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第二章 追憶と真実
対立
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入学してから、早くも一月が経過していた。
不安に満ち溢れた学校生活はようやく慣れ始め、今は鍛練や勉学に明け暮れる毎日。体力作りのための走り込みや無限に続くかと思われる打ち込みは、毎回吐きそうになるほど辛いが、その分いろんな人と手合わせするたび、フレデリクは己の剣術に磨きがかかっていることを実感する。
特にリオールとの手合わせは、今までにないタイプのおかげか、フレデリク自身も学ばせてもらうことが多い。全てをセンスで補うテオドアとは違って、常に思考しながら立ち回るリオールの戦術は、少しでも隙を見せると一気に崩された。
凶暴な魔物を相手取る戦場では、一瞬の気の緩みこそ致命傷。一度も実戦経験のないフレデリクにとって、リオールは身近な良き先生であり、ライバルであり、そして――テオドア以外に初めてできた、二人目の友達へと変化するのはすぐだった。
***
一日の授業が全て終わり、自主練をしようとフレデリクが訓練場へ向かっていたときのこと。
リオールと談笑しながら廊下を進んでいれば、色めき立った女子生徒たちが一目散に、前方を歩くテオドアへ駆け寄っていくところが視界の真ん中に映った。
「ああ、また囲まれてる」
隣にいるリオールが苦笑を浮かべて呟く。
テオドアの行く先を塞ぐように群がり、黄色い声をあげる彼女たちは、魔法科に所属する上級生だ。この閉鎖的な学校の中で、人より抜きん出た容姿を持つテオドアに対し、女子たちが傾倒し始めるのはあっという間だった。
「テオは誰から見ても格好いいから。おれも小さい頃からずっと、憧れてるし……」
フレデリクは羨望の眼差しで彼を見つめる一方で、入学してから幾度となく訪れたこの光景に、謎の閉塞感を感じていた。重りを飲み込んだみたいに胸がつっかえて、何故だか上手く呼吸ができない。
(きっと……テオを取られるかもって、不安になってるんだ)
環境が変わることは良くも悪くも、その人に多大な影響を及ぼす。フレデリクに新しい友達ができたように、テオドアにも新たな関係が構築されるのは当たり前のことだ。
それは言うなれば友人ってだけじゃなく、例えばそう――今傍にいる内の一人から、テオドアの隣に立つべきふさわしい恋人が、できてしまったりだとか。
(あっ……)
フレデリクの目の前で、テオドアの袖を掴み、さりげなく自分の方へ引き寄せる女子生徒の姿が見えた。背を向けたテオドアの表情はこちらからでは分からないが、その手を振り払おうとする素振りは窺えない。彼も年頃の青年らしく、可愛らしい女子からのアピールに、多少なりとも興味はあるのだろう。
「フレデリク、僕たちは先に行ってようか。多分テオドアは、しばらくあのままだろうし――」
リオールは埒があかないと踏んで、フレデリクを連れ立って行こうとする。
「リオールさまっ! リオールさまも早くいらして……!」
だがしかし、テオドアを囲む輪の中から、リオールの名前を呼ぶ一人の女の子がいた。
「えっ……ああいや、悪いけど僕は、」
「少しだけっ、少しだけでいいの! 一緒にお話がしたくて……!」
そう言って傍に寄ってくる彼女は、緊張したように両手を握りしめ、リオールを見上げる。瞳は薄く水の膜を張り、頬は蒸れたリンゴのように赤い。
下手すればそこらの女性より綺麗な顔立ちをしているリオールだが、物腰は柔らかく、テオドアに並ぶほどの上背もあるため、当然女生徒からの人気は高かった。
「リオール、おれは先に行ってるから気にしないで。せっかくだし、彼女と話してから来たほうが良いんじゃないかな」
状況を察したフレデリクは、そう声をかける。
「でも、それじゃあ君が一人に、」
「もう、おれも子供じゃないんだから一人で大丈夫だよ。手合わせは二人が来てからお願いするし。それまでは打ち込みでもして待っとくから」
「……本当に?」
「本当だって! なんでそこを疑うんだ!」
「……ふふ、分かった。でもなるべく急いで行くから、少し待ってて。テオドアもちゃんと連れていくよ」
「うん。待ってる。――それじゃあ、また後で」
申し訳なさそうなリオールを残し、フレデリクは踵を返す。遠回りになるが、進行方向でたむろするテオドアたちの側を通るよりかはましだ。
(あの子、リオールのことが好きなんだろうな。おれにはこれくらいしかできないけど、応援してあげたい)
テオドアが女の子と近づく時に感じた、ジクジクと心が蝕まれて、目眩がするほど悪い気分は訪れなかった。むしろ一生懸命気を引こうとする彼女のことが、微笑ましいとさえ思えて。リオールは良いのに、テオドアが駄目な理由は、やはり付き合いの長さによるものが原因なんだろうか。
「――なあ、やっぱあの話は本当だったみたいだぜ」
(……ん?)
いまだ落ち着かない胸中のまま、フレデリクは来た道を戻り、教室の前を通りかかろうとしたところ、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。授業はとっくに終わっているはずなのに、どうやらまだ残っている生徒がいたみたいだ。
「あの話って……イアン・サーティルの?」
「そりゃそうさ。化け物王子は、やっぱり疎まれてる。王家の恥さらしだってな」
(あいつら、またこの話……)
中で無駄話を繰り広げているのは、オーディスとその取り巻きたち。テオドアの一喝によって、あからさまに陰口を叩く生徒は減ったように思われたが、オーディスだけは違った。彼はむしろ逆らうように、暇さえあれば人を中傷し、囃し立てる先導者だったのだ。
「ってことは、愛人との間にできた子供ってのは本当だったのか?」
「ああ。オレの知り合いにアカデミー行ってるヤツがいるんだけど、そいつからの手紙に書いてあった。第一王子は、アイツを異分子だって宣ってるらしい」
「うわ……、マジかよ。それ本当だったらヤバくね?」
「だから噂は本物なんだよ。――しかももっとヤバいのが、ここだけの話。その愛人ってのが、実はどこの馬の骨ともしれないような女だったとか」
「は……? そんな奴が王族名乗ってんの? ありえね~」
「でもアイツ、王位継承権は一丁前にあるから、他の王子達は相当恨んでるみたいで――」
ニヤニヤと、人の不幸を嘲るように笑うオーディスに、フレデリクは腹が立つ。それに同調する周りの取り巻きにだって、お前たちは何様なんだと言ってやりたい。
(でも、おれだって人のこと言えないじゃないか……)
だけどフレデリクは、結局あれから一度だって、イアンと話をすることはできなかった。同じ部屋で過ごしていても、あるのは痛いほどの沈黙だけ。
どう話しかければいいのか分からなかった――なんてのは、ただの言い訳だ。遠巻きに見るだけで何もしてないフレデリクも、結局は取り巻きたちと変わらない。オーディスの行動を止められないのなら、せめてイアンに寄り添えるくらいはできたはずなのに。
それからも続く低俗な話に、フレデリクは耳だけ傾けて、俯いていた。踏み出したいのに、あと一歩。ほんの僅かな勇気が足りなくて。
引き戸へ伸びた手が、無いものを掴むかのように宙で止まる。
「つーかさ~、オーディス、あれは? ほら、人食って殺すってやつ。あれこそ本当ならさ、普通に魔物と変わんなくね?」
「確かに、俺らも殺されたらどうするよ」
「だったらその前に、アイツにはとっととくたばって死んでほしいね。オレはこんなところで殺されるとかゴメンだから」
オーディスの人とは思えない発言に、フレデリクの頭にカッと血が上っていく。
(死んで、ほしい……? 死ぬってどういうことか、こいつらは知ってるのか……?)
今でもずっと、色褪せない記憶。真っ赤な鮮血が飛び散って、大切な父や母の瞳から生気が失われていくあの惨状が、フレデリクの脳裏に易々と甦ってくる。
「おい……、いい加減にしろよ」
気づくとフレデリクは、戸を強く開け放ち、オーディスへと近づいていた。吹き出るマグマのように怒りが沸き立って、衝動のままに突き進む。
机に浅く腰掛けるオーディスは、最初こそ驚いた表情をしていたものの、やってきたのがフレデリクだと分かると、すぐに小馬鹿にしたような笑みを作った。
「よお……誰かと思えば、ユートリスの寄生虫じゃないか」
「……なんだって?」
「聞こえなかったならもう一度言ってやろうか? ユートリスに引っ付くことしか脳のない、寄生虫くん」
明らかに悪意を剥き出しにした言葉が向けられる。だが、フレデリクは自分が悪く言われる分にはどうでもよかった。彼にとってもっと許せないことが、別のところにあったから。
「おれのことはどう呼んだっていい。でも、さっきの発言は撤回しろ」
「はあ? なに、さっきの発言って」
「死んでほしいって言ったことだ。あんなこと、思ってたって口に出すべきじゃない」
「おいおい、正義のヒーロー気取りかよ。ユートリスといい、お前といいさあ……」
底意地の悪いオーディスの顔が、苛立ったように歪められる。
「だいたい、お前なんかがオレにあれこれ言える立場だと思ってんの? 薄汚い庶民のくせに」
「……。俺は確かに庶民だけど、オーディスは、そうやって人を下げることしか言えないんだな」
「……は?」
「イアン殿下のこと、全部本当かどうかも分からないのに、そうやって面白おかしく騒ぎ立てて。何がそんなに楽しいんだ? 寄ってたかって一人を責めるなんて、おれにはよっぽどお前の方が魔物に見えるよ」
「俺が……魔物? はっ……お前、目腐ってんじゃねえのか?」
「腐ってるのはオーディスだろ。お前の目には、綺麗なものが映らないみたいだし」
「……お前、言わせておけばズケズケと……」
オーディスの目つきが途端に鋭くなり、ガタンと机の足が音を立てる。
「っ! なに……する、んだ……!」
フレデリクは胸ぐらを掴まれ、喉元を締められていた。周りの取り巻きたちは突然の乱暴に焦り出すが、オーディスを気にしてか、助けるつもりはなさそうだった。
「分かったような口聞くなよ……。お前一人、オレの力で退学させてやったっていいんだぜ」
「っ……は、なせ……っ」
「でも、ここで泣いて詫びるなら許してやる。オレって寛大だろ? なあ、だからほら、早く謝れよ」
「っだ、だれが、おまえ、なんかに……っ」
フレデリクも鍛えているはずなのに、怒りで我を忘れた男の前では、抵抗も全く歯が立たない。
(でもここで自分を曲げるくらいなら、いっそのこと、死んだ方がマシだ……!)
オーディスの掴みかかる腕を、フレデリクはブルブルと両手で押さえつけ、ガンを飛ばす。絶対に屈しないと言う、いま彼にできる最大の意思表示だった。
不安に満ち溢れた学校生活はようやく慣れ始め、今は鍛練や勉学に明け暮れる毎日。体力作りのための走り込みや無限に続くかと思われる打ち込みは、毎回吐きそうになるほど辛いが、その分いろんな人と手合わせするたび、フレデリクは己の剣術に磨きがかかっていることを実感する。
特にリオールとの手合わせは、今までにないタイプのおかげか、フレデリク自身も学ばせてもらうことが多い。全てをセンスで補うテオドアとは違って、常に思考しながら立ち回るリオールの戦術は、少しでも隙を見せると一気に崩された。
凶暴な魔物を相手取る戦場では、一瞬の気の緩みこそ致命傷。一度も実戦経験のないフレデリクにとって、リオールは身近な良き先生であり、ライバルであり、そして――テオドア以外に初めてできた、二人目の友達へと変化するのはすぐだった。
***
一日の授業が全て終わり、自主練をしようとフレデリクが訓練場へ向かっていたときのこと。
リオールと談笑しながら廊下を進んでいれば、色めき立った女子生徒たちが一目散に、前方を歩くテオドアへ駆け寄っていくところが視界の真ん中に映った。
「ああ、また囲まれてる」
隣にいるリオールが苦笑を浮かべて呟く。
テオドアの行く先を塞ぐように群がり、黄色い声をあげる彼女たちは、魔法科に所属する上級生だ。この閉鎖的な学校の中で、人より抜きん出た容姿を持つテオドアに対し、女子たちが傾倒し始めるのはあっという間だった。
「テオは誰から見ても格好いいから。おれも小さい頃からずっと、憧れてるし……」
フレデリクは羨望の眼差しで彼を見つめる一方で、入学してから幾度となく訪れたこの光景に、謎の閉塞感を感じていた。重りを飲み込んだみたいに胸がつっかえて、何故だか上手く呼吸ができない。
(きっと……テオを取られるかもって、不安になってるんだ)
環境が変わることは良くも悪くも、その人に多大な影響を及ぼす。フレデリクに新しい友達ができたように、テオドアにも新たな関係が構築されるのは当たり前のことだ。
それは言うなれば友人ってだけじゃなく、例えばそう――今傍にいる内の一人から、テオドアの隣に立つべきふさわしい恋人が、できてしまったりだとか。
(あっ……)
フレデリクの目の前で、テオドアの袖を掴み、さりげなく自分の方へ引き寄せる女子生徒の姿が見えた。背を向けたテオドアの表情はこちらからでは分からないが、その手を振り払おうとする素振りは窺えない。彼も年頃の青年らしく、可愛らしい女子からのアピールに、多少なりとも興味はあるのだろう。
「フレデリク、僕たちは先に行ってようか。多分テオドアは、しばらくあのままだろうし――」
リオールは埒があかないと踏んで、フレデリクを連れ立って行こうとする。
「リオールさまっ! リオールさまも早くいらして……!」
だがしかし、テオドアを囲む輪の中から、リオールの名前を呼ぶ一人の女の子がいた。
「えっ……ああいや、悪いけど僕は、」
「少しだけっ、少しだけでいいの! 一緒にお話がしたくて……!」
そう言って傍に寄ってくる彼女は、緊張したように両手を握りしめ、リオールを見上げる。瞳は薄く水の膜を張り、頬は蒸れたリンゴのように赤い。
下手すればそこらの女性より綺麗な顔立ちをしているリオールだが、物腰は柔らかく、テオドアに並ぶほどの上背もあるため、当然女生徒からの人気は高かった。
「リオール、おれは先に行ってるから気にしないで。せっかくだし、彼女と話してから来たほうが良いんじゃないかな」
状況を察したフレデリクは、そう声をかける。
「でも、それじゃあ君が一人に、」
「もう、おれも子供じゃないんだから一人で大丈夫だよ。手合わせは二人が来てからお願いするし。それまでは打ち込みでもして待っとくから」
「……本当に?」
「本当だって! なんでそこを疑うんだ!」
「……ふふ、分かった。でもなるべく急いで行くから、少し待ってて。テオドアもちゃんと連れていくよ」
「うん。待ってる。――それじゃあ、また後で」
申し訳なさそうなリオールを残し、フレデリクは踵を返す。遠回りになるが、進行方向でたむろするテオドアたちの側を通るよりかはましだ。
(あの子、リオールのことが好きなんだろうな。おれにはこれくらいしかできないけど、応援してあげたい)
テオドアが女の子と近づく時に感じた、ジクジクと心が蝕まれて、目眩がするほど悪い気分は訪れなかった。むしろ一生懸命気を引こうとする彼女のことが、微笑ましいとさえ思えて。リオールは良いのに、テオドアが駄目な理由は、やはり付き合いの長さによるものが原因なんだろうか。
「――なあ、やっぱあの話は本当だったみたいだぜ」
(……ん?)
いまだ落ち着かない胸中のまま、フレデリクは来た道を戻り、教室の前を通りかかろうとしたところ、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。授業はとっくに終わっているはずなのに、どうやらまだ残っている生徒がいたみたいだ。
「あの話って……イアン・サーティルの?」
「そりゃそうさ。化け物王子は、やっぱり疎まれてる。王家の恥さらしだってな」
(あいつら、またこの話……)
中で無駄話を繰り広げているのは、オーディスとその取り巻きたち。テオドアの一喝によって、あからさまに陰口を叩く生徒は減ったように思われたが、オーディスだけは違った。彼はむしろ逆らうように、暇さえあれば人を中傷し、囃し立てる先導者だったのだ。
「ってことは、愛人との間にできた子供ってのは本当だったのか?」
「ああ。オレの知り合いにアカデミー行ってるヤツがいるんだけど、そいつからの手紙に書いてあった。第一王子は、アイツを異分子だって宣ってるらしい」
「うわ……、マジかよ。それ本当だったらヤバくね?」
「だから噂は本物なんだよ。――しかももっとヤバいのが、ここだけの話。その愛人ってのが、実はどこの馬の骨ともしれないような女だったとか」
「は……? そんな奴が王族名乗ってんの? ありえね~」
「でもアイツ、王位継承権は一丁前にあるから、他の王子達は相当恨んでるみたいで――」
ニヤニヤと、人の不幸を嘲るように笑うオーディスに、フレデリクは腹が立つ。それに同調する周りの取り巻きにだって、お前たちは何様なんだと言ってやりたい。
(でも、おれだって人のこと言えないじゃないか……)
だけどフレデリクは、結局あれから一度だって、イアンと話をすることはできなかった。同じ部屋で過ごしていても、あるのは痛いほどの沈黙だけ。
どう話しかければいいのか分からなかった――なんてのは、ただの言い訳だ。遠巻きに見るだけで何もしてないフレデリクも、結局は取り巻きたちと変わらない。オーディスの行動を止められないのなら、せめてイアンに寄り添えるくらいはできたはずなのに。
それからも続く低俗な話に、フレデリクは耳だけ傾けて、俯いていた。踏み出したいのに、あと一歩。ほんの僅かな勇気が足りなくて。
引き戸へ伸びた手が、無いものを掴むかのように宙で止まる。
「つーかさ~、オーディス、あれは? ほら、人食って殺すってやつ。あれこそ本当ならさ、普通に魔物と変わんなくね?」
「確かに、俺らも殺されたらどうするよ」
「だったらその前に、アイツにはとっととくたばって死んでほしいね。オレはこんなところで殺されるとかゴメンだから」
オーディスの人とは思えない発言に、フレデリクの頭にカッと血が上っていく。
(死んで、ほしい……? 死ぬってどういうことか、こいつらは知ってるのか……?)
今でもずっと、色褪せない記憶。真っ赤な鮮血が飛び散って、大切な父や母の瞳から生気が失われていくあの惨状が、フレデリクの脳裏に易々と甦ってくる。
「おい……、いい加減にしろよ」
気づくとフレデリクは、戸を強く開け放ち、オーディスへと近づいていた。吹き出るマグマのように怒りが沸き立って、衝動のままに突き進む。
机に浅く腰掛けるオーディスは、最初こそ驚いた表情をしていたものの、やってきたのがフレデリクだと分かると、すぐに小馬鹿にしたような笑みを作った。
「よお……誰かと思えば、ユートリスの寄生虫じゃないか」
「……なんだって?」
「聞こえなかったならもう一度言ってやろうか? ユートリスに引っ付くことしか脳のない、寄生虫くん」
明らかに悪意を剥き出しにした言葉が向けられる。だが、フレデリクは自分が悪く言われる分にはどうでもよかった。彼にとってもっと許せないことが、別のところにあったから。
「おれのことはどう呼んだっていい。でも、さっきの発言は撤回しろ」
「はあ? なに、さっきの発言って」
「死んでほしいって言ったことだ。あんなこと、思ってたって口に出すべきじゃない」
「おいおい、正義のヒーロー気取りかよ。ユートリスといい、お前といいさあ……」
底意地の悪いオーディスの顔が、苛立ったように歪められる。
「だいたい、お前なんかがオレにあれこれ言える立場だと思ってんの? 薄汚い庶民のくせに」
「……。俺は確かに庶民だけど、オーディスは、そうやって人を下げることしか言えないんだな」
「……は?」
「イアン殿下のこと、全部本当かどうかも分からないのに、そうやって面白おかしく騒ぎ立てて。何がそんなに楽しいんだ? 寄ってたかって一人を責めるなんて、おれにはよっぽどお前の方が魔物に見えるよ」
「俺が……魔物? はっ……お前、目腐ってんじゃねえのか?」
「腐ってるのはオーディスだろ。お前の目には、綺麗なものが映らないみたいだし」
「……お前、言わせておけばズケズケと……」
オーディスの目つきが途端に鋭くなり、ガタンと机の足が音を立てる。
「っ! なに……する、んだ……!」
フレデリクは胸ぐらを掴まれ、喉元を締められていた。周りの取り巻きたちは突然の乱暴に焦り出すが、オーディスを気にしてか、助けるつもりはなさそうだった。
「分かったような口聞くなよ……。お前一人、オレの力で退学させてやったっていいんだぜ」
「っ……は、なせ……っ」
「でも、ここで泣いて詫びるなら許してやる。オレって寛大だろ? なあ、だからほら、早く謝れよ」
「っだ、だれが、おまえ、なんかに……っ」
フレデリクも鍛えているはずなのに、怒りで我を忘れた男の前では、抵抗も全く歯が立たない。
(でもここで自分を曲げるくらいなら、いっそのこと、死んだ方がマシだ……!)
オーディスの掴みかかる腕を、フレデリクはブルブルと両手で押さえつけ、ガンを飛ばす。絶対に屈しないと言う、いま彼にできる最大の意思表示だった。
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