詰まってんじゃねえのか」
「うわあ……酷い。こんなこと言われたの初めてなんだけど。君って本当に立派な侯爵家のご子息様なの? 悪いけど、僕には全く信じられないね」
「はっ、その面でよく言う」
「僕のは良いギャップでしょ」

 テンポよく交わされる会話の中に、バチバチと火花が散っているように見えるのは、気のせいだろうか。

「えーっと、二人こそ仲が良さそうだけど、知り合いだったの?」

 フレデリクは好奇心に負けて、おずおずと問いかけた。基本的に戦闘以外興味のないテオドアが、この短期間で人と親しくなるとは思えず、フレデリクの知らない頃に出会った知人かと思ったのだ。

「いや。僕たち、会ったばかりだよ。ただ寮が同じ部屋なだけ」
「あっ、そうなの?」
「そう、残念なことにね」

 リオールの返事を聞いて、フレデリクは無意識にホッと一息つく。

(あれ……なんで今おれ、安心したんだろ)

「フレッド」

 よく分からない安堵に内心小首をかしげていると、相変わらず不機嫌そうに眉を寄せたテオドアが口を開いた。

「お前は?」
「……ん?」
「部屋。どうだったんだよ」

 テオドアの射るような眼差しに、フレデリクは思わず言葉を詰まらせる。
 正直に話すべきか、それとも黙っておくべきか――。
 本当は洗いざらい、全てを話してしまいたいのが本音だ。悲しみを共有して、少しでも気持ちを楽にしたい。それにテオドアの力添えがあれば、部屋だって変えてもらえるかもしれない。
 だけど、ここまで面倒を見てもらったのに、まだテオドアに頼りっぱなしの自分のままではいたくなかった。そもそもこの学校を受けた一番の理由だって、王宮騎士団に入って、テオドアやユートリス家の人たちに早く恩返しがしたかったから。
 だからこれくらいのこと、一人で解決できる。いや、解決できなければこれから先――フレデリクはきっと、頼ることに甘えてしまう。もう成長するきっかけを見込めないかもしれないと、そう思えてしまうのだ。

「おれは、」

 口角を上げ、気丈に振る舞おうとする。――その瞬間だった。周りのざわめきが、恐ろしいほど急に静まり返ったのは。
 クラスメイト全員、リオールやテオドアでさえも、その男を注視していた。前方の戸から入ってきた、フレデリク自身も見覚えがある、その男の姿を。

(あっ、あの人……!)

 声を掛けるのも憚られるほど、不気味な沈黙だった。
 男は己に向けられた全ての意識、それら一切合切をぶった切るように、鋼のような冷光を放つ銀髪を揺らして、堂々と黒板の前を横切る。まるでこの状況は予期していたと言わんばかりに。あまりにも毅然とした態度を保って。
 
 男が窓際の一番前の席に座って本を読み始めると、途端に周りの生徒達はヒソヒソと囁き始めた。
 戸惑うフレデリクの後ろからも、見知らぬ男子生徒達の話し声が耳に入ってくる。

「うわ、マジでここに来るって噂本当だったんだ」
「あいつ、アレだよな? ほら、あの……呪われた第三王子ってやつ」
「え? いやいや、王が外で作ったって噂の婚外子だろ?」
「いやそれもそうなんだけどさ。あいつ、王宮じゃ化け物って呼ばれてるみてえなんだよ」
「化け物?」
「なんか、人を食って殺したことがある、みたいな……」
「はあ? マジ?」
「だって普通、王子だったら王都のアカデミーに行くだろ。わざわざここに来るなんて、死ねって言われてるようなもんじゃね?」
「あー、確かに。実戦で命落とす奴もいるらしいし、あわよくば死んでくれってことか?」
「そうそう! そんだけ嫌われてんだろ。しかもこれ、実は国王の命令じゃなくて、第一王子と第二王子の差し金だって噂も――」

 フレデリクは嘲笑混じりの会話を聞きながら、無性にここから逃げ出したくてたまらなくなっていた。
 淀んだ空気に、容赦のない悪意が混じった好奇心。真偽も定かでない話を、面白おかしく囁き合う声が酷く不快だった。同じ教室にいるはずなのに、突然自分だけが水中へ沈められたような、息苦しさと圧迫感を感じて。

(どうしてそんな簡単に、人を蔑むことができるんだ……?)

「――ッド、フレッド!」

 グラグラと肩を揺さぶられる。フレデリクは海面から引き上げられるように、ハッと目を瞬かせて息を吸った。

「顔色わりいな。空気に当てられたか?」
「大丈夫? 顔が真っ青だよ、フレデリク」
「っあ、ご、ごめん。なんでもない……」

 訝しげに様子を窺ってくるテオドアと、心配そうに眉を下げるリオール。そんな二人に見つめられ、フレデリクはいつの間にか、自分だけの殻に閉じ籠っていたことに気がつく。

「フレデリクは優しいね」
「……優しい?」

 柔らかい声で呟く目の前のリオールは、温かい笑みを下げていた。

「彼……イアン殿下に対する陰口が気に入らないんでしょ? 今のフレデリク、自分のことみたいに辛そうな顔してる」
「……いや、気に入らないというか、理解ができないんだ。だってあの人、絶対聞こえてる。でも聞こえるように、皆話してる。……こんなのまるで、大勢で一人を責め立ててるみたいだ。おれたちは仲間なのに。どうして皆、平気でこんなことができるんだろう」

 未だ悪趣味な噂話で盛り上がる生徒たちを見て、フレデリクは唇を噛む。
 イアンと呼ばれたあの男は、初めから自分が忌み嫌われる存在だと知っていた。だからこそフレデリクにきつく当たり、関わるなと拒絶されたのだ。あの時のフレデリクは何も知らなかったから。知れば必ず、他の人と同じように嫌悪すると思ったから。

「はあ……お前はいちいち人のこと考えすぎなんだよ」
「……テオ」
 
 テオドアは面倒くさそうに溜め息をついた。彼にとっては、とてつもなくどうでもいいことで、こんな些細なことで頭を悩ませる人の方が、理解ができないのかもしれない。

「ごめん。おれ、ちょっと廊下に出て――」

 フレデリクは、外の空気を吸いに席を立とうとした。
 しかしその瞬間。テオドアは机の下から長い足を伸ばすと、前方にある誰も座っていない椅子を、思い切り蹴り飛ばした。

「うわあ!?」
「ちょ、ちょっとテオドア!?」

 フレデリクとリオールの驚く声をかき消すほど、ガシャンッと硬い物体のぶつかり合う音が辺りを響かせる。
 それまで会話に夢中だった生徒たちも、その音で一斉に喋るのを止めて、テオドアに顔を向けていた。
 
「おい、ここには声も張れねえ軟弱な野郎しかいねえのか? コソコソコソコソ虫けらみてえに喋りやがって。言いてえことあんなら、もっと腹から声出してみろよ」

 皮肉を隠そうともしないテオドアの挑発。再度室内は静寂に包み込まれ、緊張感が走る。

「チッ、腰抜けばっかが」

 誰も何も言わない――かと思いきや、一番後ろの席、その中央から、パチパチと緩やかに手を叩く音が聞こえてきた。

「流石、ユートリス家の次男様が言うことは違うなあ。オレも見習いたいぜ、その偽善っぷりをよ」

 意地の悪そうな細目を釣り上げ、嫌みったらしく告げるその男の名は、オーディス・へルマン。古くから王国の武器や防具を一手に担い、管理してきた、由緒あるへルマン伯爵家の嫡男だ。フレデリクも一度だけ、オーディスがユートリス家にやってきた時に、こっそりと顔を見たことがあった。

「久しぶりじゃねえか、ユートリス。あんたとここで学べるなんて、オレも光栄だぜ」
「……あ? 誰だ、お前」 

 しかし、当の本人は何も覚えていないらしい。興味のあること以外、何も覚える気のない彼らしいと言えば彼らしいが。

「は? まさか、忘れてる……?」

 オーディスは口元を引きつらせる。

「そんなもんいちいち覚えてねえよ。お前がもっと目を引くくらいの美人だったら、話は違ってたかもしれねえけどな」
「っ!」

 暗に、お前の顔は記憶に残らないくらいの地味さだ、と言っているも同然だった。オーディスは顔を真っ赤にし、背を背けたテオドアを睨み付ける。
 一方で、イアンを侮辱していた空気は、完全に様変わりしていた。野次馬のごとく二人を眺める生徒たちは、興味の移り変わりも早い。テオドアに言われたせいか、囁き合う声ももう聞こえず、フレデリクはそっと胸を撫で下ろす。

(もしかして、助けてくれたのかな……)

 隣のテオドアを覗き見てみるが、彼は何を考えているのか分からない表情で、廊下へと視線をやっていた。質問を投げてみても、恐らくそんなつもりじゃないと一蹴されるだけだろう。

(まあいいや。助けてもらったってことにしとこ)

 フレデリクは独りでに笑みを浮かべる。勝手に思うだけなら、誰にも迷惑はかけないのだ。

 窓の外からは、そよ風と共に、鐘を打つ重低音が聞こえてきた。それと同時に、壊れそうな勢いで開け放たれる引き戸。足音を立てて、前方から颯爽と現れたのは、三十代前後の生気溌剌とした男性。

「よぉーっし! お前たち、はじめまして!! オレはブラウ、これからお前たちをビシバシ鍛え上げる担任だッ! 今からオリエンテーション――と言いたいところだが、まずは走り込み! 走り込みにいくぞ!!」

 脳を揺らすほどの大音量が、フレデリク達を動揺させる。隣からは「外れかよ……」と嘆くテオドアの声が。
 教室には、また溢れんばかりのざわめきが戻ってきて、彼らはブラウの指示のもと立ち上がらされる。

 先程のピリッとした空気が嘘みたいだった。
 フレデリクは不安しかない思いを抱きながらも、三年間の学校生活は、こうして幕を開けたのだ。
 
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