いいえ、望んでいません

わらびもち

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番外編

公爵夫人の望み③

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「あなた方は私欲の為にどれだけの人間の人生を狂わせたのですか? 爵位を剥奪された当主や使用人達は自業自得と言えますが、貴方の娘やその母親は違うでしょう? 彼女達は貴方に関わらなければ穏やかな人生を送っていたのに……」

「私は父親だ……。父親が娘を養育して何が悪い」

「悪いですよ。父親と言いますけど、貴方は単なる子種の提供者に過ぎません」

「子種の提供者だと!? お前……私を侮辱するのか!!」

 激高する公爵を見ても夫人は眉一つ動かさなかった。
 どこまでも冷静な妻の様子に、公爵は怒りよりも困惑を感じた。

「侮辱したくもなりますよ。貴方……娘達の母親を、同意なく妊娠させましたね? しかも、王家の秘薬まで使って……」

「……っ!? お前、何故それを? 何処で知った!?」

「何処だっていいじゃありませんか。それよりも、あれを使うことは禁じられていることをご存知で?」

 公爵の額に汗が滲む。
 それを一瞥し、夫人は小さくため息をついた。

「予想はしていましたが、知っていて使ったんですね。王家の秘薬……正式名称は忘れましたけど、通称は覚えています。確か“女腹薬”でしたね。これを性交前に女性が飲めば、必ず女児を妊娠すると聞きました。ただし、一度出産すればもう二度と孕めない体になるという副作用があるみたいですね? その昔、側妃に男児を産ませぬよう画策した王妃が開発したという秘薬。……貴方、これを飲ませて娘を産ませましたね。しかも相手の同意なく。女性達は皆、一晩で孕んだことを不思議がっておりましたよ?」

「おっ、お前……会ったのか? 女達に……」

「貴方が何の説明もなく勝手に娘を攫ってくるからじゃないですか? 女性達は母親として当然娘を取り戻そうとしますよ。皆公爵邸まで訪ねてきたのですよ?」

「待て、女達はここに来たのか!? そんな報告は受けていないぞ?」

「それはわたくしが貴方に知らせないようにしたからです。貴方のことですし、邪魔だてするなら処分してしまえと命じるでしょう?」

 公爵はそれに何が悪いんだ、と不思議そうな顔をした。
 その人を人とも思わぬ思考が余計に夫人を苛立たせる。

「娘達にとっては彼女達母親は大切な心の拠り所で、唯一の家族なのですよ? それを奪うことで、娘達が世を儚んで自害することは考えられないのですか?」

「…………そんなことで自害するのか?」

「貴方は本当に人の心が分からないのですね……。だからチェルシーさんも貴方を選ばなかったんですよ」

 チェルシーという名前に公爵がわずかに肩を揺らす。
 
「貴方が孕ませた4人の女性……まず、一人目が娼婦でしたね。そして二人目からは全て没落貴族の令嬢。全員、お金で一夜を買ったと……。そして見事に女児を身籠り、出産し、成長したところを攫っていった。改めて言っても最低ですね。その中で貴方はジュリエッタの母、4人目の女性であるチェルシーさんだけは第二夫人に迎えようとしましたよね? 彼女のことがお好きだったのですか?」

 公爵は目を逸らし何も答えない。
 その反応を夫人は肯定と判断した。

「まあでも、断られたと。……娘達の中でも、ジュリエッタだけをそのまま邸に残そうとしたのは彼女がチェルシーさんに似ていたからですか? それともジュリエッタがいればチェルシーさんを邸に迎えられるとでも?」

 わずかに目を泳がせた公爵に、夫人は「両方ですか」と呟いた。
 夫は好きな女性と娘の両方を手に入れようとしたのだと。

「愚かですね。同意なく妊娠させたうえに目の前で娘を攫った男など、好きになるわけないじゃありませんか? ましてや出産してから一度も会いに来なかった薄情者に愛情を持つとでも?」

「だがっ! 金ならたっぷりと渡した! 仕事をせずとも暮らせていけるほどだ」

「お金で愛は買えませんよ、馬鹿馬鹿しい。貴方と陛下は独り善がりで相手の気持ちを全く考慮しない所がそっくりですね? そんなのは愛とは呼べませんわ」

「お前……なんて無礼な! ……いや、待て。陛下もだと? どういうことだ?」

「分からないんですの? 陛下が寵愛なさってる愛妾のダリア様は、ご子息達が上位貴族の爵位を得ることを望んでいないのですよ。もちろん子息達も望んでいません。ですから陛下と貴方がなさったことは無意味なことなのですよ」

「無意味だと!? 言うに事欠いてお前は……!」

「だってそうじゃありませんか。子息達は何の教育も受けていないのですよ? なのにどうして上位貴族になれると思うのです?」

「は? 教育を受けていない……?」

 唖然とする公爵に夫人は侮蔑の視線を送った。
 だが公爵はそれを気にせず声を荒げる。

「馬鹿なことを言うな! 王子が何の教育も受けていないなんてあるわけないだろう! お前は王家を侮辱するつもりか!?」

「なら聞きますけど、王子や王女の教育を采配するのはどなたでしょうか?」

「どなただと? そんなの母親である妃に決まっているだろうが!」
「そうですね。ならば、ただの町娘だったダリア様が王族の教育を采配できますか? ダリア様自身が何の教育も受けていないのに、どうして王子達を教育するという発想ができましょうや。そういう足りない部分を陛下が補うべきなのに、何もしませんでしたわね? 何の教育も受けていない王子達が上位貴族となっても、苦労するのが目に見えてますのに……」

 それは公爵も国王も想像すら出来なかったことなのだろう。

 物心つく前から最高の教育を、当たり前のように受けてきた彼等には分からない。
 教育という発想すらない者がいるなんて。

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