どうして許されると思ったの?

わらびもち

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突きつけられた事実

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「返すって言ったって……そんなお金ないわよ。あったらこんなところに来なかったわ……」

「そうだよね。払えないお前の代わりにうちが借金を払ってやったの。だからうちはお前を好きに使う権利があるってこと。だいたい、家事も出来ない、農作業も出来ない、計算も出来ない役立たずをルルの玩具以外にどういう使い道があるの? ……あ、それと何処かへ逃げようとしているみたいだけど、命が惜しいなら止めたほうがいいよ。うちの敷地を越えて森の近くまで行くと熊やら猿やらに出くわすから」

 こちらを蔑むような物言いが心に刺さる。
 そして熊や猿という令嬢時代にその姿を見たこともない獣が出るということを想像し、身をすくませた。

「運よく獣に出くわさなくてもアンタの足じゃ近くの町まで行くのも無理だと思うよ。つまるところアンタはもうここから逃げられないってわけ。逃げてもいいけど、命の保証はないよ。ここにいるのが一番安全だと思うけどな。ルルからの嫌がらせを受ける以外は家もあって食べ物にも困らない」

「い……いやよ! こんなところにいつまでもいたくない! 私は貴族に戻りたいの! きっとレイだって私を心配しているわ……」

「レイ? 誰? 恋人?」

 義姉の問いかけにアリーは「誰だっていいでしょう!」とそっぽを向いた。
 そんな彼女の反応を気に留めることも無く、義姉は何かを思い出したように手をポンと叩く。

「もしかしてフレン伯爵様のこと? 確か、お名前が“レイモンド”だったわよね……」

「は? 何でアンタがレイのことを知ってんのよ?」

「それはフレン家からお仕事をいただけることが決まったからよ。といっても、伯爵様ご本人にお会いしたことはないけどね。契約書の署名でお名前を知っただけよ。……ん? ちょっと待って……確か報告書を読んだ限りだと、アンタその伯爵様の財産を勝手に使ってここに送り込まれたんじゃなかった?」

「そ……それは! ちょっとした行き違いよ! 何も言わず勝手に使ったのは悪かったけど……いずれは私が使えるようになるわけだし、それを大袈裟に騒いだあの女が悪いのよ! 家族にも教えたせいでこんな大騒ぎにして……。そうよ、あの女が全部悪いのよ!」

「あの女? まさかフレン伯爵様の奥方のことじゃないでしょうね? それにいずれはアンタがフレン家の財産を使えるようになるってどういうこと?」

「そうよ! レイを誑かしたあの悪女のことよ! あの女さえいなければ私はレイの愛人になれたはずなの! そうすればフレン家の財産を使う権利があったはず……。全てはあの女が悪いのよ!」

 感情のままに叫んだ後、アリーはゼエゼエと肩で大きく息をする。
 義姉はそんなアリーに信じられないものを見るかのような目を向けた。

「アンタ……正気? 初対面からどこかイカれた女だとは思っていたけど……まさかここまでとはね。あのさ、アンタと伯爵様の関係性は知らないけど、自分の家の財産を勝手に使った奴を助けに来るわけないよね? 自分の金を盗った泥棒なんて助けたい奴いる? しかも結構な額だよ。なんで心配してもらったり、助けてもらえたりすると思うの? アンタおかしいよ。倫理観どうなってんの?」

 侮蔑を隠そうともしない義姉の表情にアリーは再びカッとなった。
 だが、彼女が何かを言おうとするのを遮り義姉は「それと……」と話を続ける。

「フレン伯爵様の奥方って、あのベロア家のお嬢様でしょう? そういや報告書にアンタが奥方に失礼なことをしたって書いてあったわ。その様子だとかなり無礼な言動をしたんだろうね。ベロア家のお嬢様に逆らうとか、アンタ正気? 命をとられてもおかしくない所業だよ? それは家族だってアンタのこと見捨てるわ。アタシだって嫌だもん、こんな喧嘩を売っては駄目な相手に盾突くような馬鹿」

「はあああ!? 大袈裟なのよ! あんな小娘が何だっていうのよ!?」

「アンタ本当に貴族だったの? 平民のアタシですらベロア家に逆らっては駄目だって知っているわよ? そんな危機感ゼロでよく今まで生きてこられたわね……」

「うるさい! うるさい! あんな小娘にそんな力なんてないわよ!」

「……馬鹿なの? 貴族だったアンタがこんな場所で泥や煤に塗れて一日中働かされているのはどうして?」

「どうしてですって!? だから、それはあの小娘が……」

「そう。フレン伯爵様の奥方がアンタをここに送ったからそうなっているんだよね? ベロア家の権力でそうなっているんだよ」

「……え?」

 義姉から告げられた事実に、アリーはまるで時が止まったかのように固まった。
 瞳が見開かれ、唇がわずかに震える。

「え、え……? いや、だって……え?」

 アリーの口からは戸惑いの言葉しか出てこなかった。
 脳がそれを理解するのを拒む。心臓の音だけが、やけにうるさく響いていた。

「……嘘でしょう、自覚無かったの? ベロア家のお嬢様の不興を買ったからアンタはこんな目に遭っているんじゃない? 馬鹿だね、敵に回してはいけない相手に盾突くからそうなるのよ」

 家族にも同じことを言われても響かなかったアリーだが、何故か他人に言われたことで初めて後悔の念を抱き始めた。

「もういい加減現実見た方がいいよ。アンタはしてはならないことをしたし、絶対的な権力者の不興を買った。その結果が今のアンタの状況だ。アンタが貴族に戻る可能性は著しく低い。というか……冷静に考えてみればアンタはベロア家のお嬢様の旦那にちょっかいかけようとしてたわけでしょう? うわ、信じられない……。アタシがお嬢様の立場ならそんな女は目の前から消えてほしいと思うよ」

「ち、ちがうわ! ちょっかいをかけたのはあの小娘よ! だって私の方がずっと前から……それこそ子供の頃から好きだったのよ! いきなり横からレイを奪ったのはあの小娘よ!」

「え? そんなに長い間進展無かったのなら、もう脈なんてゼロじゃん。アンタ女として見られてなかったんだよ」

 義姉の言葉が、鋭く胸を貫いた。
 心のどこかで分かってはいたが気づかない振りをしていた事実を突きつけられ、足元がぐらつく。喉が焼けるように痛くて、言葉が出ない。ただ、胸の中に冷たいものが流れ込んでいくのを感じた。
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