この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

文字の大きさ
21 / 30
第二章 追憶と真実

対立②

しおりを挟む
 女子の集団から抜け出し、リオールの方へ足を向けたテオドアは、その時初めてフレデリクの姿がないことに気がついた。

「おい、フレッドは?」

 リオールが女の子と話していても、テオドアは関係ない様子で問いかける。

「ん? フレデリクは先に行ったよ」
「どっちから?」
「えっ? どっちって……教室の方からだと思うけど」

 その言葉を聞いた瞬間、彼はくるりと向きを変え、足早に歩き始めた。表情は随分と険しく、視線は真っ直ぐ前だけを見据えている。

「ちょっと……! 君を待ってたのに、一人で行かないでよ!」

 慌てたリオールが急いで隣の彼女に謝り、テオドアの元へと小走りで近づく。

「いきなりどうしたの? 訓練場に行くんだったら、こっちの方からだと遠回りでしょ」
「……教室に用があるんだよ」
「教室? 一体なんの……、」

 リオールが不思議そうに首をかしげる一方で、テオドアは思い出していた。ここに来る少し前、確か教室には、あのオーディスとかいう男が残っていたことを。

(フレッドが通ったら、絶対……)

 あの悪趣味なオーディスがする会話なぞ、たかが知れている。フレデリクが聞けば、きっとまた顔を青くするに違いないのだ。
 だからこそテオドアは今、こうして嫌な予感を振り切るように、柄でもなく急いでいた。

「あれ? イアン殿下がいる」

 角を曲がり、教室の戸を視界に捉えたところ――、その側で立ち尽くしているイアンの姿が見えた。戸は開いているが、何故か入る様子はなく、彼は呆然と目を見開いて、放心しているようだった。

「何してるんだろうね」

 リオールの声に体をビクリと震わせたイアンは、すぐさま逃げるように反対側へと立ち去っていく。

「行っちゃった……って、テオドアも早いな……」

 相も変わらず我が道を行くテオドアが、その歩みを止めることはない。むしろ変な焦燥感に駆られているせいか、そのスピードは増すばかりで。
 開けっぱなしの戸から見えた光景は、残念ながらテオドアの悪い予感に、ピッタリと当てはまるものだったのだ。


***


「おい、早く謝れ。土下座してオレに詫びろよ……!」
「い、やだ……ッ! お前こそっ……おれと、イアン殿下に! 謝れ、よ……ッッ!!」

 フレデリクは食いしばった歯の隙間から息を細く吐き、激昂したオーディスと対面していた。首を締め付ける圧迫感は増し、心なしか視界も霞んでいるように思えたが、ここまできて後には引けなかった。

「な、なあ……一旦ここら辺でやめといた方が……」

 見かねた取り巻きの一人が、そう口に出す――その時だった。

「おい……その手、今すぐ外せ」
 
 ドスのきいた声が響き、オーディスの腕が何者かに引っ掴まれる。ギシギシと骨が軋みそうなほど強く握り込んだその人は、行動に似合わず、いやに冷静な顔つきをしたテオドアだった。

「ッ! ユートリ、ス……!」
「なあ、二回言わねえと分かんねえか?」
「……っクソ、ッ!!」

 置かれた状況が一気に不利になったと気づいたオーディスは、ゴミでも捨てるようにフレデリクを突き放す。

「うっ、ゲホッ……ゲホッ」
「フレデリク! 大丈夫!?」

 駆け寄ってきたリオールが、身体を支えてくれた。そして、そのまま落ち着かせるように背中を擦ってくれるが、彼は見ているこちらの胸が痛みそうなほど、悲しげな表情を浮かべて唇を震わせていた。

「ごめんね。やっぱり僕も、あの時一緒についていくべきだった……っ」

 後悔に沈むリオールを、元気づけてあげたい気持ちは山ほどあった。が、油断できない事態は目の前でまだ続いていた。

「アイツは離しただろ……。オレのことも解放しろよ……!」
「どうしてあんなことをした?」
「はあっ? そんなん後でもいいだろうが! いいから早く……、っ!」
「理由によっちゃ、俺がお前を通報する。だからさっさと言え」
「なっ……」

 オーディスといえど、暴力事件を起こしたとテオドアから報告が挙がれば、流石に勝ち目はない。良くて謹慎処分。最悪は退学だ。

「ッオレじゃない……先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはアイツだ……!」

 分が悪いと踏んだオーディスは、フレデリクをきつく睨み付け、渋々口を開く。

「先に手を出したのはどっちだ?」
「そ、それはっ、アイツが生意気なことを言いやがるから……!」
「どっちだって聞いてんだろ」
「っ! オレッ、オレだって!」

 腕を握るテオドアの手に力が込められたのだろう。苦痛に口元を引きつらせ、オーディスは答える。

「なあ、もういいだろ! 手を出したのは悪かったって、謝るからさあ……」
「……フレッド、お前は?」
「おれも……もういいよ。ただ、もう二度と、こんなことはしないって約束してくれるなら」

 弱々しく降参を示すオーディスに、フレデリクも頷く。
 元々フレデリクだって、ここまで大事おおごとにするつもりじゃなかったのだ。売り言葉に買い言葉で、ついカッとなって言い返してしまった部分はあるし、本来ならもっと冷静になるべきだった。
 それに何より、テオドアに助けてもらったというのが一番情けない。一人で突っ込んで、最終的にはテオドアがいないと解決できないなんて。
 これでオーディスが退学でもしてしまったら、後味の悪さにモヤモヤするのは目に見えている。戦うなら正々堂々。正面切って戦わなければ。

「……だってよ。良かったな? コイツが心のある人間で」
「…………」
「――けど、俺はフレッドみたいに甘くねえから。次やったら、今度は問答無用で俺がお前を追放する」
「……っ、分かった分かった、もう手は出さねえ。オレも追い出されるのだけは勘弁だからさあ」

 無理やり口の端を釣り上げたオーディスは、そこでようやく腕を離されると、もう用はないと言わんばかりに足音を立てて出ていく。様子を窺ってばかりだった取り巻きたちも、慌てて彼についていった。


「──ごめん、テオ。迷惑、かけて……」

 騒がしさが嘘のように静まり返っていた。フレデリクは自責の念に駆られて、ゆっくりと頭を下げるものの、耳に入ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
 
「……よくやったじゃねえか」
「えっ? うわっ!」

 驚いて顔を上げようとしたフレデリクの頭を、テオドアが乱雑に撫でる。首がグラグラと揺れ、一種の災害かと疑ってしまうくらいには激しいが。テオドアの表情は普段から想像もつかないほどに柔らかく、優しい目つきをしていた。

「お前にしちゃ上出来だろ。言いたいこと飲み込んで、外で蹲ってるよりかはいい。まあ、あいつ一人振りほどけねえのは問題だけどな」

 フレデリクは頭を揺さぶられた反動で、幻聴でも聞いてるのかと思った。それくらい、衝撃的だった。

(褒め、られ……た?)

 理解した途端、言い様のない感情が激流のように溢れだして、フレデリクの目頭を熱くさせる。

「でも僕はもう、こんな危険なこと絶対にしてほしくないよ。誰か傍にいる時ならまだいいけど、一人でなんて、もう絶対にしないで」

 背中に手を置いたまま、言い聞かせてくるように告げるリオールは、それほど心配かけさせたのだろう。
 フレデリクは涙が溢れないよう、必死に目に力を入れて、鼻をズズッと吸る。
 よくやったというテオドアの賛辞も、一人でやらないでというリオールの寄り添いも、どちらも大切に胸にしまいこんだ。本当は震えるほど怖かったけど、オーディスに立ち向かったことに、これっぽっちも後悔は生まれなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

S級エスパーは今日も不機嫌

ノルジャン
BL
低級ガイドの成瀬暖は、S級エスパーの篠原蓮司に嫌われている。少しでも篠原の役に立ちたいと、ガイディングしようとするが拒否される日々。ある日、所属しているギルドから解雇させられそうになり、焦った成瀬はなんとか自分の級を上げようとする。

眠りに落ちると、俺にキスをする男がいる

綿毛ぽぽ
BL
就寝後、毎日のように自分にキスをする男がいる事に気付いた男。容疑者は同室の相手である三人。誰が犯人なのか。平凡な男は悩むのだった。 総受けです。

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

処理中です...